2013年10月23日水曜日

錦秋



高速道路沿いの低木に、
時折、深紅の光沢が目に留まる。
気が付いた時には、
既に遠くに置き去られており、
何の木なのか、判断材料はほぼない。

瞬時の出会いであることが、
なんだか、余計価値あるもののように思え、
あそこまで深い紅の植物名が知りたくなる。
ドウダンツツジかな、とちらりと思う。

高速を抜けると、
遠くの地平線近くの雲間に、
太陽の燦燦たる輝きが炎のように黄金に燃え盛って見え
神々しいまでの光の線を幾つも大地に放っている。

どうやら目的地は西にあるらしい。

鬱蒼とした、既に夜の帳が下りたのかとさえ思われてしまう森の中を、
潜り抜けては入り込み、入り込んでは潜り抜け、
漸くナビが目的地に到着したことを告げる頃には、
本格的に夜の帳が下りようとしていた。

時計を見ると約束の時間。
この芸術的な素晴らしい出来栄えに、
一人悦に入っていると、
携帯が震える。

どうやら相手は今、目的地に向かって出発したらしい。

このメッセージがもたらす情報は、一体どんな価値があるのか。
そもそも、どこにいたのか、が分からない。
つまり、どこを出たのか、が分からない。
従って、目的地まで目と鼻の先なのか、
或いは、小一時間も遠いところにいるのか、が分からない。

しかし、
本人は十分に分かっているのだろう。
何しろ、場所と時間を指定して来た張本人なのだから。

まあ、そう、カリカリしなさんな、と自分に言い聞かせる。

暫くすると、今度は携帯が間延びした様に震える。
「やあ、今、どこ?」
相手は至ってご機嫌。

「ん?もう待ち合わせ場所にいるよ。
約束の時間には、ちゃんと着いていたよ。」
ちょっとだけ、そう、ちょっとだけ、ちいちゃい山椒の粒を散らばす。
「それで、そちらは?
今、どこ?もうすぐなの?」

もうすぐだったら、電話なんかしないだろうのに、と思いつつも、
聞いてみる。

「いや、それがさぁ。」
どうやら、ネットで調べた時には、ものの15分のご近所だったらしいが、
実際に車のナビに住所を叩きこんでみると、
随分の遠回りを提示しているのか、30分は掛かると言う。
あら、じゃあ、あと10分ね、と言えば、
いや、これから30分なのだ、とのこと。

「おおっと!!!
いやぁ。びっくり。今、鹿にぶつかるところだったよ。
下手をすると、事故死になるぞ。これは、気を付けて行かないと。」

私に説明をしているのか、自分に気合いを入れているのか、
きっと両方なのだろうが、
とにかく安全運転かつ出来るだけ早く着くようにする、
と相矛盾したことを言って、通話が途切れる。

鞄に忍ばせておいた文庫本も、
こう暗くては読む気にもなれない。
日が暮れてしまったことが、
急に時間まで奪われてしまったかのように思われ、
なんだか焦燥感が募る。

幾つかの、
気になると言えば気になるが、
どうでもいいと思えば、どうでもいいような事務的なメールの遣り取りをし、
出掛け間際に一瞥し、分かっていた結果と言えばそうではあるが、
それでも、やはり気落ちしたメールの内容を何度も丁寧に読み直す。

周波数がうまく拾えず、
ラジオからはノイズに混じった音楽が途切れ途切れに流れており、
時々、突然にして静寂が訪れていた。

幾台ものヘッドライトを見送って、
一時に比べれば、暖かさが戻ってはいたものの、
日が暮れてからは急速に温度が下がってきたように思われ、
エンジンからの熱がすっかり発散され、
徐々に鉄の塊に化そうとしている車体の中で、
自分の体温だけが頼りとなってくる。

と、
今度のヘッドライトは通過せずに、
ゆっくりと隣に滑り込む。

一人の世界に入っていた時間が長く、
冷え込む空間で待っていることで、
心も身体も若干意固地になり、動けずにいた。

ちらり、と隣を覗くと、
運転席からは、こぼれんばかりの笑み。
さっと飛び降りて、スキップするように走り込み、
こちらの運転席のドアを開けてくれる。

放たれたドアからは、
栗のイガ、銀杏の葉、ナナカマドの実、蔦の葉、
鹿の鳴き声、キノコ、ポプラ、楓、、、錦秋の彩と香りが押し寄せてくる。。。




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2013年10月20日日曜日

正真正銘の満月


そうやって、定刻通りに扉が叩かれる。

今回も、時間はしっかりと分かってはいたが、
大方、必要な食材は刻んでおり、
熱し始めたタジン鍋に、丁度特別ソースで漬け込んだ鶏肉を入れ始めており、
削りたてのナツメグの実の高貴な香りがインド土産のガムラマサラの香りを引き立て、
たっぷりの生姜とニンニクの食欲をそそる香りが熱とともに立ち上がり、
手には、まろやかな味わいを加えんとばかりの、ぽったりとしたカスピ海ヨーグルトが絡んでいた。

慌てて手を洗い、
玄関の扉を開ける。

すっくりと花菖蒲の艶やかな佇まいと、
円満の笑みが目に飛び込む。

手ぶらでどうぞ、
と言っておいたのに、
一つの手には菱形の包みと、
もう一方の手には、三角柱の包みを大事そうに抱えており、
明日の朝食と、デザートに、
と手渡される。

いつだって、ちょっとした手土産を持ってきてくれる、
さり気ない心配りに優しい気持ちになる。

ありがとう。
そう言って、冷蔵庫に苺タルトらしいデザートをしまう時に、
先ほどマンゴのクーリーを載せて完成していたマンゴレモンムースのグラスが目に入る。
最後に、庭のミントの葉を飾るだけの状態。

デザート、実は作ってあるの。楽しみにしていてね。

そう伝えると、嬉しそうに笑顔がほころぶ。
本当に心から喜んでくれていることが感じられる。

そう、
彼女との交流は、いつだって、とっても素直に好意を受け取り合える。

タジン鍋の鶏肉に焦げ目が付き始めたところで、
ズッキーニと玉ねぎ、塩漬けレモンのスライスを加える。
乾燥したクランベリーの赤い実やカシスの青紫の粒も忘れない。

さあ、キノアも頃合い良く出来上がった頃。

その合間も二人の会話は続く、続く。
一つの話題から、次の話題にと、脱線しつつ、
収拾がつかない程に溢れ出て、
タジン鍋からのオリエンタルな香りに包まれて、
あちこちで、踊り跳ねる。

手狭なキッチンのテーブルにお皿を出してしまう。
コジーで、気取らずに、お喋りに余念がない二人にぴったりの場所。

大きなタジン鍋をテーブルに置くと、
歓声が上がる。

さあ、今宵は好きなだけ食べて、好きなだけ語り合おうよ。

外では、どこも欠けていない、正真正銘の満月が冴え冴えと夜空に輝いている。




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2013年10月19日土曜日

空を仰げば


あら、お久しぶり。

息子バッタのクラスメートのママにスーパーの入り口でばったり出会う。
ひとしきり、学校関係の話をしながら、
家族全員が一つのメールアカウントを共有しているとの話となり、
変に感心してしまう。
親子、夫婦、その間に、一切のプライベートがない世界とは、
一体どんな感じなのだろうか。

それでも、そろそろ息子には独立したアカウントを作ろうかと思っているのよ、
と悩まし気に伝える様子を見て、
なんだか、別世界の話だな、と思ってしまう。

でもね、
と彼女は続ける。
先週、携帯は買ってあげたのよ。

そうなのね。
家は、携帯は未だなのよ。

そう言うと、
すっと、距離を狭めて、
声を一段と落として、
「あら、家の息子の話だと、携帯持っているってよ。
しかも、アイフォンだって。」

なんだか、バカバカしくなる。
親が息子には携帯を買っていないし、
オペレーターと契約もしていない、と言っているのに。

「きっと、ママには内緒で自分のお小遣いで買ったのね。
あ、悪いこと言っちゃったよね。ごめんね。気にしないでね。」

なんだか、吐き気がしてくる。
毎月の電話料金を支払う能力が息子にはないことぐらい、親が知っている。
その親を前に、変なことを告げるものだと、呆れながらも腹立たしい。
彼女は、自分の息子の話を信じているだけに、性質が悪い。

馬鹿馬鹿しい、と思いながらも、
真っ先に学校から帰ってきた長女バッタに、その話をする。

「えっ?なんでぇ?持っていないのにね。」

彼女らしく、全く気にしていない様子で、その話はそこで終わってしまう。

今度は、息子バッタを捕まえて、話を振る。

「ええっ?持っていないのに?変なことを言うお母さんだね。
あ、きっと、友達が皆持っているから、僕にも買ってよ、と言って、買ってもらったんだよ。お母さん、うまく言いくるめられちゃったんだね。ははは!」
最後は笑っている。

そうか。確かにそう言われてみれば、その通り。
なんだか、親子の信頼関係を疑うことを言われて、
嫌な思いをしていたのだが、
バッタ達の視点では、決してそうではないらしい。

むしろ、息子さんの言葉を信じて、私に告げ口までした彼女が不憫にも思えてくる。
しかも、騙されて携帯を買わされたのであれば、尚のこと。

そう考えれば、
それこそ、親に内緒で、自分の個人アカウントを作ることなんて、
朝飯前のことだろう、と思えてくる。

なんだか、
すっきりしない結末となってしまうが、
友達にダシに使われた、なんてちっとも思っていない息子バッタや、
全く意に介さない様子の長女バッタの態度が
なんとも爽やかで心地よい。

さて、彼らを見習って、
頭を切り替えよう。

空を仰げば、煌々たる月。




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2013年10月17日木曜日

子狐の訪問






そうして、定刻通りに扉が叩かれる。

その時間は事前に分かっていて、
すぐに手渡せるように頼まれたものを準備し、
お土産になればと、庭のミラベルのジャムとリキュール漬けを用意していた。

お洒落な瓶も、機能的な密封性の高い瓶もなく、
手頃なネスカフェの瓶を熱湯消毒し、ミラベル酒を入れてみると、
思いの外、くびれたガラス瓶の中で、
飴色の液体とぷっくりとしたミラベルの粒が輝いて見えた。

それなのに、
約束までの時間までに
ちょっとした文書の見直しに熱中してしまっており、
現実世界との繋がりを絶たれた小舟のごとく、
ぼんやりと、それでも慌てて、身だしなみを整えることもなく、
玄関の扉を開ける。

ふわりと、春風の様な佇まいと
子リスの様なくりくりとした瞳が目に飛び込む。

お会いしたら、あれもこれもと考えていた話は
すっかり頭から飛んでしまい、
このところ、冷たい雨が降って寒くなりましたね、
などと月並みなことを言ってしまう。

「あら。そうでもないですよ。ほら、晴れ間が出てきました。」
驚いて身を乗り出すと、あんなに暗く雨が降っていたのに、
青空が輝いている。

と、手にしていた袋を手渡され、
以前、冗談でリクエストしていた手作りの品が入っていることに、
驚嘆し、狼狽し、
お礼も十分に伝える間もなく、
春風のように、ありがとうと言葉を残して去って行ってしまう。

扉を閉めながら、
頭に閃光が走る。

思わず扉を開けて、もう姿が見えなくなった春風に向けて大声で呼びかける。
「本!本をお渡ししなくっちゃ。」

大急ぎで二階の寝室に駆け上がり、
読み終えたばかりで、未だ心で躍動している、ほかほかの小説を二冊、
ちょっと迷って、今年の夏に出会って、二度読み返している小説を一冊手に取る。

本を誰かに貸すことは、
ちょっとした思いを共有することになり、
特に、思い入れが強い本ともなれば、
自分の心をも曝け出すような、恥ずかしさがある。

声が届いたのか、
春風さんは、扉の前まで爽やかに戻ってきてくれており、
三冊の本を受け取ると、嬉しそうに青空の中、軽やかなステップで消えていく。

その夜、いただいたジャムの瓶を開けてみると、
今までに見たこともない大きさの極上の栗が、
ほんのりと紅色のシロップに漬かっている。

これほどの大きさの栗を包むイガを想像する。
そして、
それを森の中で丁寧に選ぶ春風さんの姿が目に浮かぶ。

悪戯っぽく、くりくりと動くまん丸の瞳を思いだし、
いや、春風さんは、
やっぱり狐の子かな、
と呟いてみる。

秋たけなわ。





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2013年10月15日火曜日

ひっそりと秋






いつもの時間に、
いつものメッセージ。

それだけのこと。

なのに、
何の連絡もない時が刻まれ始め、
目の前に積まれていくと、
突然に物狂おしくなり、
あらぬ想像をし、
取るもの手につかず状態に陥ってしまう。

そんな時は、
思い切って感情を締め出し、
一つのことに無心になって集中するに限る。

そうして今日も、
何事もなかったかのように、
いつものメッセージが、
いつもより3時間近く遅い時間に届く。

外を見れば、
ひっそりと秋の訪れ。




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2013年10月14日月曜日

陽炎



心酔。
改めて惚れてしまう。
圧倒される程の知的で説得力ある会話。
目を見張るプレゼン能力。
相手を惹きつけて止まない笑顔。

いつだって会えば、その魅力に引き込まれ、
何度となく自覚してきた憧れの思い。

平野啓一郎の小説「かたちだけの愛」の主人公、相良郁哉によれば、
刹那的に激しく昂ぶり、相手を求める感情が恋であるのに対し、
受け容れられた相手との関係を永く維持するための感情が愛という。
そして、恋と愛との狭間で、二人は体温を求め合う。

ならば、
この、恋の手前の惚れた思いを、もう少しゆっくりと楽しんでみようか。
明日には消えてなくなる陽炎とせねばならぬのだから。







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2013年10月12日土曜日

透明な空色の瞳



「マダム、マダム。」

遠くの方で声が聞こえると思っていたら、
実は隣の席の青年から声を掛けられていた。
私としては、真剣に目の前の文章を読み砕いていたので、
まさか声を掛けられるとは思っていなかっただけに、ぎょっとする。

パリに向かう電車の中でのこと。

癖のあるフランス語で聞きずらかったが、
単純に無視をすることができない性格を見破られたのか、
青年は言葉を重ねる。

どうやら、カナダからの宣教師。
朴訥とした話し方。
「あなたには信仰がありますか。」と聞かれる。
遠い昔、大学のキャンパスでの宗教勧誘を思い出してしまう。

今の私には、そんなに隙があるのだろうか。
目的を持たない、
不幸せで、心が満たされていない、
何かにすがりたくとも、何にすがればよいのか分からない、
そんな根無し草に見えるのだろうか。

一瞬、悲しみが胸を過る。

それにしても、
と、若者を見つめる。
つぶらな大きな瞳は綺麗な空色。
ちっとも濁っていなくて、
何にも分かっていない、
人生の辛苦など経験したことのない、
何も映していないような瞳。

どこまで傲慢なのだろう、そう思ってしまう。
20歳そこそこの若者が、
その倍は生きている人間に対して、
何かを説教したり、悟らせようと思うなんて。

円らな瞳で彼の質問は続く。

「私は神、イエスキリストを信じていますが、あなたはどうですか。
あなたは神を信じますか。」

私は神を信じているとしても、その神の名は、イエスキリストではない、と伝える。

「あなたは、あなたの神と会話をしますか。対話がありますか。」

もちろん、いつだって対話をしている、と伝える。
苦しい時の神頼み、の話をしてあげようかと思うが、ぐっと堪える。

「私にとって、家族は大切です。母、父、きょうだい。あなたには家族がありますか。イエスは、私たちにとって、永遠の家族なのです。」

私には、家族がいない、とでも思えたのだろうか。
一瞬、そんな思いが過る。

「人は何のために生きているのだと思いますか。」

幸せになるため、と答える。

「幸せとは、では何ですか。どういうことですか。」

にっこりとして、辛抱強く、諭す。
幸せとは、自分の心の底から感じるものであり、
定義できるものではない、と。

そうして、
あなたの信ずる神はイエスキリストという名前を持っていて、
私の信ずる神は、別の名前を持っているが、
神であることには違いなく、おそらく、同じ神なのであろう、と。

分かったのか、分からなかったのか。
青年は、まったく濁りのない透明な空色の瞳をさらに大きくして、
「僕はもうここで降りなければ。」
と、電車が駅に滑り込むと立ち上がり、握手を求める。

悩みを持たないことが幸せなのではない。
辛い思いをしないことが全てではない。
一瞬であっても、心の底から湧き上がる満足感を得られたら、
それは幸せではあるまいか。

あの何も映していない透明な空色の瞳に語り掛けてあげたくなる。
笑止。
それこそ、同じ穴の狢、か。

電車は何事もなかったかのように、
数人が降りた後、新たに何人かを乗せて、
先ほどと同じように揺れながら走り出す。




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2013年10月7日月曜日

幻の抹茶ケーキ






学校の冬のフェットでのお手伝いアンケートが届く。
和菓子レシピ付き。
咄嗟に友人の顔が浮かぶ。
「貴女のリクエストのレシピが付いているから、和菓子作成部隊に加わらなきゃね」、と
書き送る。

すぐに返事が来る。
「違うのよ。あのレシピを見て、がっかりしたわ。私は抹茶ケーキのレシピをお願いしたのよ。私には餡子を炊いたり、糯米を買ったりと、手の込んだことはできないわ。以前、心も体も疲れていた時に、手作りの抹茶ケーキを頂いて、どれ程和んだか。保護者会の伝統レシピらしいのよ。作ってくれた方に頼んでも、お返事だけで、レシピはいただけず、催促もしなかったけど、今回、機会があって、保護者会にお願いしてみたの。捜してくれるって言うから、とっても楽しみにしていたのだけど。」

レシピとの出会いは、ちょっとした運命的なものがあるのかもしれない。
別の知り合いの顔が浮かぶ。
ひょっとしたら、彼女のレシピかもしれない。そうでなくても、彼女なら持っているかも。

お料理上手な友人は、すぐに、これかしら、
とスキャンをして送ってくれる。
そのレシピを見て、今度はこちらがハッとする。

末娘バッタと長女バッタの昔の同級生のママによるレシピ。
随分前に引っ越して行ってしまったので、最後にお会いした時はいつになるか。

ブラックアフリカ出身ながら、上品な日本語を話し、柔和で、
お料理は勿論、裁縫も得意で、末娘バッタと同級生の女の子は、いつもオリジナルな洋服に身を包んでいた。

彼女には、静かに、しかし、厳しく批判され、目を覚まされた思い出がある。
全てのことが我が身を襲う敵のように思えていた頃。

「旦那がパリに女を作り、出て行った」って子供たちが噂しているけど、
相談する相手を選んだ方がいいんじゃない、と知り合いから忠告の電話が入った夜。
誰かに相談せずにいられずに駆けつけた友人宅の小学生の娘さんの口から噂が流れていたと知った時のショック。

「あなたが妊娠していたなんて知らなかったわ。それで、いつなの?」
受話器の向こうの無邪気な声に返す言葉もなかった、あの日。
末娘バッタが幼稚園で皆にパパのところの赤ちゃんの誕生を告げていることを知り愕然。

「可愛いお嬢さんよね。とってもおしゃべりで、お宅のことは、なあんでも知り尽くしちゃったわよ。」
意味のない会話に、悪意を読み取ってしまう日々。

家族の話をする同僚に、意地の悪さを感じ、
公園や道端で家族連れに会うと、心臓が鉛のように重くなり、
誰とも食事をせず、電話も取らず、
貝殻に閉じこもったカタツムリとなっていた、あの頃。

気の重い運動会。
親子の仲を見せつけられる場。
それでも、バッタ達はとっても楽しみにしていて、そんなバッタ達を応援に行こうと前向きになっていた時、
送られてきた紅白の名簿を見て愕然とする。
バッタ達の組が違う。きょうだい同士で同じ組の家族が大半なのに、なぜか、末娘バッタだけが長女バッタと息子バッタと違う組。
咄嗟に、嫌がらせじゃないか。
そう思ってしまった。
兎に角、慌てて、名簿を見直して、きょうだいで紅白の組が違う家族を必死で探す。

今思えば、あれは何だったのだろう。
多分、精神的に病んでいたのだろう。
我が身を振り返っても、小学時代に特にきょうだいと同じ組であることに、何らこだわりもなく、むしろ、違う組で対抗し合っていたのではと思われる。

正常とは言えない精神状態で、全てが悪意に満ちていると思われ、バッタ達を守らねばと必死で思い、一人辛かった、あの頃。

その狂気の目に、我が家と同じ境遇の別の家族が映る。末娘バッタと同級生。二人とも、違う色の組。そして、驚くことに、そこの家族の二人のきょうだいも、妹とは違う色。つまり、末娘バッタと、同級生のお友達が、紅白入れ替われば、きょうだい同士、他の大半の家族同様、一緒の色になる。

この素晴らしい発見に狂喜した私は、即、同級生のママにメールをする。
いや、運動会実行委員さんにメールをしたのかもしれない。

すると、同級生のママから思いもよらない返事がくる。
「私は、反対です。どんなに大変な思いをして、実行委員の方が組み分けをしたか考えたことがありますか。でも、実行委員さんの方から、交換してあげてください、と言うので、承知しました。」

最初は、相手も喜んでくれると思っていただけに、両の頬を思い切り叩かれたように驚く。
そして、何がなんだか分からなくなる。
それから、次第に、自分の狭い料簡でしか物が見えていなかったことに気が付き、
非常に恥ずかしくなる。

言い訳をしようと試みたり、
謝ろうと思ったりしたと思うが、
実のところ、ちゃんと関係者に謝ったのか、覚えていない。

それでも、彼女の両頬への往復ビンタは効果があり、
翌年、ボランティアがいないから開催が危ういとされた運動会の実行委員に手を挙げ、
気が付くと、
また、太陽の下、上を向いて歩けるようになっていた。

そんな彼女のレシピならば、
疲れたものの心を癒す魔法があるに違いない。
だからこそ、先の友人も、どうしても忘れずに探していたのに違いない。

友人にレシピを送ってから、
スーパーにバターを買いに走り、
早速我が家でも焼いてみる。

ナイフを入れるとサクッとした切れ味。
一切れ口に運ぶと、
こくのある抹茶の香りがしっとりと心に行き渡り
あらゆる疲れを癒してくれる。

目を瞑り、彼女を思う。





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2013年10月5日土曜日

ブルターニュの潮の香り



ちょっと厚めの封筒。
差出人を見るまでもなく、
バッタの父親の両親と分かる筆跡。
息子バッタ宛。

夏の時の写真に違いあるまい。
あれだけ私を悩ませ、悲しませ、困らせた二人。
それが、今度のバカンスには一緒にアムスに行くという。
しかも、長女バッタも末娘バッタも、バカンス終了前の週末だから行かないとしている。
つまり、息子バッタはパパの家族と一人だけ一緒に週末を過ごすことになる。

へえっ。あなたたち、あれだけ夏、もう顔も見たくない、と言い合っていたのにね。
そう言うと、「週末ならなんとかなるんだよ。」と息子バッタが生意気を言う。
それをにやにや嬉しそうに黙って聞いている父親。

良かったというか、
いやはや人騒がせな親子と言うべきか。

夕方、キッチンのテーブルに無造作に手紙と写真が置かれている。
手に取ると、懐かしい青い海をバックに、モデルのような息子バッタの写真。
その顔に翳りはなく、
溌剌と、若者らしい素直さが見て取れる。

翌日、パピーにお礼の電話をしている声がする。と、
「パピーと一緒の写真だよ。」
かわいいことを言っている。
どうやら、パピーは、どの写真が一番気に入ったか聞いてきたらしい。

慌てて本人の顔を見ると、
にんまりと、優しく微笑んでいる。

パピーの聞きたいセリフをちゃんと言っている。。。
その成長ぶりに思わず目を見張る。





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