2017年10月14日土曜日

お好み焼きの香り








先週の金曜の夜は友人の誕生日で、彼女の家族と一緒に友人宅でパーティー。翌朝、豪華な朝食を楽しんで帰宅。土曜の夜はパリで観劇。日曜の夜からドイツに引っ越した友人が木曜のお昼まで我が家に滞在。そして、今度の金曜の夜は中国旅行に行った友人たちと中華料理を持ち寄ってのパーティー。翌朝は中国粥。土曜の午前中はパリのサロンに参加し、午後から友人たちと今取り組んでいるテーマについて語り合う。そして、日曜はバイオリンのコンサート。

もうすぐ16歳になる末娘バッタのスケジュール。高校二年生だから、当然、朝8時から夕方5時まで授業。これって、やり過ぎではないか。ドイツからの友人がいたから、ロッククライミングやバドミントンのクラブ活動は休んだらしいが、ちゃんと勉強はできているのだろうか。

最近は、オンラインで子供の宿題や成績が分かるシステムになっている。ふと覗いてみると、生物で失敗をしている。数学や物理の試験については、なんだかんだと言っていたが、生物については聞いていなかった。テーマは染色体。染色体なら私の得意分野(過去のことだが)。一言聞いてくれれば良かったのに。そう思いながら、帰宅してみると、キッチンでキャベツの千切りをしている最中。どうやら夕食はお好み焼き。

お好み焼きを焼きつつも、未だ粉をはたいているところを見ると、翌日の持ち寄りパーティーの一品を作っている様子。

先日、教師を批判していたことを先ずはやんわりと正す。バイオリンの師が良く言うではないか。上手になる早道は素直になることだ、と。それから、生物の試験について触れる。気が付くと、彼女の生活態度、余りの余裕のないスケジュールを指摘し、せめて土曜のサロンは行かないようにと勧めてみる。サロンと言っても進学サロンで、どこが主催しているのかも曖昧。友達同士で参加するらしいが、大した収穫も望めまいと思っていた。

と、末娘バッタの表情が硬くなり、返事もつっけんどん。そうなると、こちらも、畳みかけるように日頃思っていることを指摘し出す。あなたのためを思って言っているのよ、との言葉を忘れずに付け加える。

するとどうだろう。彼女がすっと立ち上がって手を天に突き上げるようにし、「ママ!私はママが応援してくれなきゃ、だめなの。」そう叫んだ。

「パパは私がしたいことを何でも否定する。話し合いなんか一回もない。いつも決めつけられてしまう。駄目だと言われると、すごく嫌になるの。素直に受け入れられない。だから、そういうやり方はしないで。」

ママだって応援したいけど、あなたがすることを全て良いね!と言ってばかりもいられないのよ。

「そんな時は、話し合えばいいの。」

うん。まあ。分かるけどね。

しかし、彼女の言葉は胸に響いた。親はいつだって子供の味方じゃないか。いつだって応援している。父親だって同じだろう。しかし、彼女には、親の心配や示唆が彼女のやろうとしていることを全否定していると映ってしまうのだろう。そして、恐らく、それは、そう間違ってはいない。確かに、私は彼女がやろうとしていることが、彼女にとって余りに大変そうだからと、勝手に彼女の立場になって考えて、意見をしていた。

どうなのだろうか。金曜の夜、いつも友人宅で泊まってきて、翌日は寝不足で使い物にならない中、今度はまた別の活動をし、その翌日には一日中また別の行事が目白押し。それってすごいプレッシャーにならないだろうか。のんびりと壁をつたう蔦の葉が色を変えている様を楽しむ時間も必要じゃあないのか。

まあ、それはお節介というものなのだろうか。

参りました。そりゃあ、ママは貴女のことを応援しているよ。さあ、いってらっしゃい。
お好み焼きの良い香りがキッチンを満たす。




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2017年10月8日日曜日

黄金の粒







発見は一人の時が多い。
何も考えずに、いや、考え事をしながら歩いていて、気が付くととんとんと歩くテンポで何もかもが上手くテトリスの様に収まってしまったかのように感じられ、頭が空っぽになっている時に、往々にして発見が訪れる。

といっても、そう大袈裟なことではない。

見上げると、そこに何十年と枝葉を広げ、夏には緑の木陰を作り、秋には目にも鮮やかな黄色の葉で道行く人の足を止めるであろう銀杏の木。

この地に引っ越したのは長女バッタが小学校に上がる年。その彼女がこの11月には二十歳になるのだから、早14年の月日が流れている。間違いなく少なくとも13回は秋が訪れ、今、14回目の秋が訪れようとしている。

14回目の秋にして、その枝に鈴なりに銀杏の実がなっていることに気が付く。

発見。

これまで、何度この下を通っただろう。ちょうどベンチも近くにあり、公園からバッタ達と自転車で帰ってくる途中、三輪車で頑張って追いつこうとする末娘バッタを待ったことがあったかもしれない。

発見した内容ではなく、むしろ今頃発見したという事実に驚いてしまう。

これまで、実がなったことはなかったのだろうか。

気になりながらも数週間が過ぎ、ふと通りがかった昨日、思った通り、木の下には黄色い実が転がっていて、誰もとった形跡はない。一つ手に取ると、たっぽたぽに熟した実から、ぴゅーっとジュースが出てくる。

銀杏並木。大学のキャンパスを思い出そうにも、思い出せない。銀杏を拾った記憶さえないので、恐らくそんなことはしなかったのだろう。銀杏を拾うことよりも、もっと別なことに気を取られていたのだろう、あの頃。

独特の香りを放つことから、ご近所さんは誰も拾わないのかもしれない。或いは、学生時代の私のように、もっと別なことに気を取られているのかもしれない。

夢中になって拾った実は片手からこぼれんばかり。

新たな発見は、時として、自分自身の姿勢によってもたらされるものなのかもしれない。

さて、この黄金の粒をバッタ達に味わってもらわねば。
バッタ達に次に会う時まで、美味しく保存しておく方法を考え始める。彼らが一緒に住んでいた時に巡り合わなかった、その不思議さをもどかしく思いつつ、銀杏一粒にさえ、運命を感じる滑稽さに苦笑しつつ。







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2017年10月7日土曜日

我は宇宙の一部なり








外に出て見ると、もう夕暮れ迫り、刻一刻と空の色が変化していっている。

依頼されて手伝いに駆けつけたものの、ちっとも役立たずで、むしろ邪魔者扱い。こんなことなら、無理しなくても良かったのにな、とぼやきながらの数時間だっただけに、一瞬にして心が晴れ上がってしまう。

きっと、この夕焼け空を見るために、この変なミッションが突然にして転がりこんできたのだろうな、と運命的なことを思ってしまう。

この世の中には無駄なことは一切ない。本当にそう信じることができる一瞬。
自分が宇宙の一部分であることを意識する瞬間。



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2017年10月4日水曜日

月明かりに








君の知り合いの弁護士に聞いてみてくれないか。

来週月曜の裁判を控え、頼みにしていた弁護士が遠方であることもあり、費用として余りに高額を要求するので、困っている。そう上司から言われたのが昨日。

あまりに乱暴。それでも、困っていることは良く分かっているので、知り合いの弁護士に連絡を入れる。



厳密にいえば、バッタ達の父親の友人。彼が弁護士だから友人になったのではなく、友人が弁護士だったということだが、彼が初めて我が家に訪れた日を今でも覚えている。長女バッタが誕生して、病院から戻ってすぐのことだった。

あれから、息子バッタ、末娘バッタが家族の仲間入りをし、パパの友人として皆一緒に会う機会が何度かあった。森の中でのピクニック。友人宅でのバーベキュー。彼の子供たちはバッタ達よりも、ちょっと大きくて、眩しい存在だった。いつか、彼等のように大きくなるのだろうな、と。

父親の友人だからこそ、我々の離婚の時には、彼が父親の弁護士として現れた。

父親とは口をきくのもうんざりしていたし、彼が父親の弁護士であると聞くと、長女バッタの誕生の日々が思い出され、気持ちは非常に落ち込んだものだった。ところが、事前交渉の場や、裁判所で彼は私に会うと、最愛の友人に出会ったかの様に抱きしめ、両頬にキスをした。その様子を見て、私の弁護士は目を丸くして驚いたことを今でも覚えている。

あの頃は、闘う意志など何もなく、ただ、ただ、終わって欲しかった。父親の提案、要求をすべて受け入れる私を見て、私の弁護士は呆れて、最後には私から報酬を得るのさえ、申し訳ないと言ったほどだった。

父親の話など聞きたくもなかったが、友人の話になると、耳を傾けた。子供たちにとって父親の存在は大切なこと。父親が子供達にとって彼ができうる範囲で最善のことをしようとしていること。離婚をしても、父親、母親として、我々二人が子供達にとって最善の選択をしていくであろうことを前提とし、全てが決められていった。裁判の公証人でさえ、本当にマダムはこの内容で良いのですか、と聞き返したぐらいだった。

あの時、私の弁護士の主張に耳を傾け、父親からの提案を撥ねつけ、高額の手当を受け取り、相当有利な条件を勝ち取っていたとしたら、どうだったであろう。憎しみしか残らなかったかもしれない。

父親を信じるというより、穏やかな彼の言葉にすがった。父親が子供達にとって最善のことをする、という言葉に。そして、彼は決して間違っていなかった。

私の知り合いの弁護士とは、私の離婚を担当した弁護士ではなく、父親の弁護を担当した人物。



彼は、忙しいだろうのに、すぐに時間を空けてくれ、会ってくれた。十数年前と同じに、最愛の友人に出会ったように抱きしめ、両頬にキスをした。月曜には裁判にも出廷してくれると言う。報酬について相談すると、会社の経営状態が思わしくないからこそ、救済措置を申請するのであって、そんな状態の企業に請求はしない、と一言。いつか経営状態が良くなったら、その時話し合おうじゃないか、と。

まったく、何という人道的な精神の持ち主なのだろうか。

会社の問題とは言え、張りつめていた思いが一気に緩み、思わず涙ぐんでしまう。

そうして、彼のお蔭で、バッタ達も、彼等の父親も、私も、我々皆が救われたことに思い至る。



いつか、彼に恩返しをすることができるだろうか。

せめて、この社会に恩返しをしていくことが、彼に対する最大のお礼のような気がしてならない。

今宵はひときわ明るい月夜。月明かりが心の深い奥まで届きそうな晩。
一人目を閉じる。











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2017年9月29日金曜日

カルチャーショック






祖国を離れて何年になるのだろう。長女バッタが今年の11月には二十歳になるのだから、既にこちらでの生活の方が長くなっている。それなのに、時々文化の違いに愕然とすることがある。

二年ほど前、丁度末娘バッタが中学三年になった時だろうか。夕方のバイオリンのレッスンの帰りで、車の中には息子バッタも一緒だった。確か、彼女のクラスの友達が家でクラス全員を呼んでのパーティーを催す予定だったが、実は両親ともに、その日は不在の予定で、当然親も知らされていない内緒のパーティーとなる筈だった。ところが、ひょんなことで母親の知るところとなり、慌てて母親がクラスの親全員にパーティーキャンセルの連絡をするという事件があった。

バッタ達が通う学校は14ヶ国の生徒が集う国際色豊かな環境にある。当然、皆自国のカルチャーを濃く引きずりつつも、フランス人として学んでいる。それでも、ラテン系の生徒達は幼いころから飲酒に全く抵抗がない。煙草も然り。ドラッグに全く抵抗のない生徒達もいる。従い、どうやら高校生にもなれば、ちょっとしたドラッグもパーティーには余興として付き物らしいことは、先輩ママ達から聞かされていた。高校生のパーティーにはアルコール、ドラッグ、そしてセックスは当然ある、と。非常に開放的で寛大な香港人の親友などでさえ、高校生の娘のパーティーでウォッカを数本取り上げたという話を聞いていた。

ママは皆のことを信頼しているけど、最近の皆のパーティーにはアルコール、ドラッグ、そしてセックスが付きものらしいじゃない。

そう言った途端、当時中学3年の末娘バッタから攻撃を受けた。

「ママ。タバコやドラッグがいけないのは分かるよ。やめられなくなるし、何といっても健康に悪いよね。でも、なんでセックスが同じように扱われるの?セックスって、身体に悪いわけじゃないでしょう?ママ、変なの。」

思わず、急ブレーキを踏みそうになる。
なんだって?

「避妊しなきゃいけないってことは十分知っているよ。学校でもコンドームは配るしね。」

ママは口がきけない。ちょっと待ってよ。
それで、息子バッタはどう思うのよ。

当時高校2年の彼は世界の全ての苦悩を背負っているような様子だったが、日本って、本当におかしいよね、と語り始める。こちらの夏休みが6月から始まることから、日本の学校に体験入学をしていたバッタ達だったが、夏休みを前にした生活指導の時間を振り返り、変な指導内容だったと言う。制服の着用、名札をつけるなど、細かい指導があり、加えて異性不純行為は駄目。一体それが何を意味するか細かい説明はなし。どうやら内容は20年前と大して変わていない様子に笑いが漏れる。

大騒ぎをし動揺しているママを見て、末娘バッタの方がショックらしく、ママ、やっぱり変だよ、と。別に、だから、誰彼構わずセックスするわけじゃないけど、セックスって、悪いことじゃないでしょう?

ああ、我が子よ。そうだねぇ。。。

あれから2年。末娘バッタにはどうやらボーイフレンドが出来たらしい。

彼の誕生日に呼ばれたとかで、昨日は夜遅くまでチョコレートケーキを作っていた。しかも、沢山のレシピを比較検討しながら。それから、短冊を作り、何やら一首を書き認めていた。彼が日本語が読めるわけではないだろうが、へええと、どんな歌を書いているのが覗いてみる。

世紀のプレイボーイ、在原業平の一首。ところが恋心を謳ったものでもなく、ママとしては、かなりびっくり。色彩感覚あふれ、秋にぴったりの一首。

なんだか、拍子抜け。しかし、わざわざ日本の平安時代の歌を彼に書いてあげるなんて!どうやって説明するんだろうか。何だか、ほのぼのとしてくる。しかし、それこそ、彼にとってカルチャーショックではないだろうか。

ちょっと、いや、大いに嬉しくなる。





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2017年9月24日日曜日

宇宙の果てまで








一人で散歩をするのも悪くない。久々の秋晴れに汗ばむほどで、木陰にリスの姿を見つけ思わず立ち止まってしまう。真っ赤な尻尾が楽し気に動いている。

夕陽に染まる大空を見たかった。

思った通り空は澄んでいて、あちこちで天使が舞い降りてきそうな雲と光の演出が楽しめる。日が落ちるには、それでももう少しある。ゆっくりと坂を下りていくと、そこはコスモス畑が広がっていた。






夢中になって写真を撮っていると、自転車で夕暮れ時の散歩を楽しんでいた初老の男性に声を掛けられる。

「いやに熱心に写真を撮っているようだけど、この花の名前はご存知か?」

「勿論です。コ、ス、モ、ス。コスモスです。」

「これは如何なることよ!ラテン語で宇宙のことではないか!」

確かに、コスモス、宇宙のことを指す。田舎で秋になれば、道端に咲いていたコスモスと、この地球をも包含する宇宙とを結び付けて考えることは、これまでなかった。

男性は、「コ、ス、モ、ス。いい名前だ。コ、ス、モ、ス。」と呟きながら、行ってしまった。

残されて、一人、宇宙の果てまで思いを馳せる。果て?そんなものはあるのか、ないのか。

目の前にあるのは、そろそろ夕陽色に染まってきた、可憐で儚い花びらをつけたコスモスの群れ。












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2017年9月23日土曜日

I’ll see you when I see you.








「会いたい。」
なんて無責任な言葉なんだろう。

会いたいから、あらゆる障害を取り除くべく努力し、会いに来る、
なんてないことが分かり、
会いたいから、あらゆる障害を取り除くべく努力を促し、会いに来てもらう、
なんてこともないことが分かると、
不誠実さをなじりたくなるも、実は何の約束もしていない言葉であることに気が付いてしまう。

会いたい気持ちに偽りはないが、会うための努力をする程のこともないということか。

それでも、久しぶりに連絡があり、「長いこと何の知らせもないから、どうしているかなと思って」などと書いてあると、興ざめもいいところで、そんなものなのか、と思ってしまう。

まあ、確かに、そんなものなのだろう。

そう、それでいい。
I’ll see you when I see you.





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2017年9月18日月曜日

秋の訪れ








予期していなかった感覚が、その空間に足を入れた途端、襲ってきた。螺旋階段の先にある丸い天井から無数の光の粒が降り落ちる中、身震いする程だった。

9月と思えない寒さで、息が白く見える程だった朝。歴史的建造物を一般に無料公開するという歴史と文化を重んじる当国らしい計らいで、パリは勿論、地方自治体は挙って各地が誇る、通常は門戸を閉じている場を公にしていた。

20世紀初頭に建造された、現在上層階を改修工事中という建物をゆっくりと一周し、親子連れが若い学生バイトに案内されている様子を微笑ましく眺め、表の玄関ではなく、塔の入り口から中に入った時だった。







そこは時間が止まったかのように、大理石の階段がひっそりと佇んでいた。確かめるように階段を上がると、二階には行けないように閉鎖されていて、それでも滑らかに階段は螺旋状に上に伸びており、天井の丸い窓から、光の粒が無数に降ってきていた。

突然、近くに人の気配を感じた。連れ添った歩く人影。引き込まれるように建物の中に入り込めば、長く延びた廊下にも、秋の日差しが植木鉢の真っ赤な花びらを透明にしているサロンにも、その人影はあちこちにあった。

遂に私達は過去になってしまったのか!
呆然としながらも、交錯する真剣に討論する姿、笑い合う姿、ふざけ合う姿、悩み合う姿を目で追う。

散り散りになった仲間を思い、I miss usの言葉が口から洩れた。

外に出ると眩しい程の太陽と透明な青空が広がっていたが、肌を刺すような冷たい風は何も告げてはいなかった。

秋だけがそこにあった。





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2017年9月10日日曜日

終わりは新たな始まり







早朝のキッチンに足を入れる。窓の向こうは未だ薄暗い。緯度の高いこの地では秋の気配が一気に忍び込む。そして、どうやら外は雨模様。

こぽこぽと優しい音を立ててイタリアスタイルの直火式サイフォンが、ペルー産珈琲のふくよかな香りをキッチン中にもたらしてくれている。長女バッタが作って行ったクエッチのジャムをたっぷり入れて食べるヨーグルトが、このところ週末の朝の楽しみになっていた。

ヨーグルトを出そうと冷蔵庫を開けて、妙な違和感を覚える。外気との温度差が感じられない。夏はキーンとする程冷たくなっていて、目をしかめる程だったのだが、それ程気温が下がっているのだろうか。ありえない。冷蔵庫の奥にあるパネルに手を当てると、ちっとも冷たくない。しかし、電源が切れていないことは、庫内の灯りが付いていることで確認できていた。いつもの地すべりの様な音がしないことに漸く気が付く。

そうか。遂に動かなくなったのか。

冷蔵庫の中身の心配や、霜取りなど随分しておらず、冷凍庫の霜の処理などへの懸念はすぐには襲ってこなかった。それよりも、来るべき時がやって来たとの感慨が強い。

この冷蔵・冷凍庫は元の家主のものであった。システムキッチンだったことからも、オーブンも食器洗い機も全て残してくれていた。

10年以上も前になる、未だ元の家主が家主であった頃、バッタ達とその父親と5人で家を見学した時の思い出が甦る。

出来たらキッチンやお風呂場を改装して入居したかった。特にキッチンは家主が一生懸命考え抜いて、選び抜いた素材や設計であったが、落ち着いた茶色のウッド貴重のスタイルで、以前パリで改装した際のメタリックなダークアボガド色のトーンに変えたかったし、恐らく家の中でも一番長くいるであろう空間を、自分たちで作り上げたものにしたかった。せめて壁紙だけでも変えたかった。ここは、こうしたら、と私がバッタ達の父親に話を始めると、その場にいた家主のマダムと結婚して既にパリに住んでいる娘が大声で異論を唱え始めた。こんなに素敵で問題が一切ないキッチンに手を入れるのか、と。

その気持ちは痛い程分かる。遠い昔、パリの小さなアパートのキッチンとお風呂場を改装したが、四年後には引っ越しとなった。書類を取りにアパートの管理人のところに寄った際、新たに入った住人が全て取り壊し、オフホワイトの今でも手触りを覚えている、清水の舞台から飛び降りる思いで買ったトイレが取り外され、キッチンも大きな鏡も全て壊してしまった残骸を目の当たりにして、悲しさを通り越して憤る思いをしていた。今でも、あの時、捨ててあったトイレを持ってくれば良かったと後悔している程である。ただ、その後の引っ越しで、高さ3メートル以上のサロンのカーテンを作り、胸痛むからと次の引っ越しの際に全て持ってきたが、今ではこの家の地下室にそれこそ箪笥の肥やしとなって眠っている。カーテンバーも然り。あれが日の目を見ることはあるのだろうか。

話が逸れたが、あの時の親子も、せっかくの自分たちにとって最高のキッチンを壊すのか、との思いが強かったのだろう。

彼等の反応よりも、バッタの父親の反応の方が意外だった。これまでは、引っ越しをする度に自分たちで壁を塗り替えたり、それこそ、キッチンやお風呂場を改装してきた。ところが、今回に限っては特に何もしないでいいだろうという。確かに、あの時は仕事も尋常ではない程大変であったし、銀行ローンを考えると、できるだけ出費は最小限に抑えたいところであった。それでも、かなりがっかりしたことを覚えている。小さなキッチンにあるテーブルでは、いかにバッタ達が小さかったとは言え、家族5人が座れる場所はなかった。

まあ、そう感傷的になる話でもあるまい。実際に資金面ではぎりぎりだったし、その後取り敢えず小さなテーブルと椅子を買って5人仲良く座れることになったし、サロンには大きな伸縮式の木目調のテーブルを購入していた。二階の寝室は全てフローリングに変えたので、それもそれで出費ではあった。

いずれにせよ、あの時変えなかった元の家主の冷蔵・冷凍庫が遂に終わりを遂げてしまう。持ち主が変わって霜取りをしなくなったからだろうが、冷凍機能が非常に良くなく、バッタ達からは新しい冷凍庫の購入を時々せがまれていた。以前は一週間分の肉や魚を冷凍していた時期もあったので、矢張り手抜きメンテが要因だろう。ただ、どうしても未だ動いている冷凍・冷蔵庫をお釈迦にし、新たに購入することは憚られていた。バッタ達は最新モデルが如何に電力を消費しないか、何度か説明してくれていた。

5年前にはオーブンが動かなくなり、新しく購入している。今度は冷凍・冷蔵庫の番。こんなことなら、未だ息子バッタが住んでいる時に新しいものに替えてあげればよかったと、ちくりと胸が痛む。

全てのことには永遠はなく、寿命というものがあり、終わりがある。そして、その終わりは新たな始まりでもあるのだという、いかにも陳腐なことながら、それを身をもって体験することで、一層理解が深まっていく。こうして、暫くは冷蔵庫のない生活に。

それも悪くはないだろう。
外は冷えた空気が秋を告げている。さあ、珈琲を淹れようか。





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2017年9月9日土曜日

散歩道






不思議なもので、10年以上も住んでいながら今頃になって庭の片隅に枇杷の大木があることに気が付くことがある。7月には山吹色のふっくらとした実をたわたにつけ、つややかな茶色の大きな種を幾つも宿した、甘酸っぱい果実を口にした時の驚きといったらどうだろう。

鬱蒼とした森の中を走り抜ける自転車コースも然り。息子バッタが夏の夕食後に、未だ明るい日差しの中を小一時間ぐらい走っていることは知っていた。一度一緒に行ってみると、いつもの山道をちょっと入り、鬱蒼とした森の中に幾つものピストがあり、好き勝手に選びながらも迷わずに、ちゃんと家路につける息子バッタの記憶力の良さというか、感の良さには舌を巻いた。それよりも何よりも、夜の帳が下りる前の夏の日、漸く静まりかけた暑さを身体にまとい、森の中を自転車で走る爽快さといったら。どうして今まで気づかなかったのだろうか。

近くの小川が流れる散歩道も然り。末娘バッタといつもの日曜の午後の散歩の時に、ちょっと足を延ばしてみるとどうだろう。ゴルフコースが大きく開けていて、大きなプール付きの緑の芝生が眩しい一軒家や貯水池、トマトやナスが賑やかな畑が続き、隣村の森に抜けている。イソップ物語に出てきそうな山葡萄、昔懐かしいグミの実(小学校の帰り道、季節になると口を真っ赤に寄り道したことを思い出す)、ブラックベリーが賑やかに彩ってくれている。嬉しい発見。

この5キロ程度の山道を、この夏帰省した長女バッタ、高校を卒業し全寮制のプレパに行く息子バッタ、そして高校2年に進学する末娘バッタ、このバッタ達とそれぞれ違う日に散歩する機会に恵まれた。

長女バッタとは葡萄を味見し、息子バッタとはブラックベリーを楽しみ、末娘バッタとは葡萄もブラックベリーも味わった。三人三様ながらブルーベリーを更に小さくした実を見つけた時の反応がそれぞれ違って面白かった。パピー(おじいちゃん)が食べられないって言っていたよ、とは長女バッタ。パピーが食べちゃいけないって言っていたよ、とは末娘バッタ。食べたたけど酸っぱくて美味しくないよ、とは息子バッタ。

自然が厳しいブルターニュの小さな島で、パピーと散歩しているバッタ達が目に浮かぶ。確かにあそこには自然のベリーがあちこちにあった。膝下のベリーは小動物が印を付けている可能性が高いから、食べないようにとバッタ達の父親に言われた記憶が甦る。彼は父親、つまりパピーから言われたのだろうし、経験論でもあったのだろう。こうして世代から世代に受け継がれるものかと、微笑ましい。

バッタ達のうち、既に2匹が飛び立っていった。もう彼らとは同じ屋根の下で生活を共にすることはないのかと思うと、愕然とする。我が身を振り返れば、16歳で一年間オーストラリアに行き、19歳で大学に行くために東京に出てからは、一度も実家で「生活」することはなかったし、それについて考えたこともなかった。バッタ達も、きっと、ママとの生活が終わったことに思いを馳せることさえしないのだろう。









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2017年9月2日土曜日

彼の地の飲み物






ドリンク特集。






チチャモラーダ!紫トウモロコシのジュース





材料の紫トウモロコシ!





クスコのビール、クスケーニャ。





インカコーラ。
息子バッタが、長女バッタや友達にお土産、と数本購入。ところが、今でも冷蔵庫に数本転がっている。どうも、あまりに化学飲料そのものの色に恐れをなし、反応が今一とか。せっかくの思い出の飲み物にケチをつけられるのも本望ではない、というところか。高校一年の時にオーストラリアに留学した際、友達が煎餅の海苔を見て、これは何?と言うので、海藻の一種だと説明したところ、海の雑草を食べるのかと酷く驚かれ、傷ついたことを思い出す。





サボテンの実のジュースと、シャーベット。




コカ茶


おまけのスナック、食事編。












ペルー紀行
 第一話  インカの末裔
 第二話  マチュピチュを目指して
 第三話  真っ暗闇の車窓    
 第四話  静かな声の男
 第五話  さあ、いざ行かん
 第六話  空中の楼閣を天空から俯瞰
 第七話  再び、静かな声の男登場
 第八話  インポッシブルミッション
 第九話  星降る夜
 第十話  インカの帝都
 第十一話 パチャママに感謝して
 第十二話 標高3400mでのピスコサワー
 第十三話 アンデスのシスティーナ礼拝堂
 第十四話 クスコ教員ストライキ
 第十五話 高く聳えるビラコチャ神殿
 第十六話 標高4335mで出会った笑顔
 第十七話 プカラのメルカド
 第十八話 標高3850メートルの湖上の民
 第十九話 ゆく河の流れは絶えずして
 第二十話 コカの葉を噛みながら
 第二十一話  4000メートルの谷を覗き込む
 第二十二話  サボテンの実
 第二十三話  陰翳礼讃
 第二十四話  ナスカの地上絵
 第二十五話 霧の街、リマのメルカド




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霧の街、リマのメルカド









太平洋から攻めてくる霧に覆われた街、リマ。

そんな街に住む人々の生活を支える市場、メルカドに足を向ける。見事なパパイヤ。ぷっつりとした葡萄の粒。アレキパのガイドの女性が最高に美味しいフルーツとして挙げていたカスタードアップル(釈迦頭)。真っ赤な柘榴。





純白で新鮮なカリフラワー、ジャイアントコーン、様々な種類のサラダ菜、アーティチョーク(朝鮮アザミ)、見事な色合いのズッキーニ、どでかいラディッシュ。





フルーツの定番とはいえ、美味しそうなバナナ。柑橘類。マスカット。大きなアボガド。変わった形のフルーツはサボテンの実だろうか。




スイカ。美しい苺!パイナップル。ベリー類、パッションフルーツ。

各店舗でそれぞれに出している品物に特徴がある。同じようで若干違う。





穀物(キノア、大麦)、ドライフルーツ類(プルーン、アプリコット、パイナップル)、ナッツ類(ピーカンナッツ、ブラジルナッツ、カシュナッツ、アーモンド)、チップス系、、、。










色とりどりのマーブルチョコ。





胡桃。。。丸い形のビスケット。





大きなシナモンスティック。






サボテンの葉。

この他、魚介類、牛肉、鶏肉、アルパカ、と豊富。レンズを向けることが憚れて、画像がないのが残念。

果物やハーブの鮮やかな香りと色彩。どの街でもメルカドは人が生き生きとしていて、こちらまでウキウキとしてくる。











ペルー紀行
 第一話  インカの末裔
 第二話  マチュピチュを目指して
 第三話  真っ暗闇の車窓    
 第四話  静かな声の男
 第五話  さあ、いざ行かん
 第六話  空中の楼閣を天空から俯瞰
 第七話  再び、静かな声の男登場
 第八話  インポッシブルミッション
 第九話  星降る夜
 第十話  インカの帝都
 第十一話 パチャママに感謝して
 第十二話 標高3400mでのピスコサワー
 第十三話 アンデスのシスティーナ礼拝堂
 第十四話 クスコ教員ストライキ
 第十五話 高く聳えるビラコチャ神殿
 第十六話 標高4335mで出会った笑顔
 第十七話 プカラのメルカド
 第十八話 標高3850メートルの湖上の民
 第十九話 ゆく河の流れは絶えずして
 第二十話 コカの葉を噛みながら
 第二十一話  4000メートルの谷を覗き込む
 第二十二話  サボテンの実
 第二十三話  陰翳礼讃
 第二十四話  ナスカの地上絵



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