2013年12月30日月曜日

九份




一年のうち3分の2は雨と言われる彼の地。果たして山あいは小雨で煙っていて、眼下に見える海原も霞んでいる。オカリナの哀切な音色が遠くで静かに響いている。懐かしく、胸に迫る『いつも何度でも』のメロディー。

異空間を彷徨う幽玄さに心惹かれるのも、実は一瞬のこと。

入り組んだ狭い路地には、所狭しと土産物屋、飲食店が軒を連ねる。通りにぶら下がった赤い提灯を見上げる余裕もなく雨は小降りになったり、忘れた頃にどしゃ降りになったり、傘が手放せない。それでも、ところどころ、ちょっとしたアーケードになっていて、傘を持つ手を休めることができる。

手は休めても、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、の五感は休むことを知らない。最大限に研ぎ澄まされ、今や爆発せんばかり。天然石、木製の民芸品、瀬戸物、印鑑、筆、硯、絵葉書、茶、果実酒、スッポンスープ、臭豆腐、甘味飲料、善哉、魚丸湯、イカフライ、ソーセージ、豆団子、べっこう飴、牛肉乾、豚肉煎餅、蝦煎餅、紹興梅、求肥、草餅。。。

胃袋が幾つあっても足りない。やはり何れは豚になってしまう運命か。

500mlはありそうな珍珠奶茶をたっぷりと楽しんだ後で、小豆入り芋圓をいただく。別の味も勧められるが、その前に休憩をせねば。店に入る前に見掛けた全世界共通マークを頼りに、慌てて戻る。と、先ほどは気が付かなかった木の看板がアーケードの上に小さく掲げられている。漢字圏の強み。意気揚々と示された方向に脇道に入る。

と、これまでの雑踏から全く離れ、空気さえも澄んだ別世界が広がる。人の気配がしない狭い階段をひとり登っていくと、ちょっとした広場になっており、色鮮やかな寺に出る。

必然的偶然。
大勢で旅に出る楽しさ。その中で一人だけの時間と空間の出会いの醍醐味。
深呼吸をして階段を降りる。





にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村

↑ クリックして応援していただけると嬉しいです
皆さんからのコメント楽しみにしています



2013年12月27日金曜日

立待月



別れがたく、停めてある車までついて行く。
ボンネットが開き、トランクのカバーがするすると引かれると、色鮮やかな黄緑とオレンジのフィンが一式ずつ目に飛び込む。

あ、潜っているんだ。
そういえば、今年こそ何かスポーツを、と言っていたっけ。
仕事ばかりしているわけじゃないってことに、ほっとすれば良いのか、すべてを知らないことに胸を痛めるべきか、新たな発見を喜ぶべきか。
蛍光色が頭を占める。

新しいのを買ったんだよ。
恥ずかしそうな(いや、罰が悪そうな、か)反応がある。
それでも今シーズンに入って三回ほどしか潜れていないらしい。


別れてから、ハンドルを握っている時も、さっきの蛍光色が頭から消えない。
何故、黄緑とオレンジのフィンが二式あるのか。二つとも新品のように思えたし、同じような形に見えたが、どちらかが古くて、どちらかが新たに購入されたものなのか。


世の中、知らなくて良いこともあり、詮索する必要がないこともある。詮索すれば却って疑惑の暗闇に自分から陥ってしまうこともある。分かってはいるが、妄想の世界における奈落への階段は急で、止まろうにも転がり落ちる勢いに任せ、いよいよ落下速度は加速し、茫洋たる暗黒に突入するかの如し。

と、先ほどから、こちらをにたにた笑っている存在に気が付く。
ふと見上げれば立待月。
あんなに月がにたにたしている様は見たことがない。月も笑うのか。
つられてこちらも笑ってしまう。
そうだよね、バカだよね、と笑いながら、ゆっくりと幸せな思いが溢れてくる。


そっとハンドルを握りなおし、アクセルを踏む。







にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村

↑ クリックして応援していただけると嬉しいです
皆さんからのコメント楽しみにしています



2013年12月24日火曜日

サンタクロースへのお願い








性悪な人が及ぼす問題は、普通の人には彼らがもたらすプレッシャーには耐えきれないってことだよ。このプレッシャーは本質的に悪と同一のものなんだ。
ノエルの時期に精神的な疲れを癒すんだよ。自分のことを考えて。時には自分が好きなことをするんだよ。
それより、一体サンタクロースに何をお願いしたの?


そんなメッセージが送られたきたのは一週間前か。
いつものように短くて、そして深い示唆に富む内容。

本当なら、すぐに返事を書くところだけど、最後の一文に戸惑ってしまった。

勿論、他愛のない友人同士の季節の挨拶として、さりげなく流すこともできる。父親が子供に尋ねるような、親愛の情を汲み取ることもできる。親しい友人から、一歩踏み込んだ関係になることを思い描くことさえできる。


まるでチェスじゃないか。

ゆっくりと、ゆっくりと、様々な手を考える。こちらの動きで相手の対応も当然変わってくる。


それよりも、本当にサンタクロースに何をお願いしようか。
本当に欲しいものは自分で手に入れなきゃいけないことは、十分わかっているし、幸せは自分が感じ取ることだってことも、良く分かっている。でも、そんなことじゃなくって、もっと夢があって、サンタクロースにだからこそお願いできること。


紀元前の建築物、ローマのパンテオンの中に入って、その荘厳な空間に圧倒された感覚が甦る。


調和のとれた均一な世界に、ドームの天窓から神々しくも魅惑的な太陽の光の束。


その降り注ぐ光のようなキスを愛する全ての人々に届けて欲しい。



Joyeux Noël!





にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村

↑ クリックして応援していただけると嬉しいです
皆さんからのコメント楽しみにしています




2013年12月21日土曜日

冬至の太陽






ヘンデルのバイオリンソナタ第4番。
1楽章から第4楽章まで、次に会うまでに暗譜してきて欲しいとバイオリンの師、マリに言われると、息子バッタは黙ってしまった。

夏休みが明けるとユネスコ、そしてローマでのコンサートに向けての練習、そして、今度はノエルのコンサートに向けての練習となり、なかなか自分の曲を仕上げる時間が少なかったことは事実。それでも、この第4番は4楽章あるとはいえ9月から持ち続けている。あまり長い間同じ曲を持っていると、気持ちの上でも弛んでしまうので、やる気を持続させるためにも、テンポ良く切り上げることも大切との信念を持っている師の言葉に、バカンスの二週間で仕上げて欲しいとの期待と希望が込められていることが感じられた。

それに対する沈黙。
これが少し前なら、喝を入れるところだが、我慢して黙っていた。それにしても、せっかくこれまでやる気を見せていたのに、一体どうしたのだろう。最近、確かに練習している姿を見なくなったかもしれない。それよりも、数日前に声を掛けたら、ママも練習していないね、と返事があったことを思い出していた。こっそりと溜息をつく。

どのぐらいの期間があれば、暗譜できると思うの?
マリは別の方向から質問をしてきた。

分からない。
これまた覇気のない返事。

ねえ、ヘンデルが嫌なの?
ヘンデルのソナタを暗譜したくないだけなの?

マリの質問も分かる。彼女にしてみたら、今まで暗譜にかけては全く問題もなかった息子バッタが、ぐずぐずとしていることが腑に落ちなかったのだろう。

バカンス中、パパのところだから。

蚊の鳴くような声が聞こえる。
ハッとする。

なるほどね。パパのところだと、練習できないのね。
マリが頷く。

今回は末娘バッタが練習日連続200日を目指しているから、バイオリンを持って行くこと、パリのアパートでも練習はさせてもらえること、など、ゆっくりと付け加え、息子バッタにもパパのところでも十分練習できる環境にあることを伝える。

パパに聞かせたくないんだよ。聞いて欲しくない。

耳を疑う。
パパは毎日家にいるわけではないから、やろうと思えば練習をする時間があることを伝える。

パピー、マミーにも聞かせたくない。

はっきりとした答えが返ってくる。

分かるわ。
マリが言う。音楽は表現だから、聞いて欲しくないこともあると思うわ。こればかりは、私にはどうしようもない。

スケールの練習ならどう?ポジション移動の練習と合わせてやるのよ。こういった技術的な練習なら、表現とは違うから、聞かれても構わないんじゃないかな。

スケールとポジション移動?

そう。どう?それだけを練習するのよ。とってもいい練習になると思うわ。

やってみる。
そう頷く息子バッタの後姿を見つめながら、そういったことに思い至らなかった自分を情けなく思う。そうだったのか。

音楽は表現。聞いて欲しくない相手、聞いて欲しい相手、伝えたい相手、伝えたくない相手があるのか。

そんなことより、彼が父親を伝えたくない相手としていることに、身につまされる。

つい先日、サッカーのリーグ戦があるからと、父親が誘い、一緒に観戦し、夜中に送ってもらったばかりじゃないか。

父親に知られたくない世界、ということなのか。

冬至の太陽が窓の向こうで木々にゆらめいている。
また一回り大きくなったように思われる息子バッタの背を改めて見つめ直す。







にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村

↑ クリックして応援していただけると嬉しいです
皆さんからのコメント楽しみにしています




2013年12月20日金曜日

あと10分



エッフェル塔のまばゆい光が遠くながらも真正面にきらめいていて、セーヌの暗闇の中を、その流れのように、かなりのスピードで絶え間なく車が走っていく。

携帯で時刻を確認。
コトが起こってからよりも起こる前が期待感で最高とは言うけれど。いや、それは二人が手と手を取り合ってからコトが起こるまでの時間のことか。

あと10分。
そのメッセージをもらってから、時が永遠に続いているように思われた。

道に迷っているのだろうか。まさか、同じ名前の別の場所に行ってしまったのではないだろうか。しっかりと住所を記せばよかったか。妄想が迷走し、遠くのどこかでセーヌの波の流れとなって走っている車を想像する。

ヘンデルのバイオリンソナタの世界が破られ、電話の呼び出し音となる。
場所の確認をする疲れたしゃがれた声が聞こえてくる。

そう、セーヌの河岸で間違いない。今どこなの?

裏手にいるよ、と言って通話は切られる。

場所が分からないと言っていたが、私にさえ簡単に分かったのだから何が問題なのだろう。待っているものにありがちで、イライラした口調の相手を責める言葉が溢れかえんばかり。

ふと、先程の疲れの溜まったしゃがれた声が思い出される。
こんな時に優しくできたらいいのに、と思う。にっこりと微笑んで。
いや、馬鹿馬鹿しい。なんでそんなに時間が掛かったのよ、ととっちめないと。
そう思った瞬間、そう思ったことこそ馬鹿馬鹿しくなる。

もうエッフェル塔の輝きもセーヌの暗闇も車の流れも一切目にも耳にも入らない。






にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村

↑ クリックして応援していただけると嬉しいです
皆さんからのコメント楽しみにしています


2013年12月18日水曜日

共感し共鳴する空間




ブランドではないのです。
我々はあくまで職人です。

そう言いきる彼からは、モノ作りの第一人者としての誇りがうかがわれる。


マルチローカルのスタイル。フランスの歴史と文化の中で育まれてきた価値を大切に、フランスでフランスの職人によって手作りすることにこだわりを見出している。そこに価値を見出していただけるお客様に対してサービスをし、提供する。

効率化、スケールメリット、マーケティングなど一切しない。

メゾンのエスプリをしっかりと持っている人々によって担われており、彼らの個性をも生かすやり方。従い、各店舗の装飾、トーン、取扱い商品も全く統一されていない。広告にしろ然り。しかし、それが自然ではないか。一人の人間が多様な個性を持っており、一言ではその人となりを説明できないように、メゾンも同様に複雑な個性を併せ持ち、見る角度によって全く違った顔があって当然。それが豊かさではないか。そう言って、均一化の味気無さを斬る。


更に彼の話は続く。

フランスは内面的な必要性に迫られ、自然とモノが変化してきている。

150年前であっても、その延長線上に今の状況が描ける。一方で、日本はドラスティックな変化を余儀なくされた。150年前と同じ流れのものが今あるだろうか。全てが西洋化されてしまい、江戸時代の文化の流れが途絶えてしまっている。つまり内部からの需要に突き動かされての開化を日本は見ていない。

東日本の震災があって、モノがなくなった時初めて日本人は立ち止まり、失ったモノについて考え始めている。これからは、お仕着せではない日本人にとっての本当の価値、必要なモノ、文化が生まれ出てくると思われる。


正に、夏目漱石が「現代日本の開化」に於いて論じていることではあるまいか。



外に高速道路を臨みながら、建物の一部だけ暗闇に蛍光灯がまばゆく放っている空間で、今静かに躍動している故郷日本に、30人が同時に思いを馳せる。






にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村

↑ クリックして応援していただけると嬉しいです
皆さんからのコメント楽しみにしています



2013年12月16日月曜日

胡桃色の背広にシャンパンゴールド




一体全体、この時間帯でこの混雑は何なのだろう。赤いテールランプの行列を恨めしく思いながら溜息が漏れる。住所を確認し、目的地までの現在の推定所用時間を調べた時には30分程度だった筈が、エンジンを掛けてから早小一時間が過ぎていた。皆が皆、彼の就任式に行くのだろうかとさえ思えてしまう。


漸く延々と続く赤の波から脱し、自動車道を抜けると、今度は真っ暗な闇が待っていた。ナビに正確な住所を入れた時点で、既に撥ねられていたが、流石に現地に行けば看板や目印があろうから問題はあるまいと高を括っていたことが恨まれた。学究都市との名の通り、確かに幾つかの建物から、あちらこちらで蛍光灯の光が放たれていたが、目的の建物がどれに当たるのかなど見当もつかない。これが太陽の光の下であれば、一目瞭然といかずも、判断材料は目につくであろう。


どうしたものかと、広大なる敷地をイライラしながら、それでものろのろと徐行し、目印や看板など、手掛かりを探す。ホテルでもなく、大企業の研究所でもないことからか、門の守衛室には人影さえない。何の建物なのかを示す看板さえもライトアップされていない。いや、看板そのものが存在しない。広告する必要もないのか。そんなことに予算を回す必要性がないのか。改めて思う。


敷地の端に出てしまうと焦りつつ、最後の建物の入り口を凝視すると、数字の3が目につく。最初にナビに入れようとした数字ではないか。慌てて車を乗り入れようとすると、ゲートに阻まれる。ボタンを押すにも、何ら反応はない。仕方ない。暗闇の中でのバックは余り嬉しくはないが、そんなことを言っている場合ではなかろう。徐行していた通りに出て、路上駐車。鞄をひっつかみ運転席から転がり出る。


一体この建物のどこが会場なのか。と、右手の手袋が見つからない。コートのポケットを探ってもない。車から降りてまでの道を目でたどるが、暗闇があるだけ。泣きそうになる。それでも、走って車に戻り、ルームランプを点けて座席、その下を点検するが、見つからない。ないはずがない。自分に言い聞かせる。だから、今は兎に角も行かねば。


車で入れたらと恨めしく思いつつも、正面玄関と思われる場所まで走り、ゆるやかな勾配の幅の広い段を走り上っていると学生と思しき青年が数名、こちらを見て微笑んでいる。講義に遅れそうになって走った遠い昔を思い出す。行けば何とかなると思っていた通りに、受付があり、名札を渡される。会場は講堂になっています、と告げられるが、一体講堂はどこにあるのか。それでも、ひっそり閑としている廊下を突っ切るとホールにシャンパンの用意があって、すぐに講堂の入り口が分かる。シンプルな建物ながら、お金をかけるところには掛けているのであろう。重厚な扉の前で姿勢を正し、静かに開ける。


オレンジ色の柔らかな光が洩れ、劇場の様な非常にモダンな大講堂であることが分かる。大きなスクリーンにはエンジンの写真が映し出されており、既に講演が始まっている。ステージには講演者の他に三人がソファーに座っており、そのうちの一人がこちらを見ている。靴音を立てないように気をつけながら、細心の注意を払って階段を下りるが、永遠に続くかと思われる程の階段数。はにかんだ笑みを受け止めながら、高揚感に包まれる。



代表就任おめでとう。






にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村

↑ クリックして応援していただけると嬉しいです
皆さんからのコメント楽しみにしています



2013年12月13日金曜日

魔法の瓶






細い瓶の底に溜まっている飴色の液体を透かしてみながら、発酵が上手く完了したことが告げられている気がした。

この魔法の瓶を手に入れて、もう三週間になるだろうか。

人の気配がするので、のんびりとドアを開けてみたところ、門の扉に、大きな紙袋が確認できる。紙袋を届けてきた主は、シマリスのようなすばしっこさで、もう既にその場にはいなかった。

紙袋は思った以上に重みがあり、数冊の本とピンクのラッピングの上に、手紙が添えられていた。ピンクのラッピングからは、ぎっしりと豪華なナッツのタルトがのぞいている。手紙を読むまでもなく、贈り主が分かり、驚きと嬉しさで一杯になる。ふっくらとした頬、くりくりとした愛らしい瞳。正にシマリス。

シマリスさんの豪華ナッツタルトは本当にリッチ。ピーカン、ヘーゼル、ウォール、ありとあらゆる美味しいナッツがぎっしりとピスタチオの生地に埋め込まれている。一口で百倍の元気がでそうなスペシャルタルト。

紙袋には細い瓶も入っていた。お米をふやかした塊のようにも思えたが、シマリスさんは何を用意してくれたのだろう。

「塩麹なんです。あ、でも、多分未だ完成していないの。一日一回、中味をかき混ぜて下さい。とっても美味しくて、お野菜にもお肉にも、何にでも合うんですよ。」どうやら、子狐さんに紹介してもらったらしい。「今度、使い方をメールしますね。」

お礼の電話を入れると、シマリスさんは嬉しそうに声を弾ませ、魔法の瓶のことを教えてくれた。塩麹。麹なんて、どこで手に入れたのかしら。

ウキウキしながら、毎日瓶を掻き混ぜ、さあ、どうかしら、と見守っていた。
でも、シマリスさんからは、それ以来、何の便りもない。
そのうちに、瓶の中の塊は半分ぐらいになり、その代わり、飴色の液体がじんわりと出てきていた。

塩麹の魔法が最高に活かせるのは、豚肉ではないかしら。勝手な思い込みで塊を仕入れる。そして、ぺっとりとした塩麹を表面に塗りまくり、ラップでぴっちりと包む。

それが5日前。
そろそろ、魔法が効いてきたころだろうか。
塊ごとオーブンで焼こうか、スライスしてフライパンで焼こうか。

幸せな香ばしさで一杯になろうキッチンを思い、にんまりとする。
さて、シマリスさんに、どう報告しようか。

いやいや、先ずは、焼いてからのお楽しみとしよう。






にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村

↑ クリックして応援していただけると嬉しいです
皆さんからのコメント楽しみにしています




2013年12月12日木曜日

ウォンバットからのメッセージ



久しぶりに怒鳴ったからか、喉がヒリヒリしていた。理不尽な怒りだったかもしれないと反省するにも、既に導火線に火がついてしまっており、収める方も楽ではなかった。皿を黙々と洗いながら電話が遠くで鳴っている音がする。すぐに長女バッタが現れて、電話の相手を伝えるが、電話にでられる状況ではないと告げる。その時の彼女の目が真っ赤であったことに衝撃を受ける。怒鳴った相手は息子バッタと末娘バッタ。どうして、長女バッタの目が真っ赤なのか。

悶々としつつ階段を上がろうとすれば、でくの坊のように突っ立っているバッタ二匹が「ママ、ごめんなさい。」を連発する。いや、一匹はのうのうと階段に腰を掛けていたか。

いずれにせよ、無視。
とにかく、会話ができない状態。

お風呂に入りながら、ゆるゆると怒りが収まりつつあることを感じながら、遠い昔、母から怒られた日を思い出す。もう原因など忘れてしまったが、兎に角、母は黙々と沖を目指して泳いで行ってしまった。泣きながらその後姿を眺め、泣きながら、その姿が漸くユータンして浜を目指して泳いでくることを確認した時に覚えた安堵感。そして、母が水を滴り落としながら、誰も来ないから、どこまでも泳いで行かざるを得なかったじゃない、疲れたわ、と、漏らした、あの一言。とてもじゃないが、当時、後をついて泳いで行ける程の泳ぐ力もなかったが、恐ろしくて後をついていける程の勇気もなかった幼い胸で、ちょっとびっくりしたこと。ママは怒って行ってしまったのではなくて、本当はついて来て欲しかったのか、と。などなど。
親の気まぐれな気持ちなど、子供には分かるまい。親になってみて、漸く分かる、いや、分かるまいか。

こんな日は、早く寝てしまおう。
そう思って寝室に行くや、ベッドの脇にウォンバットのポストカード!
むむむ。
ひっくり返すとメッセージ。

『まま、
ままの大切なお誕生日パーティーを大台なしにして本当にごめんなさい。
自分でも、自分を許せません。
ごめんなさい』

末娘の部屋に駆け込み、ウォンバットの様に丸くなって蒲団を被って震えて泣いている、その姿を大きく抱え込む。




にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村

↑ クリックして応援していただけると嬉しいです
皆さんからのコメント楽しみにしています



2013年12月9日月曜日

キーウィの王様と長女バッタ



嘘っ!
涙目で睨まれる。

ママ、やだぁっ!

慌てて彼女のお皿から、気になるブツを取り除くが、既に遅し。
息子バッタは「ただのゴマだよ。」と言い、末娘バッタは「今まで美味しいって食べていたじゃない。」とママを擁護する。

「だから嫌なのよ!嘘をつかれていたってことが。とにかく、好きじゃないの。」

長女バッタは相当な剣幕で怒っている。

そうか。そんなに好きじゃなかったのか。
ごめん、ごめん、と慌ててお皿を交換する。真っ白な炊き立てのご飯が湯気を立てている。

前の家のマダムから大きな籠に抱えきれない程のキーウィを頂いたが、さて、どうしようかと思っていた。長女バッタは以前、学校の給食で身体にいいからと皮ごと食べて口内が荒れてしまい、以来、毛嫌いしていた。ビタミンCの宝庫。幾ら身体にいいからと言って、毎日1個以上は食べられない。キーウィを使った料理レシピを見ても、あまりバラエティに富んでいない。せいぜいジャム。加熱すれば、長女バッタも嫌がらないかもしれない。

そこで、ミートボールを作って、そのトマトソースの隠し味として、キーウィを入れてみた。果実はゆっくりと溶け、ゴマの様な種が粒粒の旨さを醸し出しており、悪くないと思っていた。おいしそうな香りにつられてやってきたバッタ達。ご飯にたっぷりとかけて、大喜びをしていた矢先、長女バッタのソースに、溶けきれていないキーウィの果実の一片が残っていて、彼女に発見されてしまったというところ。

彼女の怒りも尤もなこと。

と、どうもさっきからくしゃみが止まらない。
鼻腔がむずむずするし、口内もいがらっぽい。アレルギー反応か。

キーウィの王様と長女バッタの二人から睨まれているようで落ち着かない。。。
猛反省。




にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村

↑ クリックして応援していただけると嬉しいです
皆さんからのコメント楽しみにしています



2013年12月5日木曜日

アンドレアからの電話






「ボンジュール!プロント!」

電話先からけたたましい声が聞こえてくる。
「アンドレアです、マダム。お元気ですか?」

アンドレア?
あのアンドレアだろうか。ローマのB&Bのオーナーの顔がすぐに浮かぶ。現金で支払ったはずだが、何か問題があったのだろうか。バッタ達が何かを破損したのだろうか。多くのよからぬ思いが事が頭を過ぎる。

「マダムはイタリア料理がお好きですか?」
どうやら、会計上の問題があったわけでもなさそうだと分かり、ほっとする。それから急に違和感を覚える。ローマのアンドレアはイタリア男にしては、シャイでこんな風な話し方はしない筈。しかも、彼はフランス語を話せなかった。

「アンドレア、いつからフランス語を話せるようになったの?」
相手は、一層陽気になって、フランス語なんて話そうと思えばいつだって話せるのですよ、なんて言ってくる。その返事で、B&Bのアンドレアとは別人であることを確認する。

「マダム、オリーブオイルはお好きですか?」
このアンドレアの舌には上等なオリーブオイルがたっぷりと塗られているようで、立て板に水の如く、セールストークは続く。しかも、相手の関心をしっかりと捉え、うっかりしようものなら、返事をしてしまっている我が身に驚く。

「マダム、美食の国イタリアからの厳選吟味された現地直送、お楽しみバスケットを、今回は特別にお宅の食卓にお届けしようとご連絡させていただいております。」
「パスタはお好きですか。ちょっとだけご紹介させてください。」
きっと演出であろう巻き舌の発音で、イタリアの燦燦と輝く大地からの恵である各種パスタの紹介が続く。
「チーズはいかがですか。」
モッツァレッラでもない、リコッタでもない、マスカルポーネでもゴルゴンゾーラでもない、リズミカルな響きのチーズの紹介が始まる。

「アンドレア、待って頂戴。」
慌てて彼のトークを遮る。
「せっかくのお話、ありがたいのだけれど、貴方の時間をこれ以上いただくわけにはいかないわ。私は貴方のお客としての対象外よ。」
そう言って、今回のサービスは家計に余裕のある家庭向けであり我が家には当て嵌まらないこと、お互いに何者か知らないこと、商品を確かめもせずに購入することはしないこと、などを列挙する。待っていました、とばかりに、アンドレアは一つ一つにもっともらしい解決策を提示する。

「お話は聞いているだけで楽しくなるので、まだ聞いていたいわ。でもね、本当に貴方にとって、時間の無駄よ。どうもありがとう。そして、さようなら。セールス、頑張ってくださいね。ご健闘をお祈りします。」
そこまで言うと、びっくりしたのかアンドレアは、押し黙ってしまい、弱々しく、チャーオ、チャーオ、と数度繰り返し電話は切られる。

どこまでも続くトスカーナのブドウ畑とオリーブの木。
いつかまた、燦然と輝く光に満ち溢れた彼の地に赴きたいと、ゆっくりと受話器を置く。







にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村

↑ クリックして応援していただけると嬉しいです
皆さんからのコメント楽しみにしています




2013年12月3日火曜日

パールの輝き



ふと足元を見つめると
夏に塗ったルージュのペディキュアが申し訳なさそうに張り付いている。
爪を切りながら、リムーバーの瓶が転がっていたことを思い出す。
長女バッタが仕舞い忘れたに違いない。

貧乏性なのか、もともとおしゃれっ気がないのか、せっかく塗ったマニキュアを綺麗に落としてしまうなんて滅多にしないので、小まめに落としては、別の色を塗っている長女バッタを、ちょっと不思議に思う。買い物に行っても、飽きずに全ての商品に目を通し、これと思えば袖を通し、何着でもトライし、それでも絶対に妥協しない彼女の姿は、正直、同じDNAを共有しているとはとても思えない。

爪が呼吸困難で苦しく感じる時に、さてと、とリムーバーを用いる。足の爪に至っては、苦しいなんて自己主張しないだけに、夏の名残のように爪先だけがルージュのような今回の様な状況になってしまう。

それでも、なんとなく、そう、なんとなく、リムーバーで落としにかかる。
コットンが真っ赤になると、透明の爪先が現れる。

末娘バッタが友達の誕生日にたくさんの色の小さなマニキュアをプレゼントした時に、一緒にパールのマニキュアを購入したことを思い出す。

裸足の格好で爪を塗り始めていると、寒さが足元から襲ってくる感じがする。
ペディキュアなんて、やっぱり何かと余裕がなければ、できないオシャレ。

せっかくだからと、手の爪にも塗り始める。
そうしてから、しっかりと乾かさないことには、何もできないことに気が付く。靴下さえも履けない。

ドライヤーで速攻乾燥を狙うが、足元の冷えは堪える。
足の爪なら、ちょっとぐらい良いか、と、ストッキングを履こうとして、手の爪がネックとなることに気が付く。ふっと息を吐きかけ、大丈夫、と手をストッキングに突っ込むと、どうも微妙にいつもの感じと違う。慌てて手を出せば、せっかくのつるつるのパールがごにょりとしてしまっている。

時間と気持ちに余裕があり、快適な気温が保たれている場所でないと、マニキュアやペディキュアは上手く塗れない。

ごにょりとした爪は、本来ならもう一度リムーバーで拭き取り、新たに塗り直すべきなのだろうが、マニキュアのアルコール成分でごにょりをも溶かし、その上に新たに塗るスタイルにしようと、重ね塗り。

ここは、キーボードでも大人しく叩いておくしかない、とデスクトップに向かう。

それでも、落ち着いた雰囲気でしっとりと輝くパールの手先を愛しく思う。





にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村

↑ クリックして応援していただけると嬉しいです
皆さんからのコメント楽しみにしています



2013年11月29日金曜日

星屑のイルミネーション



ふいにドアが開いて、夕方を伴って助手席に滑り込んでくる。
簡単な挨拶が思わず長引く。

「混んでいるから。。。」
ラッシュアワーのことを指しているのか、通りの人混みのことを指しているのか。
車を発進させ、流れに乗る。

何週間ぶりだろう。あれも、これもと話題が飛び出て、遂に核心の懸念事項に達する。

思わず興奮し、立て板に水の如く早口の大声で自分の見解を主張し、今の状況の異様さを訴える。ところどころで、「うん、分かってるよ。ちょっと待って。」と止められ、別の視点からの解説を受ける。がんがんと話をしているうちに、落ち着きを取り戻し、解決法が見つかり始めたことに気が付く。

思い詰めていた怒りや興奮がすっかりと心から締め出され、代わりに充実と満足感で満たされる。

どこをどう走ったのかも分からず夢中だった瞳は、慌てて現在の場所を把握し、漸く助手席の横顔と運転に集中し、右手はシフトレバーから離れ、ぬくもりを求める。

街路灯には星屑のイルミネーション。







にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村

↑ クリックして応援していただけると嬉しいです
皆さんからのコメント楽しみにしています



2013年11月26日火曜日

迷い






送られてきたメールのタイトルを斜め読みして、ゴミ箱に入れる瞬間、手が止まる。
ぎょっとして、ゆっくりとタイトルをクリックすると、本文が画面いっぱいに浮かび上がる。
頭のどこかでサイレンが鳴っている。
メール送信者の女性も、コピーが入っている女性の名前も知らない。アシスタントか、イベント下請け企業なのだろうか。

メッセージは極簡単な一行。
125日までに参加の有無をご連絡ください。』

ボルドーカラーを基調としたフライヤー。
二人の招待者の名前が並んでいるが、共にご縁はない。産業界および学会のトップ。
堅強、制御、システムモデルリング、、、いかつい言葉が続く。
航空宇宙分野における堅強さ、制御、システムモデリング、といったところか。

仏企業がフランスの優秀な頭脳に投資をする産学連携講座の落成式。今回、資金を提供する某仏大企業のイノベーション部門の代表と、頭脳を提供する仏学界の、今回の講座を取り纏める代表者からスピーチが予定されている。

そうか。彼の晴れ舞台。いわば、就任式なのか。
招待を受けたことへの驚きと嬉しさで気持ちが高揚するが、一体、パーティーなのか、真面目な学界の研究発表の場なのか、どれぐらいの規模のものなのかとの疑問と不安が一遍に押し寄せてくる。

日時を確認したところで、愕然とする。そんな馬鹿な。もう二か月前から頼まれ、準備をしている勉強会の日と同じではないか。
申し訳ないが、招待は断るしかあるまい。おそらく、企業の規模や学界の水準を考えても、大規模なパーティーとなるに違いない。一方、勉強会の方はこじんまりとしており、とにかくも、手伝いとはいえ、幹事のような役割を担っている。しかし、なんと天は厳しいことをなさる。

本人からはこのことに関して特に何の連絡もなく、別件で出会った時に、招待を受けて喜んでいること、しかし、別の用事があって、参加はできそうにないことを伝える。

一瞬、間が空く。
「好きにするといいよ。」
冗談っぽく、しかし、はっきりと目を見つめられて告げられる。
いや、だから。本当は行きたいのだけれど、その日、たまたま、夕方に勉強会を予定していて、、、と必死に伝えるが、
「いいんだ、いいんだ。そう、好きにするといいよ。」
と言われてしまう。きっと、逆の立場だったら、同じような反応を示したろうな、と思う。

こればっかりは、仕方がない。
しかし、同じ日に何もバッティングしなくても良いのに。

それが数日前。
先程、先日と同じように、知らない女性の送信者から催促メールが届いてしまう。
彼は忙しくて、いちいち知り合いの出欠など、届け出ていないのであろう。いや、それより、やはりイベント下請け企業なのだろうか。かなりプロフェッショナル。アシスタントであれば、イベント慣れしていると言えよう。

こうなっては、丁重に断りのメールを書くしかあるまい。
日本語に決まり文句があるように、フランス語にも紋切り型の表現があり、オリジナルな文章などにしてしまったら、却って変で、評価は下がるもの。果たして、調べ出した幾つかの例文を照らし合わせても、似たり寄ったりで、ほぼ同一。それを眺めつつ、さて、いざメールを書こうとした時点で、躊躇してしまう。

彼の晴れ舞台。
大袈裟な言い方をすれば、結婚式に招待されたようなものではあるまいか。
この産学提携講座を調べてみると、彼の代表としてのポストの求人情報にヒットする。職種、役割、報酬、条件、などが詳細に記載されている。いよいよ感慨深くなる。

彼がどんな思いで招待者リストに私の名前を入れてくれたのか。気まぐれかもしれないが、こんな晴れがましい席に招待されたのだから、万障繰り合わせて馳せ参じるのが、当然ではあるまいか、と思えてきてしまう。

それよりも、何よりも、その場に駆けつけ、お祝いの言葉を掛けてあげたい。
気持ちはすっかり、大統領の就任式に招待されたかのように舞い上がってしまう。

就任式は17時半から。勉強会は19時から。受付の仕事は頭を下げて別の方にお願いをして、18時半に会場を出れば、勉強会にはぎりぎり間に合おうか。

イベントの掛け持ちなんて、言語道断、などと言ったことが何度もあったが、なんと、今はどうにかしてどちらにも出たいと思ってしまっている。
いや、本当は、勉強会を頭を下げて謝って、就任式に出たいと思い始めてしまっている。

さあ、どうしたものか。
見上げても、薄グレーの折り紙のような空は、時が止まってしまったかのようで、何も告げてはくれない。







にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村

↑ クリックして応援していただけると嬉しいです
皆さんからのコメント楽しみにしています