2013年6月25日火曜日

卯の花の香り




「ママ、8時から一緒に音読してくれる?」
ママが家にいるからって、遊んでいるわけじゃないのよ、
との一言を飲み込む。
そして、10年以上も前の光景が蘇る。

そう、末娘バッタが11歳半だから、もう11年以上も前の話。
臨月を迎え、ぎりぎりで産休に入り、
それでもパソコンで仕事をしていた、あの頃。
会社への忠誠心?
仕事への熱意?
そんなものでもなく、多分、お客様サービス、或いは、同僚への気遣いが一番であろうか。
それとも、自分の存在価値を確認したかったからか。
とにかく、産休に入ったにも関わらず、家から仕事をすることに承諾し、
いつも通り、長女バッタと息子バッタの幼稚園の送迎はベビーシッターのバベットに任せて、
一人部屋にこもり、PCの前で格闘していた。
「ママ?」
長女バッタより早めに幼稚園から帰るのか、
詳細は忘れてしまったが、
息子バッタが、良く部屋の前に来た。
すると、当然自分の仕事であるかのごとく、バベットがさっと来て、
「さあ、ママはお仕事よ。お散歩しましょ。」
とか、
「さあ、一緒にお買い物に行こうか。」
と、息子バッタをその場から連れ去ってくれていた。

一瞬、胸が痛んだが、
その為に、バベットは通って来てくれているのだし、
私としても、目の前の仕事を片付けたかった。

そうしているうちに、
末娘バッタを出産。

わたわたしているうちに、
あることに気が付き、茫然となる。

息子バッタが、母親の存在自体を無視するようになったのである。
何かあると、「パパは?」
ママがいても、素通り。

これは、効いた。
それでも、乳飲み子を抱え、腕は二つしかなく、
長女バッタもいる。

それでも、お手伝いのバベットにはゆっくりとお休みをあげて、
お料理だって、お洗濯だって、本読みだって、お散歩だって、
幼稚園の送迎だって、
なんだって、ママがしてあげた。

それでも、息子バッタの態度には変化が見られなかった。

2歳児に見捨てられた母親。
そんなことがあるのだろうか。

ある時、「今日はポテトだよ。」と言うと、
息子バッタは、すかさずオーブンを覗き込み、
「ポテトじゃないよ、ノワゼットだよ。」
冷たく言い放ってキッチンを出ていく。
2歳児にして、ノワゼットなんて単語を知っていることに驚くよりも、
その言い方に胸が痛んだ。

そうして、
翌年の夏、バッタ3匹を連れて日本に。
飛行機に乗り込むと、
どうしても私の腕は赤ちゃんの末娘バッタを抱える。
と、「パパ―」と泣く息子バッタ。
たまたま、担当のキャビンアテンダントが男性で、ちゃんと抱いてくれた。

パパの友人たちとスペインに遊びに行き、
皆で教会見学。
私が末娘バッタと外で待っていると、
薄暗い教会の中で足を踏み外したとかで、
額を真っ二つに割って、血だらけの息子バッタに大騒ぎとなる。
慌てて、緊急病院に駆けつけるにも、そこは田舎の寒村。
そこでも、悲しそうに息子バッタは「パパぁ」と泣いていた。

その度に、ママの心も泣いた。
分かっている。
どうして、そうなってしまったのか。
でも、
どうすることもできなかった。

ある時、
アパートのトイレに息子バッタが閉じ込められてしまう。
正確にいえば、自分で鍵を中から勝手に閉めて、
自分で開けられずに、大騒ぎ。

ほら、そこのドアのつまみをひねってごらん。

どう言っても、開けられない、開けられない、と大騒ぎ。

ドライバーを持ってきて、
なんとか荒治療でドアが開く。
と、中には、真っ赤な完熟トマトと化した息子バッタ。
それでも、ママの腕の中に飛び込むわけでもなく、
ママとしても、大救助作戦を展開したわりには、
手ごたえがなく、空振り。

どうなることかと、心痛む日が続く。

ある時は、
ちょっとした口論となり、外の空気を吸ってくる、と靴を履くパパを見て、
「お散歩?ボクも行く!」と、嬉々として運動靴を履き、
険悪だった空気を和ませてくれた時もあった。

それが、
いつ、どんな形で、どのようにして、
息子バッタの信頼をママが取り戻したのか、定かではない。

実のところ、
あの頃以降の記憶があまりない。

気が付くと、
バッタ達3匹と、なんとかこの地で元気に楽しく生きている自分がある。

だから、
出来る範囲で、惜しみなく、時間を割いてあげよう。
一緒の時間を作ろう、と思う。
勿論、無理な時は、無理だけど。

さて、音読。
それぐらい、ちょっと付き合おうか。

卯の花の香りが心地よい。



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2013年6月21日金曜日

一年のうちで昼が一番長い日に



もうすっかり忘れたころに
むっくりと芽が出て
一気に茎が伸び、
最初は糸の様な幾筋かの細い線が
あっという間に葉となって、
ふるさとの灼熱の太陽を恋するかのごとく
日に日に葉を長く伸ばしていく。

赤茶色の赤ちゃんの葉は、
こうして深い濃い緑に変わり、
厚みも増す。

よく見ると、
今回の葉は、一月違いで早く植えた隣の葉と
幾分様子が違っている。

隣のマンゴは
葉が細長い楕円形で、先が丸い。

ところが、
今回のマンゴは、
葉がとにかく細長い。
そして、
驚くべきことに、
茎よりも、ちょっとどころか、ずいぶん長い。
植木鉢からはみ出て垂れ下がっている。

おや、君は、自分の丈の高さを知らないんだね。
そう笑うと、
『身の丈を知る』
という言葉が頭をよぎる。

そうか。
君は、実は、私みたいなんだ。
でも、茎の長さに関係なく、葉は伸びるものなのか。
厳しいながらも秩序ある自然界で、
こんな不合理なことが起こっていいのか。

種を深く植え込み過ぎたのか。
あるいは、
これから茎が一気に伸びるのか。

ふるさとの太陽の光とは雲泥の差があろうが
この6月の太陽を全身に受け止め、
自然界の掟さえも打ち破り、
我が思うままに、大きく成長しておくれ。

夏至の日に思う。





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2013年6月19日水曜日

30度の炎天下で



「ママ、ちょっと窓を閉めて。」
えっ?
この炎天下を?30度もあるのに?
それでも、慌ててスイッチを押す。
外からの、ぬるいながらも空気の流れが止まる。
冷房をかけようか。
いや、喧騒をシャットアウトするために窓を閉めたのだから、
冷房の騒音だって、気になるだろう。
むっとした空気の中、ヘンデルのソナタ第一番イ長調が流れる。
彼は気にならないのだろうか。
じっとして聴き入っている。

「銀行に寄らないの?」
えっ?
ああ、先ずはスーパーでちょこっと買い物と思ったのだけど。
スーパーの駐車場がもう目の前。銀行なら遠回り。
「銀行までの時間、聴いていられると思ったんだけど。」
そ、そうか。
駐車場を素通りして、銀行に向かう。
第一楽章から第四楽章まで、
ソナタは長い。

バイオリンを止めると宣言した息子バッタ。

ところが、先日のレッスンの時に、ヘンデルのソナタ第三番を終えた息子バッタに、
今度は、ヘンデルの第一番と第四番、どちらにする?好きな方を選んで頂戴、と先生から告げられ、第四番は未だ良く聴いたことがないので選べないから、CDを買おうとの展開になっていた。

ここまで手塩にかけて育てた弟子。これからのコンサートの強力なメンバーなのに、簡単には止めさせないわよ。
その後、バイオリンの先生がにんまりと笑って、こっそり私にウィンク。

不思議な思いで、頭がぼーっとし始める中、ヘンデルに聴き入る。
突然、バロックの音が弾け出す。
バッハのバイオリンコンチェルト第一番。
以前、遊びに行った台湾の甥が毎日、泣きながら練習していた曲。
先生がレッスンの最後に通して弾いてくれて、さながらミニコンサートとなり、
心酔した曲。
台湾の蒸し暑さが思い出され、シチュエーションはぴったり。

息子バッタは何を考えているのだろう。
何を思っているのだろう。

「バッハの曲は、ヨーヨーマには敵わないよね。」
無伴奏協奏曲ジーグ。
これは、チェロのための曲だものね。

これから、まだまだ、どう変わるか分からない、ローティーン。
ドアを開けて、爽やかな空気の中に飛び出す。



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2013年6月16日日曜日

午前1時半



聞き覚えのない機械音。
目覚ましでもない。
受信音であることに気が付いた時点で、
もう電話に出ていた。

『ママ、ごめんね。』
長女バッタの半泣きの声が届く。
そうか、
やっぱり電話が来たか。

高校一年最後の登校日。
夜は友達の家でパーティー。
夕方、わざわざ遠くに住む別の友達の家に集まって、
仲良しの女の子数人で準備をするとかで、
何度も着替えた結果、黒の超ミニとブルーのTシャツに身を包み、
ハイヒールを履いた彼女を送って行っていた。

帰りは、夜中過ぎるという。
別の友人と乗り合わせて帰るので、ママは先に寝ていてね、
と言われていた。

その、別の友人の名前を聞くや、
彼女の親御さんが夜中に車を出すとはどうしても思えず、
いや、とても過保護なぐらい娘を溺愛しているとみられるが、
どうも教育方針が我が家のものとは違って、
若いうちに、なんでも経験、をモットーとしていることは、
常々感じており、
長女バッタには、大丈夫なのかしら、と言ってみた。

友人を疑われたことを心外に思って、
興奮しながら反論する長女バッタ。

さすがに、
こういったパーティーにはアルコール、ドラッグ、時にはセックスまでもが
オプションであると聞いているので、
同い年の娘を持つ親として、
彼らだって、夜中過ぎに、必死で娘を迎えにいくのであろう、と思われた。

ところが、である。
その肝心の彼女が、パーティーもお開きとなり、
これから別の場所に移る仲間たち、
その場で泊まる仲間たち、
乗り合わせて帰る仲間たちに分かれ始め、
騒然とし始めると、
返事もあいまいとなり、
どこか友達の家に泊まりにいくらしいことを告げたという。
慌てて、他の友達に助けを求めるも、
皆、ぎゅうぎゅう詰めで車に乗り合って帰ることになっており、
ネズミの入る隙間もないらしい。
どうやら100人近い参加者の大パーティーながら、
同じ方向に乗せて行ってくれる車は見つからず、
困り果てた長女バッタは、
仕方なく、母親に助けを求める電話を掛けることにしたらしい。

午前1時半。

外に出ると、
思ったよりも暖かく、
空は満天の星空。

車に近づくと、
それでも窓ガラスは結露しており、
温度計は9度を示している。

バカだなぁ。
友達を見る目がないんだから。
そう思うも、こんな時に裏切られて、情けなく、悲しい思いをしているだろうと、
思わずアクセルを踏む足に力が入る。
大人の仲間入りしているつもりでも、
やっぱり未だ子供。
自分を守るのは、自分なのよ。

お説教をしたら、せっかくの楽しいパーティーの後味が悪くなるだろうし、
切ない思いをしているのは、長女バッタなのだろうし、
ここは、
無言で迎えようか。

帰る手段は、人に頼らずに自分でなんとかすべき。
当たり前のことながら、これまで自分に課していたルール。
長女バッタにも伝えねばなるまい。

大豪邸らしき家の前に近づくと、
路肩にぎっしりと真っ赤なテールランプが並んでいる。
確かに、我が子を守ることも親の責任。

携帯で長女バッタに着いたことを知らせる。




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2013年6月14日金曜日

5歳のマニュに捧げる詩



マニュエル、
卯の花が薫り高く、きらきらと空気が光る時に、君はこの世に現れたんだね。
今年は特に夏の訪れが遅かったから、
薔薇が一斉に咲き乱れ、
牡丹が豪華に彩っているよね。

5年前、きっと、こんなお天気の良い日に、生まれたんだ。
明るくて、希望に満ち溢れて、周りの人をとっても元気にする、そんな日に生まれた君。
マニュエル、君、そのものだよ。

5歳のお誕生日、おめでとう。
これからも、どんどん成長して、その小さな手で幸せをつかみ取ってね。
その豊かな心で、幸せを感じてね。
君のこれからの成長がとっても楽しみだよ。




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2013年6月10日月曜日

消えたラップトップ




東京オフィスから業務用にと使わせてもらっていたラップトップ。
軽量で使い勝手が良く、
余りに毎日叩くので、キーボードがすっかり削られ、
書かれた文字が読めなくなってきており、
CDプレイヤーがいかれてきているものの、
それこそ、朝から晩までどこに行くにも一緒で、
身体の一部ともなっていた。

ところが、
東京オフィスの閉鎖に伴い、
返却せよとのお達しが届く。

最初こそ、
こんな3年も使っていて減価償却もできていて、
入っているワードだって今の世代の2つ前のものを
送られた方も処理に困るだろうし、
最終的に廃棄なんかになるよりは、
手元で寿命を全うさせてあげよう、
などと思ってはみたが、
そんなことが通じるはずもない。

USBキーに読み込めない設定となっているらしく、
それこそ3年間の膨大なるデータをどうしようかと
困ってしまった。

それでも、
すっかり諦めて東京にお返しすることに腹を決め、
こちらのオフィスでの最後の日に、
郵送担当のスタッフに、東京オフィスの住所、担当者の宛名をプリントアウトし、
郵送依頼をする。

その日は、午後から引っ越し業者が入っており、
そんな状態になるとは知らされておらず、戸惑いつつも、
郵送担当スタッフは、今手が離せないけど、確実に戻ってきてラップトップをピックアップするから心配しないで、と言ってくれる。

午後4時半。
ブラックアウト期間に突入とのことで、
フロントオフィスの大半は午後にはいなくなっており、
業者が膨大なる段ボールを運びだし、コンピューターを取り外し、
と騒然としている中で、
果てしなく終わらない作業を待つのも、と思い、
隣のインターンに声を掛け、
郵送担当スタッフが取りにくるから、その時には宜しく、
とお願いし、残っていた数人に挨拶をし、
先にオフィスを出てしまっていた。

それがひと月前の話。

と、こ、ろ、が。

東京から連絡。
ラップトップはどうなったかとの問い合わせ。

まさか、と思いながら、
今は別の部署で働いている郵送担当者に連絡してみたところ、
当日、彼が戻った時には机の上になかったので、
私が持って行ったのかと思っていたけど、との回答。

愕然。

慌てて、当時オフィスにいた同僚や隣の席のインターンに連絡。
彼らは、口をそろえて君はちゃんとラップトップを返却した、
と言うものの、
でも、あの時の状況はどうだったか、誰が取りに来たのか、
については、返事がない。
分からずじまい。
彼らにしても、今では別会社で仕事をしている。
必死になってフォローする案件ではない。

考えられることは、ITスタッフが取って行った、ということだが、
実は、翌週あたり、残っているスタッフでスクリーンやら、デスクトップやらを無料配布したとかしないとかの噂があり、絶望的。

こんなことなら、ちゃんと自分の手で郵送すれば良かったと悔やまれる。
ラップトップをあまりに可愛がり、
私の爪痕がたくさんついていて、
もう中古でガタが来ているのに、
離れがたい愛着を感じてしまっていたから、
余計、冷たく、機械的に、淡々と、送付依頼をしてしまったことが、いけなかったのだと反省。
ましてや、通常の状況ではなく、
スタッフの心も、私の心も、すさんでいたことを考慮しなかったことが悔やまれる。

さて、これをどう東京に伝えるか。
送信したと言い張れば、じゃあ、控え番号を教えろ、となるだろうし、
郵送担当者に依頼したと言えば、彼が追及されるのだろうし、それは、それで申し訳ない。

それよりも
あのラップトップはどこに行ってしまったのか。

心もぎられる思いで手放したのに。

責任の所在を問われることへの不安よりも
もっと深い悲しみに包まれる。


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2013年6月6日木曜日

さくらんぼ



真っ青な空。
待ちわびていた日差し。
茶色くちりちりに枯れたリラに代わって、
さくらんぼの木の黄緑の粒が赤に染まり始める。

今年は急に冷え込む日が続いたからか、
突然の夏の到来に
さくらんぼの粒は極小だが真っ赤。

ピー達でさえ訪れることを忘れたようにひっそりとしている。

裏庭の腰まで伸びた雑草を
今年は息子バッタと末娘バッタが二人で
芝刈り機を使って賑やかに刈ってくれていた。

二人で一緒の作業が、
ゲームの趣きをもたらすのか。
若さからなのか。
あっという間に仕上げてしまい、
その後は余裕でキャッチボールをして遊んでいた。

丁寧さとはかけ離れ、
あちこちに刈り取られずに忘れられた雑草が残り、
まだらな空間が取り残されており、
脱ぎ捨てられた靴、手袋が散乱してはいるものの、
刈られた草はきっちりと袋詰めされ、
芝刈り機は納屋に運び込まれている。

5、6年前。
やっぱり、この二人組が芝刈りを手伝ってくれて、
気が付いたら電気コードまで刈り取ってしまい、
大慌てをしたことを思い出す。

あの時は、幼い子供にとって危険な手伝いとの思いは全くなかったが、
今にして思えば、
よくぞ、幼い子供たちを、手伝わせたものだと、
呆れてしまう。

そう思うに、
子供たちが幼いからといって、
自分の態度や考えを変えたことがないことに気が付く。

完璧とは程遠いながらも、
二人で仲良く刈り取った庭を前にして、
いつもとは違った思いがこみ上げてくる。

ひょっとしたら、
敬意を払って、
ピー達でさえ、さくらんぼを啄みに来ないのか。

気が付かないうちに
庭の奥で
淡いピンクの野薔薇が咲き誇っている。
胸一杯に野の香りを吸い込む。



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2013年6月4日火曜日

会いたくて



牡丹の甘苦しい香りにため息をつき、
動かない携帯の画面を見つめる。

メッセージ着信を知らせる機能が作動しなくなって、
もう一年になるか。

大人の自分でさえ、
持て余しているのに
子供たちはどう自己管理をするのだろう。
いや、自己管理など所詮大人も子供も似たり寄ったりであろう。

ある日突然太陽が東の空から昇らなくなった時のように、
何の音沙汰もなく、
沈黙が続き、
沈黙こそが全てを物語っているとさえ思え始め、
心がざわざわと波立ち、
絶望的な思いに追いやられる。

と、
何事もなかったかのように、
メッセージが舞い込む。

そうか。
曇り空の日は、日の出は拝めないのか。

当たり前のことに今更ながら気付かされる。

それなら、と、
大気圏を突破してみると、
そこは宇宙空間。
空気もなく、気圧もなく、
ましてや気温など存在しない。

雨の日に太陽が拝めなくてもいいじゃないか。
雨の滴に太陽の香りが満ちている。
曇り空に太陽が拝めなくてもいいじゃないか。
大気に太陽の温かさが満ちている。

メッセージが届かなくてもいいじゃないか。
あちこちに痛い程存在が感じられる。
そっと目を閉じる。



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2013年6月2日日曜日

一等賞のチョコのメダル



昨日のバイオリンのレッスンの時、
ちょっとした行き違いで、
息子バッタを追い詰めてしまい、
彼の口から、思いもしない言葉を吐き出させてしまっていた。

「僕、もう、バイオリン、やらない。
バイオリン、やめるよ。」

耳を疑った。
確かに、ハンドボールの試合があっても、土曜はバイオリンの練習の日だから、と
バイオリンを選ぶことを約束させていた。
それでも、時に、大切な試合の時には、
ハンドボールを優先させたことも数度ある。
しかし、本人にとってはやるせない思いであったのだろう。

今度も、バイオリンのコンサートの日と、
ハンドボールのトーナメントの日が重なっていた。
6月は学校の年度末でもあり行事が特に多い月。
音楽の夕べ、結婚式のコンサート、夏祭り、
全てに参加しようと思ったら、確かに大変。

それでも、彼から音楽を取り上げることなんてできないと思っていたし、
考えてもみなかった。

これまでだって、バイオリンをやめたい、なんて、告げたことは一度たりともなかった。

音楽の時間は、家族共通の時間とも思っていた。
いや、私にとって、なくてはならないバッタ達との一緒の時間。
それは、バッタ達にとっても、同じことなのだと思っていた。
息子バッタが宣言するまでは。

やっぱり追い詰めたのだろうか。

そうして、
今日の学校の運動会。
彼の学年から男子は彼一人の参加。
一つ下の学年の男子生徒と一緒に徒競走、障害物競争となり、
毎回、二番手に大きな差をつけて一位。
一年下の子達と一緒なんだから、勝たなきゃね、と言って、
でも、一年下の子達には、悪いよね、と言って。
その度に一位のメダルを私の首にかけてくれる。

ねえ、
何かを得ようとすることは、
何かを捨てなきゃいけないわけじゃないのよ。

自分の手で、
自分がこれまで大切にしてきた世界を
取り壊すなんてこと、しないで欲しい。

息子バッタが首にかけてくれたチョコレートの2ユーロコインの一等賞のメダルを
外せないでいる。

彼ぐらいバイオリンが弾けたらいいのに、と思うけど、
その彼は、
バイオリンをやめるという。

いや、
本当に辛いのは、
心の拠り所であったバッタ達とのバイオリンの時間がなくなること。

大きくなっていくバッタ達を前にして、
そろそろ、いろんな意味で
心の準備をしなければいけないのかもしれない。

バッタ達を心の拠り所としちゃいけないのだろう。

そう、無邪気な子供たちのように、
もらったチョコのメダルをその場でむしって、ぱくりと口に放りこまなきゃ。



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