2014年2月28日金曜日

大地讃頌





























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2014年2月16日日曜日

母上参上




目覚ましが朝5時を告げる。寝る前にチェックしたサイトでフライトの状況を再確認する。やはり予定時間を小一時間も早く到着する模様。ぼんやりはしていられまい。慌てて身支度を整えアクセルを踏む。こんな早い時間は渋滞とは無縁。それでも、どこにアクシデントが隠されているか分からない。決して失敗してはならない時には、用心のうえにも用心を重ねるべし。迷いもせずに有料の高速を使う。40分もせずに空港に到着。掲示板を見れば既に到着している。抜群のタイミング。そろそろ入国審査を経て、荷物受取のターンテーブルの周りで陣取っているだろうか。

実は先回、夏に出迎えに行った時、大いに失敗をしていた。あの時は到着前に空港に車を乗り付け、息子バッタと台湾の姪を引き連れ、荷物受取ターンテーブルの大ホールが良く見えるガラス張りの前で、仁王立ちして待っていた。ところが、待てど暮せど姿が見えない。何度かバッタ達を到着ゲートの出口に見張りに行かせたが、そちらにも姿はないという。大ホールの幾つもあるターンテーブルは全てが稼働しており、様々な国から訪れる人々でごった返していた。中国大陸からの便、大阪からの便、成田からの便。一体、どれが成田発の荷物を扱っているのか。一瞬不安に思うが、まあ間違いはあるまい、と、そこにアクセスする為の階段を凝視し続ける。ネズミ一匹見逃すまい、との気合いである。バッタ達も一言も口をきかずに、我こそが一番先に姿を見つけようと必死の形相。

ふと、携帯を見るとメッセージが入っている。嫌な予感がする。すると、今度は呼び出し音がなる。慌てて出てみると、ずうっと待っていた本人。既に到着ゲートに出て、誰もいないので困り果て、近くにいた親切な若者から携帯を貸してもらい、電話をしていると言う。そんなことはないだろう。こちらは二時間前から見張っている。一体どこから出てきて、いつ我々の目の前を通って行ったのだろう。長旅をして漸く到着ゲートを潜り抜けても、出迎えがおらず、大いに戸惑ったであろう相手の気持ちを慮る余裕はなかった。つい、こちらが随分前から出迎えに来ており、手落ちはない筈であることを主張してしまった。しまったと思った時には既に時遅し。相手は怒り、せっかく来たのにがっかりである、相手の気持ちを考えられないとは何事か、自己中心的ではないか、とガンガンと告げられる。到着ゲートの出口で待っているべきであり、ターンテーブルが見える場所で待っているとは変な話ではないか、と。

だからこそ、今回は失敗は許されなかった。
では、到着ゲートの出口で大人しく待っているべきであろうか。迷った。サイトではターンテーブルの番号まで表示してある。今回は間違いあるまい。指定されたターンテーブルの周りには、今、漸く乗客が集まり始めている。大丈夫。間違いあるまい。

それでも、今回も待てど暮らせど姿は見えない。団体が二組も出てきている。焦ってくる。同じ過ちをしてしまうほど馬鹿なことはあるまい。慌てて到着ゲートの出口に走っていく。姿はない。ここは腹を括り、この出口で待っているべきであろう。

そのうちに、先ほど見た団体がぞろぞろと出てくる。おかしい。これ程遅くなるはずがない。荷物が出てこなずに、困っているのだろうか。新たにターンテーブルが見える場所まで走っていくが、ターンテーブルは稼働を終了し、照明も落ちている。しまった。飛行機が到着してから早二時間。まさか、まさか。既に到着ゲートに出てしまい、そこに誰もいないことを腹に据えかね、タクシーに乗ってしまったのではないか。真っ青になる。口はからから。なんだって待っていてくれなかったのか。どうしてこうも激しやすいのだろう。タクシーに乗るお金を持っていたのだろうか。それよりも、バッタ達が学校に行ってしまうから、家に鍵が掛かってしまうではないか。困った。とにかくも、家に向かうか。いや待てよ。ひょっとしたら急に具合が悪くなり、どこかで休憩をしてるのではあるまいか。ここで帰ってしまったら、困ってしまうのでないだろうか。

一つだけ開いているカフェにも、待合所のベンチにも、トイレにも姿はない。インフォメーションセンターで、乗客が全員出てきたのか何とか調べられないかと尋ねるが、申し訳なさそうに、無理であることを告げられる。きっと泣きそうな顔をしていたのであろう。珍しく親身になってくれるも、全く力にはなってくれそうにない。

飛行機が到着してから三時間。覚悟を決める。家に帰ろう。

震える心を抑えつつ、漸くの思いで駐車場で車に乗る。何度も家に電話をし、バッタ達に何か連絡がないかと聞いていたが、焦る思いが募るばかりとなっていた。取り敢えずは家に帰ると連絡しようか。車を出しながら携帯を手にする。と、メール着信に気が付く。誰だろう。まさか。

まさかのまさか。当の本人からのメール。怒りのメールだろうか。ハンドルを切りながら本文を斜め読み。幾つかのキーワードを目で追いながら、大声を出してしまう。なんと。夜中発のはずなのに、午後の1時と勘違いをし乗り遅れてしまったことが分かる。そして、明日同じ時間に到着することになったらしい。

良かった。無事でいてくれたんだ。涙が出そうになる。

それなら、早く電話連絡が欲しかったと思ったのは、落ち着いてからのこと。それでも、怒ってタクシーに乗ってしまわずに、乗り遅れてしまい改めて翌日早起きして迎えに行かねばならない方がよっぽど良いと思わずにはいられない。

さあ新たに気を引き締めよう。後一日、家を掃除する時間ができたということ。
車を降りると朝日が気持ちよく降り注いでいる。






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2014年2月11日火曜日

ノック、ノック



「空虚」
そんなメッセージを送ってきた彼。

どれだけの情熱と時間を注いできたのか知っているだけに、彼に対する周囲の手酷い仕打ちは我が事のように堪える。

現状を憂いて、手を差し伸べているだけの彼の行為が、失った過去の権力にしがみつく亡者として皆の目には映っていることを、どう伝えよう。

ほんの少し前まで一緒に笑い、苦しみ、感動し、怒り、歓喜し合ってきた仲間。
どこのボタンをどう掛け違えたのか。

彼に何と言おう。


ノック、ノック。

これまでも、今も、これからも、心の友、魂の友。
いつでもここにいるよ。






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2014年2月6日木曜日

處處聞啼鳥



受け取った紙を確認するでもなく眺めていると、「そう、この数字でなくっちゃ。」と、突拍子もなく明るい声が掛かる。

えっ?
一瞬、その数字の裏に広がる意味を見つけようと必死になるが、相手の溢れんばかりの優しい瞳に、笑み崩れてしまう。意味を持たないものに、意味を持たせてしまうことの、なんと奥ゆかしいこと。

久しぶりの邂逅の戸惑いが、瞬時に消えてしまう。

この次、いつ会えるか分からないから、ちょっと早いけどバレンタインおめでとう。
そう言って小さな紙袋を差し出すと、驚きと痛みが同時に瞳をかすり、そして、ゆっくりと優しさが瞳に戻ってくる。水色の基調の絵柄の箱を手にすると、何かつぶやき、蓋を開けて薄紙を払って、ラップにぴっちりと一切れ一切れ包まれた5つのチョコレートケーキを確認する。「綺麗なチョコレートケーキだね。」

得意な気持ちで相手の反応を待っていると、箱の蓋を閉めながら「いつスイスに行ったの?」と思いもよらぬ質問がささやかれる。

スイス?あぁ、そうか。この水色の箱はスイスのチョコレートの老舗Spruengliの箱。一年前にZurichを訪れた際にお土産に買って来たっけ。でも、待ってよ。これ、Spruengli社のケーキじゃないわよ。驚き慌ててしまう。斜めに入れても小さな箱には収めきれずに、蓋はずんぐりと持ち上がっていて、如何にもホームメードといった装丁。

ああ、でも、以前にも、トンカ豆入りトリュフを作ってプレゼントした時、一緒に味わって、美味しいね、ありがとう、と言い合ってから随分経って、実はトリュフを入れていた箱のメーカーの作だと思っていたことが判明し、驚き半分、がっかり半分、嬉しさ半減、といった経験があった。

「これ、Spruengli社の製品じゃないわよ。」
今度は相手が驚く番。でも、だって、と箱を眺めつ、もう一度蓋を開けて一切れ手にして、えっ?と見つめられる。
「そうよ。私が作ったのよ。だって、この包装、どうみても素人じゃない。」
「いや、とても綺麗にラッピングされているよ。そうかぁ。」
「それにさぁ。ま、さ、か、バレンタインのプレゼント、私が手作りしないわけ、ないじゃない。」
「そりゃそうか。そりゃあそうだよね。」

一口齧ろうとする相手に、無理しないで、ゆっくりと時間のある時に味わってね、と告げると、また丁寧に箱に入れて蓋を閉めてしまう。

最初の一口目の感嘆の声、表情が楽しみだったのにな、と心の中で思う。
ジンジャーの香りがきっと気に入るに違いないと思っていただけに、ちょっとだけ物足りなさを覚える。

でも、それも一瞬のこと。あれも、これもと話題は尽きず、相手の話を聞いては相槌を打ったり、反論したり、一緒に納得したりと、春暁よろしく、賑やかな鳥のさえずりの様な時間が過ぎる。


豊かな時の流れの余韻を楽しんでいると携帯が震える。
「ケーキ、おいしい!」

ね、ねぇ。中に何が入っているか、分かった?当ててみて。すっごく手間暇掛けて作ったんだよ。違いが分かる?いつものケーキとどっちが好き?そう思いながらも、笑みが顔中にのんびりと広がる。






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2014年2月1日土曜日

柔らかな日差し



ラモーのガボットを教本6巻目の終了証書のために弾くと決めた息子バッタ。当日は蒼白。車酔いとか言いながら、緊張しているのだろう。随分前に仕上げた曲だけに、安心なのだろうが、最近仕上げた曲を選ばないところが、なんとなく彼らしいと言えば彼らしいか。

鈴の音の様な透明な明るい音の粒が部屋中に広がるが、どうもいつもより珍しくテンポが遅い。丁寧に弾いているのかな、と思っていたが、なんだか自信無げに突然ふっと終わってしまう。バイオリンの師のマリは、さあっ、次のクライマックスへ向けて、と促すが、蚊の鳴くような声で、多分これでおしまい、と囁く。えっ。一瞬、聴衆が凍り付く。生徒の一人が、ちゃんと繰り返しをしたし、これで曲は終わっていると言い切る。本人がこれで演奏がおしまいと言うなら、これで曲はおしまいなのよね、と母親の一人が声を出す。そして、拍手が起こる。

なんとも、いやはや。編曲してしまったか。
彼が楽譜通り弾かなかったことは耳が教えてくれている。どうやら、復習するにも、楽譜が見つからず、覚えている通りに練習していたというから、呆れてしまう。それよりも、何故CDで曲を聴かなかったのか。せめて一度だけでも聴いていたら、自分の記憶の間違いに気が付いたであろうのに。

その態度が気に入らなかった。そんな適当さで終了証書を手にしようと思った根性が気に入らなかった。その日はパパのいるパリに行ってしまったので、翌日、パリから帰っての夕食の際に、つい、大きな声を出してしまう。探したが見つからなかったとされる楽譜は、あっけなくピアノの上から出てくる始末。帰ってきてから、慌ててCDを聴くでもなく、楽譜で確かめるでもない。一体なんなのだろう。

しかも、更に気にいらないことに、今年の県大会でヴィヴァルディの4つのバイオリンのためのコンチェルトのパートを受け持つことをマリから打診され、人前で弾くのは嫌だから、と断っている。いつから、そんなさみしい心の持ち主になってしまったのだろう。音楽を皆で奏でることが、最早楽しみではなくなってしまっているのか。

情けないやら、悲しいやら。
いつ止めると言い出すか、と腫れ物に触るかのように、なだめすかして扱ってきたことのツケが回ったとしか言いようがない。

情けない。思いやりある、心広く豊かな人間になるようにと願い、音楽とは人生に喜びをもたらす魅力にあふれた世界であると家族皆で一緒に発見し、ともに歩んできたというのに、いつのころからか人前で音楽を奏でるのは嫌だという偏屈者になってしまったのだろう。
思えば思うほど、辛く、息子バッタに対して厳しい言い方をしてしまう。

すると、立ちすくんで号泣し始める。

気が付くと、隣で長女バッタも泣いている。ぎょっとする。彼女に言わせると、息子バッタは彼なりに毎日頑張って練習していたし、本番で自信なさげに終わったことが悪かっただけで、ちゃんと曲を弾いていたとする。

そんなこんなで、親としてはいささか半端な格好で、この話題を終えてしまっていた。
翌日からは、短時間ながら、毎日の練習だけはしている様子でもあり、蒸し返すこともしないで日が過ぎていった。

次のレッスンの日。レッスンを終え、慌ててサッカーの試合に駆け付ける息子バッタを見送った後で、恩師、マリに前回の息子バッタの態度を詫びると同時に、もう少し厳しくしないといけないのかと思っていると話してみる。

「私の役目は、生徒たちを押し潰すことではなく、彼らを上に引き上げ導くことだと思っています。あの演奏の時点で、本人は自分の失態を大いに自覚して身を小さくしています。彼は次回はあんなことにならないように、ちゃんと準備しますよ。失敗したとうなだれている生徒に新たな追い打ちをかける必要はないでしょう。大丈夫。技術的に問題がないことは私が十分知っています。だから、安心して任せてください。」

はっと目が覚める。「押し潰さないで、上に導くこと」

では、人前で演奏をしたがらないことを容認しても良いのだろうか。甘えではないか。

「そういう年頃なのかもしれませんが、取り敢えずは、彼の言い分を聞きました。でも、ちゃんと楽譜を渡してあり、パートは練習してもらっています。そして、もしものことがあれば、彼の言い分を聞いた私の願いなら、彼は聞いてくれると思います。彼に何かをしてもらうなら、私の方からも彼の願いを聞き入れねばならないと思っています。大丈夫。」

無理強いはしない。彼の言い分を聞く。そして、次にはこちらの言い分も聞いてもらう。

深く頷く。
バイオリンの師であるマリは精神上の師でもある。

Vivaldiの4つのバイオリンのためのコンチェルト、ロ短調。第一楽章は4つのバイオリンがソロパートを次々と交代していく形式。
さあ、楽譜を覗かないと。

久々に日差しが柔らかい。




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