2023年12月10日日曜日

夢のエベレスト街道トレッキング~ Day 2 ナムチェへ(ジャパン トキオ)

 





トレッカー達の朝は早い。山では午後から天候が崩れることも多く、また、出来るだけ早いうちに出発し、早めの時間帯に目的地に到着し、宿を確保しようとの思惑も背景にある。しかも、エベレスト街道は一つだけであり、主要な場所では皆が同じ道を通る。従い、出発時は賑やかな混雑状態になるのが常だった。


Ammaは煽られて自分のペースを上げるようなことは決してせず、当然のように後方からやってくる部隊に道を譲るものだから、我々は気が付くと誰もいない静かな道を歩くことが多かった。意気揚々と先陣を切って先頭を行っていた相棒は、ところどころで立ち止まっては太陽に向かって深呼吸をして我々を待っていたが、そのうちに姿が見えなくなってしまっていた。


エベレスト街道の多くの場所で、降雪時に滑らないようにと石の階段が設置されてあるのだったが、蹴上げが一般的歩幅など全く考慮されていないところに、ヒマラヤの魅力を感じてしまうのだから、愛は盲目とは正にこのことかと我ながら呆れてしまう。




急勾配の箇所に石の階段が延々と続いている上りでは、Ammaは時間を掛けながらも慎重に歩みを進めた。そんな時、Rajさんは仕事とは言えちっとも嫌な顔などせずに、風の流れを楽しみながら、或いは木々のざわめきに耳を澄ませながら、ゆったりとした風情でAmmaを待っているのであった。


私はと言えば、時々姿を見せ始めた純白な山の姿に声もなく、あらゆる角度で写真を撮ることに夢中であった。実のところ、ヒマラヤ山脈の山の姿、名称など事前知識は一切なく、エベレストでさえ、どんな姿をしているのか、この先、どのように見えるのかさえも分かっていなかった。







だから、Rajさんが「タムセルク」、「クスムカングル」と教えてくれても、魔法の呪文の様で、ちっとも頭に入ってこなかった。そこで歩きながらテンポをとって、語呂が良さそうなところで「タムセルク、アイラブユー」、「タムセルク、アイラブユー」と繰り返したものだった。





するとRajさんが何か言ってきた。ふと目を上げると、「ディディがタムセルクにアイラブユーと言ってくれているので、タムセルクもお返しに、ディディにアイラブユーと言っているのですよ」と言うではないか。


これによって「タムセルク」のことは忘れがたい存在となるのだが、山とは不思議なもので、見る角度によって全く姿を変えてしまう。何十枚もの山の写真の中で、名称が分からないものが少なくないことも、詮方なきことかな。





山とは上りあれば下りもあり、パクディンからナムチェまでの道のりの中で、比較的なだらかな下りが続く場所があった。そんな時は、Ammaは健脚ぶりを見せてくれるのだが、いつだってビスターレ、ビスターレをモットーし、無理せず、マイペースで歩みを進める我々だった。




そんな緩やかな下りをのんびりと歩いている時だった。重い荷を背負っている若い衆は、大抵皆ネパールの民謡と思われる曲を携帯で聞いていることが多かったので、せっかくだからRajさんにネパールの歌を教えてもらうことにした。






どんな質問にもいつだって的確な答えが返ってきていたし、分からない時には、分からないとはっきりと明言する彼だったが、果たして、嬉しそうな顔で歌いだしたではないか。一節歌っては、私に繰り返すように言うのだった。




どうやらサビの部分は、何度も繰り返して歌うらしいことが分かり、そのフレーズを中心に教えてもらった。その中に「ジャパン、トキオー」と歌う箇所があった。一節ごとに歌っては、意味を教えてもらったのだが、どうやら、一所懸命日本の東京に手紙を書いて送ったけれど、手紙は届かなかった、というものらしかった。




覚えるのに必死で、たいして意味も考えていなかったが、フランスに戻ってYoutubeで調べてみると、すぐに曲は見つかった。プロモーションビデオになっていて、どうやら新婚の夫婦の話のようだった。ネパール語は全く分からないのだが、動画を見て判断するに、夫が東京に出稼ぎに行き、ネパールに残っている新妻が愛する夫に手紙を送るのだが、どうやら返事が返ってこなくなってしまった、というものと思われた。




恐らく、最初こそ新妻にせっせと手紙を書き送ったであろう夫だが、そのうち日本での生活に慣れ、それに従い故郷の新妻への思いも薄れ、刺激多い東京で、夫は心変わりしてしまったのだろうか。哀愁漂うメロディーながらテンポ良く、プロモーションビデオでは、男性陣と女性陣が掛け合いのように歌い合う。


切ないテーマながら、日本でも同様のテーマの曲があるではないか。地方で愛を誓った恋人同士だったが、彼氏が進学、或いは仕事で上京することになり、別れの朝を迎える、とか、遠距離恋愛をしていたが、その後数年たって、二人の気持ちが離れてしまった、といった曲が幾つか頭に浮かんだ。




ところが、である。


せっかくなので、ネパールの歌として教えてもらった「ジャパン、トキオ」の歌詞をしっかりと覚えたいとネットで検索したところ、ヒットした。へええ、どれどれ、と読み始め、自分の勘違いに気が付き、愕然としてしまった。


思い込みの激しさは、今に始まったことではないが、これには参ってしまった。




教えてもらった通り、彼女が東京に行った彼に手紙を一所懸命書いて送ったが、届かなかった、という内容だが、実は続きがあって、彼もネパールに残っている彼女に一所懸命手紙を書いて送ったが、届かなかった、という切ない内容だったのである。


テーマは環境の違いや時間の変遷による男女の心変わりなどではなく、国外に出稼ぎに行かねばならない境遇と、それに伴う不可抗力によるすれ違いという、抗えない運命の切なさであった。だから、女性コーラスと男性コーラスが交互に、「一所懸命手紙を書いたのよ。でも、愛しいあの人には届かなかった。」、「一所懸命手紙を書いたさ。でも、愛しいあの人には届かなかった。」と競い合うように歌うのか、と大いに理解を深めたのであった。




切ない運命に翻弄される若い二人の話だが、それを明るく、リズミカルに大勢のコーラスで歌い上げてしまっている。これはネパール全国で大ヒットした歌らしく、多くの人々の心をつかんだものと思われた。Rajさんも、日本が出てくるからというよりも、つい口ずさんでしまう好きな歌として教えてくれていた。



そうか。「ジャパン、トキオ」の哀切なメロディーと男女の掛け合いを聞きながら、ネパールという国が抱える根深い問題、それに反する人々の純真さ、そして朗らかさと大らかさに改めて胸を打たれた。









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