2023年5月31日水曜日

女 其の肆 « 渦潮»

 





 彼女はおもむろに席を立って、戸棚からとっておきの珈琲豆の袋を出した。数年前に行ったブラジルでの珈琲が美味しくて、馥郁たる香りを楽しみながら、当時の思い出も蘇り、心豊かな時間が持てることからも、今でも購入する珈琲豆はできるだけ原産地をブラジルとしていた。珈琲の何が一番好きかと言えば、珈琲豆の密封された袋をハサミでじょきりと切った時に放たれる芳香ではないだろうか、そう彼女は思っていた。しっかりとローストされた珈琲豆は、香ばしく、深みがあり、重厚でいて爽快さを併せ持っている。


 香りをたっぷりと愉しんだところで、ミルにこんがりと煎られた豆を必要なだけ入れる。その時のカラカラという軽快な音に、彼女は知らずににんまりとする。適度に挽いた後、ミルの蓋を開けると、先ほどとは違った繊細な香りが放たれ、ブラジルでの日々が鮮やかに蘇るのだった。熱いお湯を少しかけて粉を優しく膨らませると、今度はアマゾンのジャングルを思わせる濃厚な香りが立つ。そうして、ゆっくりと静かに少しずつ珈琲ドリップにお湯を注ぎ、ぷくぷくと粉を膨らませながら珈琲を淹れていく。珈琲を淹れるまでのプロセスの楽しさは、ひょっとしたら恋人との出会いの楽しさに似ているかもしれない。ゆっくりと愛しみながら珈琲カップに口をつける。酸味と苦味のバランスというが、しっかりとローストされた香りと飲んだ後の爽やかさが秀逸で、味にキレがある珈琲こそが彼女にとって最高のものだった。


 彼女は幼い頃から既に珈琲の美味しい淹れ方についての蘊蓄に耳を傾け、時には厳しい指導を受けてきたのであった。カップを温めることは当たり前だったが、カップに入れる量についても指導者の母親は煩かった。喜んでもらおうと懸命に工夫した昔が思い出される。確かにカップの縁までたっぷりと入っていると美味しそうには感じられない。また少な過ぎても逆効果であった。せっかく心を込めて入れた珈琲を、美味しそうに感じられないと冷たく突き返された時の驚きと悲しみは忘れられない。相手に気持ちが伝わらないのは、相手に問題があるのではなく、自分の表現方法に問題がある、そのように幼い時から教えられてきた。


 彼女は昔のことを振り返りながら、頭を軽く左右に振って天を仰いだ。それは思い出の渦潮に巻き込まれそうになる時に、彼女がする癖だった。彼女は時々過去と現在の区別がつかない程に、過去のことを思って冷汗を流したり、焦ったり、深く後悔したり、辛くなって悶えたりするのであった。それは記憶が始まる小学生の頃のことから今に至るまでの全ての過去を対象としていて、突如ある時期の過去が痛みを伴ってまざまざと思い出されてしまうのであった。自分がいかに酷く、惨めで、情けない人間であると反省したところで、全く生産性なく、過去があっての今があるのだから、今を堂々と明るく歩こうではないか、そう思うことにしていた。だから、出来るだけ過去を振り返らないようにし、手遅れにならないうちに頭を振って過去の記憶を振りほどくのであった。


 なぜなら、過去とは点であり、線であって、線であり、面であり、独立した点として存在する過去などなく、ややもすると、ずるずると多くの物を引き出してしまうからだった。


 男との記憶はそれが単体で存在するのではなく、彼女は本能的に「あの頃」という括りで、全ての記憶を封印していたのであった。従い、男の記憶を掘り起こすことは「あの頃」を思い出すことに直結していた。そして男から手紙を受け取ってから、封印していた筈の「あの頃」の記憶が、氷が太陽の下で少しずつ溶けていくように、静かに、しかし確かに流れ出し始めたのであった。


 たとえば、珈琲の馥郁たる香りを楽しみながら、ふと男がフランスのカフェは味に奥行きがないと言ってはイタリアの濃いエスプレッソを好んでいたことを、思い出してしまうのであった。そして、記憶はそこで留まってくれずに、その当時のことを嫌が応でも思い起こされてしまうのであった。実のところ、男に対する思いはこれまで「無関心」であったのだが、今は苛立ちを感ぜずにはいられなかった。


 それでも、ゆっくりと珈琲を飲み干し、色々なことに思いを巡らし気持ちを落ち着けると、さて、と封筒から手紙を取り出したのであった。



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2023年5月30日火曜日

男 其の肆 « 再生»

 





 啓蟄も過ぎ、日の出の時間が随分と早くなってきて、太陽の光にも暖かさが増してきたある日の午後、男は庭の片隅に群生しているスノードロップが一斉に純白の蕾をふっくらと膨らませ始めていることに気が付いた。ウエディングドレスに譬える人がいるが、男は珈琲カップを連想させると思っている。エスプレッソ好きな男は、大抵はミラノに行った時に立ち寄った店で購入した厚みのある小さな黒い陶器のカップを愛用していたが、春めいてくると薄い純白の磁器を使いたくなる。


 何にでも一家言ある男だったが、それだけ好奇心に満ちていて、向学心に溢れていると自負していた。それを煙たく感じ、面倒くさいと思う人々がいることは知っていた。むしろ、そういった人の方が大半であることも重々承知していた。しかし、どんなに疲れていても飛ばない鳥がいないように、どんなに手入れをしても薔薇は薔薇で牡丹にはならないように、人は変われない、そう男は独り言ちた。私は私にしかなれない。


 男は春の土の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。未だ妻であった女性が年下の男と浮気をしていると分かり、彼の自尊心が大いに傷つけられ、それまで念じたことは全て手にしてスターダムにのし上がって来た男にとり受け入れがたい現実に、対処法が分からずにひどく狼狽した時、男を救ってくれたのは土の香りであった。金融業界の表面的でフェイクな世界に嫌気が差してきた時でもあったし、何かに追われるように駆け足で過ごしてきた人生を立ち止まって方向転換することで、運命の荒波を乗り越えようと思い立った。一年間休職し、園芸学を学ぶことにしたのであった。


 久しぶりに太陽の下で土を耕すと、額から汗が滝の様に流れてきて、男は漸く人間らしさを取り戻した思いだった。そして、自分の腕はフットボールを抱えるためでも、女を喜ばすためでもなく、植物を育てるためにあるのだと、初めて悟ったのであった。土の香りは男の傷ついた心に癒しをもたらした。採り立てのトマトは青臭く、きゅうりは瑞々しかった。薔薇の剪定をする時に棘が男の腕を傷つけると、男は痛みに顔を顰めながら、汗とは違うものが頬を伝うのを感じた。農耕作業の後の身体の疲れは、数値を追いかけていた時の頭脳の疲れとは別の類のもので、むしろ心地よかった。同じように、人間社会で受ける心の痛みとは違って、剪定作業で受けた腕の痛みは、むしろ自然界で受け入れてもらえたように思われ、ありがたかった。こうして男は、人間としての自分を取り戻したのだった。


 それでも一年が過ぎようとする頃、君のような逸材を埋もれさせていくわけにはいかない、君の頭脳が今こそ待たれていると言葉巧みに業界復帰の誘いを受け、称賛と言う甘美な誘惑に打ち克つことなく、断る理由も見つからず、再びシティに舞い戻ったのであった。


 男は芽吹いたばかりの薔薇の赤い芽を見つめながら、あの時戻ったからこそ、運命の出会いがあったのではないかと自己肯定をした。いつでも選択を余儀なくされるのが人生であり、男は過去の自分の判断を後悔することは、馬鹿げていると常に思っていた。


 彼女の誕生日に花束を贈った時は、彼女と再会を果たしたような、久しぶりの邂逅に胸が震えた。その高揚感は暫く続いたが、時間が経過するにつれ、彼女と繋がったと思っていた線が実は儚く、彼女の手まで届いていないのではないかと思うに至った。男からの贈り物だと分からないのではないかとの焦燥感に駆られた。そこで、バレンタインに向けてカードを送ることにした。これなら、彼女は男の存在に気が付くだろう、そう思っていた。


 男は待つことには慣れていた。どんな植物でも簡単には実はならない。柿栗三年、桃八年というではないか。それでも、庭の薔薇が季節最後の蕾を咲き終える頃には、彼女が男の連絡先を失くしてしまった可能性について考えざるを得なかった。彼女が連絡をとりたいにも、とれない状況にあるに違いないと思われた。彼女が無視しているとは到底考えられない自分に気が付き、自嘲気味となったが、それがどうした、大いに結構ではないか、とむしろ開き直ると、腹が据わった。人生、望みを捨てたら絶望しかない。



 こうして今回、男は初めて自分の連絡先が分かる格好で彼女に手紙を送ったのであった。それにしても、手紙を送ってから暫く経つのに何ら音沙汰がない。フランスの郵便事情が如何にお粗末なものか、今更嘆いても仕方ないが、未だ彼女の元に届いていないのではないかと不安に思った。天を仰げば真っ青な空が広がっていて、ぴーひょろひょろひょろと鳶がいかにも気持ちよさそうに大きな翼を広げて飛んでいた。あの鳶に手紙を託せば良かったか。男は眩しそうに鳶を見守った。



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2023年5月29日月曜日

女 其の参 « 真実 »

 




 「宇宙の秩序を思わせる、彼の身体から発せられる、あの天空に響き渡る透明な音色。その瞬間、彼の内部では全ての物事がすっきりと調和し宇宙と繋がっているんだ。でも、そんなこと、本人は意識もしていないし、理解もしていないのさ。」


 ゆるやかながら日差しに温もりが感じられるグループレッスンがあるいつもと同じ土曜の午後。井戸端会議のように、外のベンチに数人の親たちと座り込み、ティーンを持つ親の悩みや、バカンスの計画、美味しいお店、手ごろなケーキのレシピなど、他愛ないことを話題にし、のんびりとしていた時のことだった。当時、彼女の中学生になる息子はバイオリンを弾いていて、鬱蒼とした森の中の栗林に囲まれたバイオリン教室に通っていた。


 何故そんな話題となったのか。幼い子供を持つ父親が、自分の子供たちは未だ偉大な音楽家ではないが、人間にとって音楽というものが如何に大切か、それが人間形成にとってどんなに価値あるものなのか、年長の生徒達の演奏を見ていると分かる気がするよ、と話し始めた。そうして彼女の息子について、あのように言及したのである。彼女の身体は雷に打たれたような衝撃が走った。別の父親が彼女の息子と同年代の自分の息子の話をし始めたことで、それ以上の会話はなかったが、思わずひれ伏して涙したくなってしまった。彼の言葉こそ、天空に響き渡り大地を唸らせるものであり、その瞬間、宇宙に意識が飛んでしまったかのようだった。


 彼女にとって、音楽とは生活の一部であり、同時に異次元の空間でもあった。子供は3人ともバイオリンを幼い頃から弾いていて、彼らにとってバイオリンは指先や肩に繋がっていて、まるで体の一部のようでさえあった。ある日子供のバイオリンの教師が、唐突に彼女にバイオリンを手渡してくれたのがきっかけで、彼女も奏者側に身を置くことになった。それはバイオリンにビオラの弦を張ったもので、自分のバイオリンを生徒に絶対触れさせもしない教師が、特にお願いしたわけでもないのに、さあ、と手渡してくれたことに驚いたものだった。子供たちの父親が家を出てから、二年ほど過ぎた時だった。当時の彼女の心に欠けているもの、飢えた精神、悲哀を感じ取ったのであろうか。教師の心遣いがあまりに嬉しくて、その気持ちに応えたくて、一週間借りた後すぐにアトリエに行き、自分用のビオラを手に入れたのだった。


 聴く側から演じる側に身を置くことで、ここまで世界が変わるものか、理解の幅が膨らむものなのかと圧倒される思いだった。猛練習した成果が必ずしも音に表れないもどかしさ、皆の前での演奏で、緊張して弓が弦を弾いてしまい、惨めな結果に終わった時の恥ずかしさと悔しさ。演奏する子供達への接し方も、自ずと変わってきた。


 そしてある時、グレングールドのバッハのイタリア協奏曲を聴いていた時、何の前触れもなく、突如として宇宙から舞い降りたかのように、男に関してある誤解をしていたのではないかと疑念が湧き、ゆっくりと今一度その時の情景を再現してみるにあたり、疑念は次第に確信にと変わったのであった。


 その時、男は彼女が運転する車のスピーカーから流れ出したチェロの演奏に対し、騒音だから止めてくれ、と如何にも辛そうに顔を顰めて、宣ったのでった。あの時の凍りつくような思いをどう表現すれば良いのか。魔法がすっかり解けてしまった思いがした。それは彼女の台湾の妹が編集してCDに焼き付けて送ってくれたヨーヨーマ特集で、とても気に入っていて、いつでもどこでも聴いていたものであった。楽しかった気分は一瞬にしてもぎ取られ、共鳴、共感し合えない相手と、時間を共有することの苦々しさを味わったものだった。


 あの時、彼女は男が彼女が選択したCDの曲を嫌ったのかと思った。ひどく傲慢な態度と思われ、選曲して送ってくれた妹をも侮辱している気がして、腹立たしかった。が、そうではなくて、微妙な音も鋭敏に耳に入るピアニストの男にとって、大して高品質でもない車のスピーカーから流れてくる音が、ノイズ交じりで、耳障りな雑音としか聞こえなかったので、止めてくれと言ったとしたらどうだろう。CDもオリジナルではなく、素人が焼き付けたものであったことも、この仮説の正しさを大いに裏付けてはいまいか。


 彼女は男に対して、大きな誤解をしていたことに遅まきながら気づくことになる。真実は求めている時ではなく、突然訪れるものなのだろう。されど、だからといって、男に対する冷めた感情が再び燃えることはなかった。気持ちのすれ違いとは、なるべくしてなるのであって、一旦すれ違ってしまうと、ずれはどんどん広がっていくばかりで、止まるところを知らない。


 こうして男のことはすっかりと忘却の彼方に葬り去ったにも関わらず、今回亡霊のように現れた男からの手紙を、彼女は大いに持て余していた。彼女は改めて深くため息をつく。そうして不動産の広告に挟まれた白い封筒を、おもむろに手に取ると、ナイフをあてて封を切り裂いた。





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2023年5月28日日曜日

男 其の参 « 願望 »

 





 男は離婚の際に、一つだけ譲らなかったことがある。ロンドンのチェルシー地区にあるアパートの所有権は完全放棄するとしても、コッツウォルズにあるライムストーンのコテージは自分のものとして所有しておきたかった。海外出張が多く、ロンドンに帰って来ても若い愛人のところで過ごすことが多かった別れた妻は、二人の関係が悪化してからは滅多にコッツウォルズに行くことは無かった。それに反して、男は週末になるとコッツウォルズに赴いては、小さいながらも薔薇を中心とした庭の手入れをしたり、近くの小川沿いを散歩したりして過ごすことが多かった。一日中庭の木陰に陣取って、本を読んで過ごすこともあった、夕日を浴びてやわらかに甘く輝くライムストーンをぼんやりと眺めて、その温もりを楽しむ時間が愛おしかった。もともと都会っ子の元妻は、拍子抜けするほどにあっさりと、コッツウォルズのコテージの所有権を手渡してくれた。こうして男はリタイア後の居住地を確保し、今こうして薔薇の花香るコッツウォルズのコテージに住んでいる。


 男の両親は二人とも高校の教員をしていたが、父親は引退間近のある朝、脳梗塞であっけなく亡くなってしまっていた。母親は引退後も健康に恵まれ、あちこち旅行をしていたが、数年前に父親の元に旅立ってしまっていた。4歳下の妹は地元で中学の英語の教師となり、同僚の社会科の教師と結婚し、二人の男の子に恵まれていた。幼い時から兄を慕って、良く懐いていたので、男も妹のことを大切に思っていた。だから、彼女の旦那に初めて会った時は、風采が上がらず、物足りない男として映り、歯がゆさを覚えたが、何より妹が喜んでいるならと、二人を祝福したのだった。しかし妹の結婚生活は平坦ではなく、旦那は真面目さが高じて労働組合に引き抜かれ、活動家として豹変してしまったし、子供達は成長するにつれそれぞれに問題を起こし、妹を困らせた。それも高校生の頃までで、一人は旅先で出会ったタイ人の女性と恋に落ち、今ではオーストラリアに住んでいるし、もう一人はシステムエンジニアとして地元の中小企業を相手にしたコンサルティングファームに就職しており、それぞれに形こそ違うが、家を離れ、社会人として独り立ちしている。


 月に一、二回は、日曜のお昼を妹家族と一緒に過ごすことが多かったが、一度、旦那は組合の寄り合いで不在で、息子も地元のラグビークラブの試合があるとかで、不在であった時があった。家庭菜園で採れたかぼちゃのマッシュと、幼い時に母親が良く作ってくれた熱々のミートパイを頬張りながら、久しぶりに兄妹二人だけの食事となった。母親の味には及ばずとも、ミートパイの味付けが最高だったと妹を褒め、子供たちの近況を尋ねた。もはや子供たちの問題に心煩わされることなく、貴重な時間を割かれることもなく、どんなにかせいせいとし、晴れ晴れとした思いにあることだろうと男は思っていた。ところが意に反して、妹は最早自分の役割は必要ではなくなったことを思い知らされ、切ないと訴えるではないか。身体の中心に大きな空洞ができてしまったようだ、これから何のために生きていくのか分からない。自分の務めは終わったのに、と泣きだされ、男はぞっとした。あれほど以前は自分の時間がないと泣きごとを言い、子供が引き起こす騒動に巻き込まれては、心身ともに困憊していたのに。その度に相談を受け、悩み事を聞いてあげてきたではないか。一番魅力がなくて、みっともないことは、自分が如何に辛いかと嘆いて同情を引こうとすることだ。だから、嘆くことはやめろ。人間は底のところで、本当は強くて、滅多なことではくたばらない。そう言ってやると、妹はさびしそうに、あなたには子供がいないから分からないのよ、とつぶやいた。


 その後しばらくして久しぶりに妹を訪れると、妹は熱々のシェファーズパイを作って歓待してくれた。そして、最近地元の野鳥の会に入ったこと、ノルディックウォーキングも始めたことを嬉しそうに語ってくれた。快活に笑う妹を見たのは久しぶりだった。話をする時にも、こんなに大声を出すものだったのかと、驚いてしまう程だった。男は思った。やはり、人間は根底のところで図太く出来ていると。滅多なことではくたばらない。


 男は、15年前に出会って忽然と姿を消した運命の女性のことを思った。一度も会ったことはないが、彼女の子供達もそれぞれに独り立ちしている頃だろう。妹のように子育て終了後の喪失感に苛まれてはいやしないだろうか。彼女が別れた旦那のところで過ごしている子供達のことを思い、これまで築いてきた家族が崩壊してしまったことを思って泣き崩れた時、前回妹に発したことと同じ言葉を投げ掛けたことがあった。彼女は、急に泣き止むと、一言も発せずにその場を離れて行ってしまった。なんて礼儀知らずの失礼な態度だろう、その時はそう思った。それでも、怒りで立ち直れるのであれば、それに越したことは無いとも思った。彼女にもう一度会いたい。強く、しなやかに、立ち直って、たおやかに微笑んでいる様子を見たいと思った。



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2023年5月27日土曜日

女 其の弐 « 記憶の選別 »

 




 彼女は簡単な夕食を終えて、ソファーに寛ぎながら放って置いたままの封筒のことを思った。前回深紅の封筒を受け取った時は丁度旧正月の時期で、今は台湾に住む双子の妹からの新年のカードかと思ってしまっていた。台湾では新年を赤で祝い、服装も赤色を身に着ける習慣がある。日本の神社でも朱色は使われているが、台湾の神社は落ち着いたトーンというよりは、南国らしい賑やかで晴れ晴れしい赤の使い方をする。台湾に最後に遊びに行ったのはいつだったろうか。彼女は仙草ゼリーや屋台での朝食を懐かしく思い起こしながら、封筒をびりりと開けた。妹はこんな風にアルファベットを書くのかと、ちょっと宛名の書き方が気になったが、あまり深くは考えなかった。さっとカードを取り出して、予想だにしていなかったバレンタインのカードであったことに、先ずはぎょっとした。え?


 カードの見開き部分は真っ白で、メッセージはない。右下に「X X」と記してあるだけだった。慌てて封筒を見直すと、切手が台湾のものではないことに漸く気が付いた。うっかりと隙を突かれたような、脇が甘いことを嘲笑されている様な変な気分になったことを覚えている。実のところ、一年前にも消印が英国からの差出人不明のカードをもらっていた。そうなると、この二年続けて誕生日に花束を贈ってくれる謎の人物と同一なのだろうと思わざるを得なかった。


 誕生日に花束が届いた時にも、嬉しいと同時に送り主が分からずに、お礼の言いようもなく、なんとなく消化不良の思いをしていた。健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、死が二人を別つまで、愛し、敬い、慰め合い、共に助け合うことを誓った相手は、共通の夢に向かって手を取り合って進んでいると思っていたのに、早々に梯子を外して目の前から去って行ってしまっていた。クリスチャンでもない彼女が教会で式を挙げた背景には、彼の家族への敬愛の情があったからに他ならなく、「死が二人を別つまで」と期間を限定している点に疑問を挟み、では死後は愛することを止めるのかと真面目に聞いた彼女を、愛しそうにみつめた彼の様子が懐かしかった。つまり、懐かしいと思えるほど、時間が経過しており、その間、彼女も幾つかの恋もしていた。それでも、花束を贈ってくれた相手がすぐに脳裏に浮かぶことはなく、最近は子供たちの教育のことや、進路のことで時々電話で和やかに会話をするようになった別れた子供たちの父親に、ひょっとして花束を贈ってくれてはいないかと確認し、すまない、贈るべきだったね、と逆に恐縮されてしまった程だった。


 他に、なんとなくずるずると付き合いが続いてしまった相手がいたが、直感からして彼ではないと思われた。そうなると、誕生日の花も、今回手紙を送って来た相手なのかと思うと、彼女はなんだか大きな落とし穴に入り込んだような気がした。「なぜ今ごろ」ではなく、「なぜ私に」と思っている自分自身に戸惑っていた。確かに一時期、親密な仲になったことはあったが、正直なところ一緒に過ごした時間を思い出せないでいた。酷く相手に対して残酷なことをしている気がして、彼女は首を垂れた。


 彼女自身、逆の立場になったことがあり、自分が誰かに同じ仕打ちをしているという事実が余計身に応えた。大学時代、所属していた体育会で、三つ上の先輩に恋をしていた。下宿の物干し竿で、練習用にと先輩が貸してくれた手袋が明るい日差しを浴び、風になびいていた様を今でも思い出すことができた。電話で色々な話をしている時に、淡い思いを伝えたくて、それでも恥ずかしくて英語で告白をしてしまっていた。先輩は優しく笑いながら、今度一緒に食事をしよう、と言ってくれた。それは先輩の思いやりで、やんわりと断られてしまったのだったが、食事をしただけでも有頂天だったし、丁度その頃別の男子学生から声を掛けられ、恋仲になったこともあり、先輩との良好な関係は続いていた。それはお互いが就職し、結婚しても続き、大手銀行のロンドン支店の勤務になった先輩が、夫婦でパリのアパートに数日遊びにきたことも自然な成り行きだった。


 初めて会った先輩の妻となる人は、東京の女子高の出身で高卒で入社し、大卒で入社した先輩と同期とのことだった。小柄でとてもチャーミングで、シャイな様でいて芯がしっかりとしているように思われた。週日は二人が好きにパリ観光をし、週末は一緒にフォンテーヌブローに遊びに行った。バルビゾンでミレーのアトリエを見学したことも覚えている。お互い、未だ子供もいない若いカップル同士で、とても楽しい時間を過ごし、次に会う時は子供がいるかしら、と笑い合ったものだった。先輩とは、それが最後の別れとなってしまうとは、その時には知る由もなかった。先ず、先輩の方にすぐに男の子が生まれ、翌々年の年賀状には女の子の誕生の知らせがあった。その時に、女の子の名前が漢字こそ違え自分の名前と発音が一緒だったことに、彼女は肝をつぶしたものだった。当時は今ほど携帯を個人が使うことはなく、SNSに至っては全くと言っていい程普及していなかったから、先輩とは滅多に連絡を取らなくなってしまっていた。その後、香港支店勤務になり、すぐにニューヨーク支店勤務になったと聞いていた。まさに、エリート街道をまっしぐらと思われた。ところが、銀行にも再編の波が押し寄せ、他社のM&Aを手掛けていた銀行自身が合併を繰り返すことになり、大幅なリストラを実施せざるを得ない状況に追い込まれていった。ここからは、彼女の勝手な想像である。心優しい先輩は、エリート幹部として、これまで同じ釜の飯を食ってきて、一緒に汗と涙を流し合った同僚たちに解雇を宣告する立場にならざるを得ない自分を呪い、苦渋の選択を強いられながらもお上の命令に逆らうこともできず、解雇宣告を繰り返しているうちに心が壊れてしまったに違いない。OB会の大先輩から、ある日突然先輩の死を知らされることになった。「君の連絡先を年初の会で聞かれてね。」目の前が真っ暗になった。その年、忙しさにかまけ、連絡はおろか、年賀状も送っていなかったのだから。同期の仲間に電話をすると、大の男が電話口でおんおんと泣いていた。最初は寝耳に水の余りに急な悲報で、同期の仲間や先輩たちは、大病を患っていたのなら何故一言いってくれなかったのかと、病院に見舞いに駆け付けたのに、と信じられない思いと、哀しみと、怒りで、大騒ぎしたらしいことが分かった。そして、遺体に最後の挨拶も叶わずに、既に荼毘に付され、葬儀も家族だけでひっそりと終えてしまったことが判明し、まさかの真実が明らかになったとのことだった。


 その先輩の死から10年後ぐらいに、彼女は、一度東京で知り合い有志のOB会に参加したことがあった。偶々一時帰国していた時であったし、その時に、先輩の妻と残されたお子さんが会に参加すると聞いて、一言挨拶がしたいと思ったこともあった。久しぶりに会う先輩や仲間たちに挨拶をし、とりとめもなく話をしている時に、先輩の家族が会場に入ってきた。お久しぶりですと言うべきなのか、先ずはお悔やみなのか、最早それは口にすべきではないのか、迷いながらも挨拶を交わし、以前パリのアパートに遊びに来てもらったことや、フォンテーヌブローの森を散策した話をしたが、驚いたことに、先輩の妻は全く覚えていない、と返事をしたのだった。特に避けられているわけではなく、不自然なわけでもないが、同時に申し訳ないと思っているわけでもないことが、その後の会話でも判明した。先輩の妻は始終穏やかで、一緒に連れて来ていた長女、つまり発音が彼女の名前と一緒の女の子は既に大学生になっていて、快活で先輩の面影をほんのりと残していた。その時、会話の流れで、当日来ていない長男の話となり、先輩の妻がさらりと、ごく自然に、彼が障害を抱えていることを告げた。なんということだろう。この華奢で、今でも可憐な女性は、若くして夫に先立たれ、幼い子供二人抱えて、どんなに厳しく、苦しい人生を送って来たのだろうかと思わずにはいられなかった。もちろん、その考え自体が傲慢で、人の幸、不幸など、勝手に軽々と口にするものではないことは分かっていた。それでも、夫の家族が彼女を責めただろうことは、容易に想像がついた。言葉が続かなかった。若い頃の、ちょっとしたパリ旅行など覚えている筈がない。自ら進んで封印した記憶もあるだろうし、今を生きていくために、昔のことを思い出す時間も余裕もなかったことであろう。こうして、人間は覚えておくべき記憶を知らず知らずに選抜しているのか。たとえ同じ時間や空間を共有しても、記憶の共有はないものかと思い知り、愕然としたものだった。


 彼女は深くため息をつく。白い封筒は、不動産の広告に挟まれたままでひっそりとしており、何も告げてはくれていなかった。


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2023年5月26日金曜日

男 其の弐 « 確信»




 


 男には一つの確信があった。どんなに年月が過ぎようとも、人間はそう変わらないし、変われない。持って生まれて来た資質と、幼少時代の環境が一人の人間の基本的な性格と生き様を決定すると思っていた。15年前に出会って忽然と姿を消した女性は、今でもあの時のように明るく、話し好きで、あらゆる分野で会話が弾んで、別れてもまたすぐに会いたくなるような、一緒にいると周りの連中が羨ましがるような、そんな人物だと思って疑わなかった。


 彼女とは最初の出会いからして違っていた。あの頃、破綻していた結婚生活をいいことに、毎週のように催されるきらびやかな業界のパーティーに繰り出しては、知り合った女性と一晩だけの関係を楽しむことに、男は段々と疲れを感じ始めていた。満たされない何かを抱えながら、それが何なのか分からずに過ごしていた。あるパーティーで隣になった日本人の若い女性と意気投合し、随分と一緒に飲みに行ったのだったが、ある一定量を飲むと熟睡してしまう癖があり、その度にタクシーで彼女を抱えてアパートに連れ戻してあげていた。コンタクトレンズを外さずに寝込んでしまい、翌朝起きて取れなくなったら可哀想だと、目をひん剥いてコンタクトレンズを外してあげたりもした。そこまで親身にしてあげていたので、二人の関係も親密になるかと期待していたが、一向に縮まらず、果ては鬱陶しがられてしまい、思った以上に落ち込んでいる時だった。翌週ロンドンで開催されるカンファレンスの最終日程を受け取り、その詳細を確認していると、送り主の名前が目に留まった。儀礼的ではあったが、カンファレンス参加のお礼と、担当者としての挨拶のメッセージだったが、相手は日本人だった。冷たい仕打ちをした日本人女性のことを思い出し、胸が痛んだ。未練がましいことだが、彼女と同郷の人というだけで会いたくなっている自分に戸惑いながらも、すぐにメールを書いて、今回のカンファレンスを楽しみにしていること、貴社とはまだ取引を開始していないし、面識もないので、前日に軽く一杯いかがですか、と誘い掛けた。


 相手が断らないことは知っていた。当日、分かりやすいようにと指定した待ち合わせ場所のホテルのロビーで定刻に行ってみると、驚いたことに相手は未だ来ていなかった。携帯を確認すると、申し訳ないが15分遅れます、とある。この俺を待たせるとはいい度胸じゃあないか、との思いが募った。可愛さ余って憎さ百倍ではないが、冷たい仕打ちをした日本人女性と初対面の相手とが重なり、苛立ちと怒りがふつふつと湧いてきた。いらいらしながら待っていると、突然ガゼルのように颯爽と一人の女性が目の前に現れた。目をしばたきながら、慌ててソファーから立ち上がると、相手は名前を確認し、遅くなったことを詫びた。業界は男性が多かったし、名前からも特に違和感なく勝手に男性と思い込んでいただけに、この時ほど驚いたことは無い。待たされたことの苛立ちなど、ふっとんでしまうぐらいの威力があった。天女降臨とはこのことだろうか。男はその時のことを思い出すと、今でも満面の笑みを浮かべてしまう。


 もちろん、生まれたての赤ちゃんは生意気なティーンエージャーになっているし、15年前とは違い仕事の第一線から退いている我が身を振り返っても、15年の歳月は短くはない。彼女だって新しい人生のパートナーと出会い、別の人生を送っている可能性も否定できない。大病をして最早この世にいないかもしれない。ひょっとしたら、母国の日本に帰っているかもしれない。二年前にこの女性こそが自分の運命の人だと思い込んだ時に、男は女性の生活環境の変化に思いを巡らした。


 幸いなことに男は自分の記憶力に自信があった。音楽を奏でる人間の特徴だろうか。一度聞いた曲は耳が旋律を覚えていて、奏でる音を追いながらピアノで再現することができる。同じように、一度行った場所は、大幅な道路工事や建物の取り壊し、或いは増築などなければ、もう一度行くことが出来た。仕事柄世界各地を回ったが、以前行ったレストラン、パブ、教会、ホテルには、問題なくたどり着くことができた。女性の家には一度遊びに行っただけだったが、グーグルマップを駆使して、先ずは町を確認し、近くの学校やレストランを頼りにあっけなく場所を突き止めることが出来た。画像を大きくしてみると、どうやら彼女の家の隣に、新しいマンションが建ったようだった。それに比べ、彼女の家に大きな変化があったようには思われない。それよりも何よりも、彼女の車が玄関に駐車しているのを発見し、男は小躍りをした。彼女の車があるということは、彼女が健在であることを意味していたし、10年以上乗り続けているということは、新しいパートナーの存在を大きく否定していた。俺はついているのかもしれない。男の思い込みはさらにここで深まり、相手にとっても自分が運命の人であるに違いないと思うに至るのだった。


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2023年5月25日木曜日

女 其の壱 « 記憶の断片 »

 






 夕方の散歩から帰って来た時、彼女は郵便受けを確認する習慣がある。以前だったら、銀行からの口座取引明細書、ガス、電気、水、電話などの公共料金の支払い請求書、保険会社からの通知、ダイレクトメールなどの封筒が毎日のように入っていたものだった。最近はどこもかしこもペーパレスとなり、封書を受け取ることの方が稀になってきている。「Nobody loves you.」 高校時代に一年間留学したオーストラリアでお世話になったホストファーザーから、誰からの手紙も来ていない時に、半ばからかい気味に言われた言葉が彼女の耳に蘇った。


 スイートシクスティーン、16歳のあの頃、海外に留学することにとにかく憧れていた。高校一年の夏、米国に本拠地を置く世界各国で展開する交換留学プログラムに応募した際、留学希望先を3ヶ国まで記入する欄があった。第一希望には迷わずに米国と明記し、第二希望はオーストラリアとしたのだった。第三希望をどこの国にしたのか、今となっては覚えていない。留学生の9割が米国に留学していた時代で、もしも合格できれば一年休学し、高校2年の夏に米国に留学する心積もりだった。あの時自分の運命は、メジャーで勝負というよりはオリジナル性で勝負する道に大きく舵が切られたのだと、彼女は過去を振り返って妙に納得することがある。


 そしてその日も、門を開けて玄関ポーチに足を踏み入れ、郵便受けを開けるまでの数秒間、彼女は16歳になった12月の誕生日のことを思い出していた。その日は土曜日で、朝早くに家の呼び鈴が珍しく鳴った。何だろうと出てみると、ドアの向こうには久しぶりに会う小学校時代の同級生が立っていた。恥ずかしいのか、走ってきたからか、すっかりがっちりとした体格になりながらも、幼い時と同じように顔を紅潮させ、口早に「郵便です。」と大きな分厚い封書を差し出したのだった。青年が郵便配達のアルバイトをしていたとは知らなかった。「ありがとう。」と受け取りながら封書に目をやると、そこに彼女は自分の名前を見たのだった。差出人を確認するまでもなく、封書には交換留学プログラムの名前が認められた。その封書の厚みから、合否の程は不明ながらも、受取人に伝えたい詳しい情報が入っていることは確かだった。とにかく、いつかいつかと心待ちにしていた書類が届いたのである。飛び上がらんばかりに歓喜し、書類を高々と掲げ、「ありがとうございます!ありがとうございます!」と、先ほどとは違ったトーンで、青年にというよりも、地上の全ての人々に対して、何度も繰り返し叫んでいた。青年は小学校時代の同級生宛の封書と分かった時に、先ずはどきんと胸が高鳴り、封書が郵便受けに入れるには大き過ぎて入らずに、呼び鈴を鳴らさねばならないと判明した際には、口から心臓が出るのではないかと思う程ドキドキし、意を決して呼び鈴を鳴らしたところ、本人が出て来たので顔から火が出ているのではないかと心配する程だった。ところが、今度は全く予期していなかった彼女の反応に大いに戸惑ってしまった。あっけにとられて立ちすくみながらも、自分の本来の仕事が未だ残っていることに漸く気が付き、たすき掛けにした重い鞄を揺すりながら、じゃ、と軽く会釈をして、その場を離れたのであった。


 一人残された彼女は慌てて封書を開けると、「おめでとうございます。あなたはオーストラリアへの交換留学プログラムの留学生として選ばれました。出発予定日は1月中旬となります。」との文言が目に飛び込んできた。留学できることに心の底から喜び、行き先が米国ではなくオーストラリアであることには、大きなこだわりを覚えなかった。丁度母親の知り合いが仕事でオーストラリアに行ったとかで、良い国だったわよと聞いて、深く考えずに第二希望に記したので、オーストラリアがどんな国なのか良く分かっていなかった。それよりも、何より、ひと月もたたずに出発することに胸が高鳴った。


 彼女は比較的裕福な家庭で非常に理解ある両親に恵まれ、幸せな幼少時代を送り、高校も希望の学校に進学していたのだが、何か物足りなさを感じていたのだった。彼女の両親は自営業を営んでいて、田舎の小さな町でよくあることだが、学校でも苗字ではなく屋号で呼ばれることが多く、それが嫌でたまらなかった。どこどこの娘。それが彼女に与えられた呼び名だった。良くも悪くも、先ずは屋号があり、そこに付随しているだけの自分の存在が情けなかった。加えて彼女は一卵性双生児として生まれてきており、常に双子のレッテルを貼られていることに我慢が出来なかった。一人の人間として見られているのではなく、どこどこの娘であり、双子の一人としてのみ認識されていることに、歯がゆさを感じていた。若さゆえの傲慢さ。とにかく新しい環境で、あらゆる関係から解き放たれて、自分というものを発信したかった。家庭や両親の家業があっての自分であることに気付かされたのは、留学先での一年の間であり、傲慢な鼻っ面は一瞬にしてへし折られたものだった。


 彼女はホストファーザーの「Nobody loves you.」のフレーズを改めて思い出しながら郵便受けを開けた。空っぽだと思っていた空間には、不動産からの広告に交じって、真っ白な長方形の封筒がぽつんと入っていた。ダイレクトメールではないことが直感で分かり、手にしてみるとエリザベス女王のシルエットの切手が二つ貼られていて、手書きで宛名が認められてあった。差出人の名前はどこにも見当たらなかった。彼女は不動産の広告を二つ折りにし、手紙を挟むと、考え込むように家に入り、書類やメモ帳などを置いておく小さなテーブルの上に無造作に放った。かくして、差出人不明の手紙は対応済みと仕分けされたかの如く、暫く放置されることとなった。


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2023年5月24日水曜日

男 其の壱 « 覚醒 »

 





 男は起きてから何度目かのため息をついた。昨日までは、自分でも突拍子もないと思っていたアイディアに賛同し、背中をどんと押して応援してくれるかのようににぎやかに囀っていた小鳥たちも、今朝は未だ一羽も姿を見せていなかった。


 賽は投げられた。男は一人つぶやいた。今更思い巡らしても、どうにもならなかった。後は運を天に任せるしかない。無神論者と粋がっていた筈なのに、こんな時に天の采配を気に掛けるなど馬鹿げたことではないか。男は自嘲気味に笑った。人は、恋をすると見境がつかなくなるとはよく言ったものだ。


 これが恋なのだろうか。しばらく遠ざかっていて、鍵盤に触れていない手をじっと見つめる。ショパンの夜想曲の幾つもの旋律が先ほどから頭を離れない。ショパンを弾きたくなるなんて、かなり重症だな、と失笑する。


 人は恋に恋をする。老いらくの恋と笑われてもいいではないか。これまでの人生、相手に不自由したことはなかった。高校時代、ラグビーに夢中になっていた頃、ロッカーには恋文や手作りビスケットが忍ばせてあったものだった。大学はオックスフォードで、音楽学を専攻した。ピアノを弾けるというだけで、面白い程に恋人候補が現われ、何人かとは深い付き合いもしたが、今では名前はおろか、顔を思い出すことも難しい程だった。卒業後、知り合いから引っ張られる格好で金融界に入り、面白いように稼げ、飛ぶ鳥を落とす勢いで羽振りも良かった時代。同じころ入社した足首がきゅっと細い女性と、資産ポートフォリオの運用パフォーマンスを競っているうちに、気が付いたら深い仲となり、皆に祝福される格好で婚姻届けを出した、あの輝かしい日々。やり手の彼女は上昇志向が強く、自分よりも稼げる若いトレーダーとひそかに会っていることが発覚し、その時はお互いに話し合ってなんとか元の鞘に収まったが、奔放な彼女の性格を変えることはできず、今度は若い後輩と頻繁に出張し始めるようになり、その頃には彼女への思いはすっかり冷めてしまっていた。離婚などと騒げば、弁護士代、裁判費用だって馬鹿にならないし、ヘタをすると慰謝料まで取られかねない。ここは大人になって、資産分与をうまく相談し、時間を掛けて別れる方が得策と思われた。その頃、彼女が出張と称して不在にしている時に、ガラス越しに中庭の向こう側の住人と知り合い、懇ろな仲になったこともあった。スウェーデン出身のブロンドで長身の彼女は、グラマラスでプロポーションも良く、お互いに割り切った関係で随分と楽しい時間を過ごしたものだった。


 男は思いを振り切るように、思い切りよく立ち上がった。その拍子にサイフォンがカタカタと音を立て、もうすっかり湯気が出ていないリモージュの珈琲カップからは、マンデリンの芳醇な香りがこぼれ落ちた。何を動揺しているんだ。男は自分を鼓舞するかのように、一息に珈琲を飲み干すと、その濃厚な味わいに初めて目覚めたかのような顔をした。


 実のところ、もてはやされていたたのは、もう15年も前のことだった。リーマンショックと重なるかのように、仕事が以前のようには上手くいかなくなり、常にトップのパフォーマンスを誇っていたのがあっけなく新卒の若手に取って代わられ、業界自体がリストラの嵐にもまれると、解雇を言い渡された。その後は知り合いを頼って職を辛うじて得たが、長続きはせず、職を転々とすることになった。人間不信に陥り、誰もが敵の様に感じられ人付き合いが悪くなり、生活も荒んでいった。あれほど慎重にしていた離婚も、彼女の方から口にされ、気が付いたらきれいさっぱりと一人になっていた。当然のことながら、男の女性遍歴もストップしたままだった。


 男はその時になって漸く気が付いたのであった。15年前に知り合った小柄な女性こそが、自分にとっての最後の幸運の女神だったと。旦那に出ていかれたばかりで、幼い子供たちを3人抱え、それでも眩しくなる程の生命感を溢れさせ、チャーミングな笑顔で、相手の懐にすっと入ってしまうような女性だった。出て行った旦那に子供が生まれるとかで、家族崩壊という精神的な決定打を受けたとし、いきなり掌を返したかのように連絡が途絶え、宙ぶらりんの格好で置き去りにされた思いだけが残ったものだった。どんなに連絡をしても返事がなく、男としても、そこまでして子供三人を連れた女性と一緒になる覚悟はなかったので、そのままにしてしまっていた。ところが、ここに来て、彼女を見つけないことには自分には幸せは再び巡ってこないのだと、半ば強迫観念のような思いに捕らわれたのだった。


 人は時にそれを運命と呼ぶ。説明をしようにも、まったく論理的でなく、必然性などあるはずはないのに、それが唯一の道と思い込んでしまう。男にとって、15年前に出会い、四季が一巡するのを待たずに忽然と目の前から姿を消した小柄な女性こそが運命の人となってしまったのである。


 男がそう思い込んでから、既に二年の月日が経っていた。それほどまでに慎重に事を運ぶことに拘っていた。相手に警戒心を与えないように再び近づき、そして、幸運の女神を引き寄せねばならなかったのだから。知り合った期間よりも長い時間を使って、自分の中で女性への思いを募らせていった。いつの間にか彼女はただの女性ではなく、女神のような存在に神聖化させてしまっていた。


 珈琲を飲み干すと、ハンチング帽を手にし、きゅっと目深に被った。鳥たちが囀りに来ないのなら、囀っている鳥たちのいる場所に行こうではないか。賽は投げられたのだから、と男は再び呟いた。ダウンジャケットを着こむと、外に出た。弱々しいながらも曇り空から朝の日差しが降り注いでいて、あたかも男を祝福しているかのようだった。ハンチング帽の下で静かに微笑むと、ゆっくりと歩みを進めた。





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新たな試み

 





ある昔の友人からの一通の手紙をきっかけで、森を散策する度に、いろいろな思いが交錯し、言葉が溢れ、それを文章にして書きつけていったところ、短いながらも一つのストーリーが出来上がりました。


小説と呼ぶには、その体をなしておらず、文章も相変わらず冗長なのですが、せっかくなのでクッカバラの囀りにアップしようと思うに至りました。個人的には非常に哲学的なものと思っていますが、皆さんの心にはどのように響くでしょうか。


ご笑覧いただけましたら幸いです。


クッカバラ

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