2017年12月10日日曜日

止みそうにない風






俺たちって、深く考えずに子供を授かったけど、本当に子供達のためにと色々してきたよね。

心地よいエンジン音と共に、オリビエの言葉が耳に入る。

彼はフランス留学時代からの大切な友人の一人。初めて会った時には日本語で話しかけてしまった大陸生まれで香港出身の、身のこなしが何と言っても優雅で、それでいて自己主張をしっかりとし、頼もしい女友達の連れ合いでもある。彼らはアメリカの大学で知り合い、翌年、交換留学生だった彼がフランスの大学に戻るのと同時に、彼女も同じフランスの大学に留学を果たしていた。そして、その年、偶然にも私も彼らと一緒のキャンパスで学ぶことになっていて、二年間、一緒に学んでいる。実際には彼の方が一年上のクラスで、先に卒業していたが、もう何年も前の話ともなると、些細なことには拘らなくなってしまう。

不思議なことに、最初から馬が合った。バッタ達の父親と4人で、良くつるんで遊び回ったものだった。二人がシンガポール、そして北京に駐在になった時も、連絡を取り合い、私たちの結婚式には北京から駆けつけてくれた。彼らの方が先に子供が授かり、パリに戻って再会を喜んだ頃には、我が家にも長女バッタが誕生していた。彼女の当時のオフィスの近くで、ランチをした春の初め、第二子を授かったらしいと告げると、その足で彼女も薬局に行き、午後には電話で彼女も第二子を授かったとの報告を受けた時には笑ってしまった。息子バッタが予定より早く11月に生まれると、彼女のところには翌年の1月に息子が誕生した。

子供達の年齢もあまり変わらないこともあり、バカンスには良く一緒に出掛けて行った。南仏では毎晩トランプをし、負けたものがベビーシッター役で家に残り、勝ったものが夜遊びに出る、なんてことをしたものだった。週末もピクニック、プール、散歩、色んなことを一緒に楽しんだ。

彼らは暫くすると上海に駐在のため旅立ってしまう。ノルマンディーで夏の間一緒に家を借り、好きなだけミラベルを食べた子供達。ノルマンディーの家からパリまで、ずっと泣き続けた思い出。

そうこうしているうちに、私たちのもとからバッタ達の父親が去ってしまう。

オリビエは父親が幼い時に家から出てしまっていて、母親に育てられていることから、家族への思いが強かった。父親への憧れ、そして、恐らく怒り、和解、色んなことを経験しているだろう彼に、何度となく国際電話を掛けては相談した。

彼らは、あれ程子煩悩なバッタ達の父親が家を出るとは信じられない、と言っていた。家を出たのは、子供から離れるためではなく、別の人と一緒の人生を送るためであり、子供とは全く別の問題であったということは、当時彼らは良く分かっていなかったし、私自身、ちゃんと分析し理解してはいなかった。しかし、これは子供にとっては非常に重要なことであり、私自身も含め、バッタ達も、周囲の人々も、子供達が大きくなるにつれ十分良く理解していったことでもある。今でこそ、子供にとって良かったと言えるものの、このことに私は随分と苦しめられた。

話を元に戻そう。友人一家は上海からフランスに戻り、子供たちはバッタ達と同じ学校に通うことになる。

夏はバーベキュー、冬はフォンデュ。ノエル、新年、中国の新年、中秋節、などなど、週末には頻繁に集まって、5人の子供達と一緒に、賑やかに過ごしたものだった。そうして、気が付くと3人が既に高校を卒業。友人一家の長男が、今年は卒業の年に当たる。そして翌年には末娘バッタが控えている。

大人3人だけの夕食になることも、このところ少なくない。そんな時は、子供たちが巣立ってからの人生が何かと話題になる。

冒頭の言葉は、車のエンジンの調子が悪いからガラージに預けているので車がない私を、三人でラクレットを堪能した夜に、車で2分もかからないよと、送ってくれた道中でのこと。

彼ら二人の間にも、険悪な時期もあったし、これまで山あり谷ありの人生であったことは良く知っている。それでも、今また二人一緒に、子供たちが巣立っていった後の人生をどう過ごそうかと相談している。友人として本当に嬉しいし、そして、羨ましくもある。

そんな彼からの言葉。「俺たちって、深く考えずに子供を授かったけど、本当に子供達のためにと色々してきたよね。」

彼らの長女はイギリスで建築を学んでいて、この夏はミュンヘンの建築事務所で研修をしていた。長女バッタは北京大学での留学を経て、今はロッテルダムで経済を学んでいる。息子バッタはフランスでエンジニアの大学に進学すべく、全寮制のプレパで毎日研鑽している。彼らの長男は、クラッシックギタリストを目指していて、イギリスの音楽学校に進学したいと、オーディションを受けている。恐らく来年の今ごろはイギリスに渡っているだろう。その頃には末娘バッタも、彼女のひそやかに温めている目標を我々にも公開していることだろう。

「後悔するんだよね。私たちは本当に子供の為を考えてきたかって。子供のことを思えば、離婚なんてしなかったよね。」

ふと本音が漏れる。
きっとこれまで、誰にも言ってこなかったと思う。後悔なんて言いたくなかった。自分の人生を否定することは言いたくないし、生き続けるためにも、言えなかった。

私の言葉にびっくりしたのか、慌てたようにオリビエが告げる。
私のせいじゃない、と。

彼だけのせいでもない。二人の関係は、私にも大いに責任がある。彼の心を繋ぎとめる努力をしなかった結果とも言えるのだから。

我が家の前に車を停めると、ルームランプを点けて、オリビエが慰めるように、優しく微笑む。

あちこちに散らばっている子供たちが戻ってくる、それがノエル。この冬もロッテルダムから長女バッタが戻り、全寮制のプレパから息子バッタが戻る。漸く会える二人。そして、末娘バッタと三人が揃って、バッタ軍団が一堂に会す。

今年は一週間の休みを取っている。彼らと一緒の時間を過ごすことをどんなに待ち焦がれていただろう。軍団が揃わないと意味がない。彼らの笑い。クリスマスツリーも、車がないからと無理を言ってオリビエに手伝ってもらい、我が家のサロンに取り付けてある。

バッタ達の父親にも、そのことは告げてあった。バカンスの初めの一週間は、私の週。本当は日本にバッタ達を連れて行きたかったが、翌週勉強をしなければならない息子バッタの負担になるからと、バッタ達の父親に指摘を受け、それならとフランスに留まることにしていた。

それが、バッタ達の祖父、パピーがボルドーからパリに遊びに来るので、二日毎にバッタ達を一人パリに来させて欲しいと言われてしまう。一週間あるから、丁度二日毎で6日。

ちょっと待って。三人が私と一緒に一堂に会する日がなくなってしまうではないか。

80歳を超えたパピー。どんなに孫に会いたがっているか。大勢ではなく、一人一人との時間がパピーには必要なんだ。

どうやらパピーは、バカンスの前の週からパリに来て、バカンスの第一週の終わりまで、二週間過ごすらしい。

なぜ、私の週に。

そんな言葉を飲み込む。

もしかしたら、私の人生もいつ終わるか分からないではないか。

そんな言葉も飲み込む。

離婚していなかったら、いつまででもパピーを我が家に迎え入れ、バッタ達三人が一堂に会した場で楽しく過ごせたのではないか。時々寮から戻ってくる息子バッタとも、毎回会えるはずだったではないか。

これから、毎年、バッタ達が我が家に羽を休めに戻ってくる時、独り占めはできずに、パパと分かち合っていかねばならないのか。

オリビエに言った言葉は、実は本音のようであって、真実ではない。

後悔するんだよね。私たちは本当に子供の為を考えてきたかって。子どものことを思えば、離婚なんてしなかったよね。いや、自分のことを思えば、離婚なんてしなかったよね。

子を思う自分のことを思えば、離婚なんてしなかった。

昨夜の雨で積もった雪はすっかり解け、外では風が枯れ木をなぎ倒すかの様に荒れている。

風は止みそうにない。





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2017年12月9日土曜日

アボガドの実








急に大人びてしまった末娘バッタ。いや、随分前から彼女はしっかりと16歳の青春を謳歌していて、私だけが末っ子のべべとの思いが抜け切れていなかったのか。

先日も、確か期末試験があって大変だと言っていたことを思い出し、イベント続きで夜もまともに話ができない日が多かったので、夜遅い電車の中でメッセージを送る。

どうだった?

返事は、アボガドがスパッと真ん中から切られていて、丸い種が見えるイラスト。
ふむ。これはどういうことだろう。

ちょっと前までは、上手くできた、とか、難しかった、といった返事が返って来たのに。

そんなこと聞かれても分からない、という意味であることを後で教えてもらった。
なるほどね。アボガドは話はできないものね。何故アボガドなのか、は、大した意味もないのだろう。でも、レモンでもオレンジでもイチゴでもなく、アボガドってところが、なんとなく彼女らしくて微笑んでしまう。

夕飯だけは準備をしてくれているが、余り遅いと先に食べていて、さっさと一人で寝てしまう。「お休みなさい」と声を掛けられる時もあるが、時々、気が付いたらもう寝てしまっていることもある。

ママべったりだった日々が嘘のよう。

そうかと思うと、先日は真夜中にバタンとドアを開け部屋に入り、今日はママと寝る、とベッドに入り込まれた。一体どうしたのだろう。怖い夢でも見たのか。今読んでいる本が恐かったのか。単に寒かったのか。心配しようにも、隣ですぐに寝息を立て始めてしまった。そうして、翌日にはそんなことはなかったかのように、けろっとしている。

最近はパパとの関係がしっくりしていない。上のバッタ達もこの時期は本当にパパとの関係が良くなかった。不思議なことに、皆同じようにパパに反抗してきた。そして、不思議なことに、それぞれちゃんと折り合いをつけ、今に至っている。だから、きっといつかはパパとのことも、彼女なりに解決するんだろうな、と思っている。

そして、いつか本当に飛び立っていくんだろう。




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2017年11月12日日曜日

16歳になった貴女に







最近頓に逞しくなってきたね。
ママは全く翻弄されてしまっているよ。一端にママのことを厳しく批判するようになったことには、驚いている。この間も大喧嘩に発展しちゃったけれど、原因を思うとママの方が赤面してしまう。

夜の仕事がない金曜と、土曜だけが、ママがアルコールを楽しめる唯一の時間。楽しむといっても、嗜む程度。あの時も、グラスにソルティードッグをちょっと作って、レモンの香りを楽しんでいた。

するとどうだろう。グラスをやおらつかみ、「何これ?何を飲んでいるの?」と、まるでアル中摘発者の勢い。かっとなったママは、グラスを貴女に叩きつけようとする自分の気持ちを抑えることに必死だった。

一度だってママは君たちの前で酔っ払って寝てしまったこともないし、醜態を晒したこともない。泣き上戸になることもない。ちょっと笑い声が大きくなるぐらいじゃないかと思っている。日曜の夜から木曜の夜まで、就寝するまでPCに向かっていることのストレス。それから解放される金曜の夜と土曜の夜。この貴重な二晩だけの、ちょっとしたママの楽しみなのだけど。

なぜだろう。長女バッタもママがビールやワインを飲むことをすごく嫌っていた。幼い子供たちは当然飲まないアルコールをママが一人で飲むことに、嫌悪感を感じたのだろうか。息子バッタに至っては、彼自身がアルコールを一切口にしない。香りを楽しもうなんて好奇心もこれっぽっちも持っていない。ママが煙草を触ることさえ嫌がるように、ボトルを手にすることもしない。どこで、どう刷り込まれたのか。

ママ、お酒は飲んでもいいけれど、一人じゃだめだよ。そんな時は友達を呼んで、皆と飲むようにすればいいよ。

そう貴女は言ったね。

でもね。一人で飲みたい時もある。静かに。これで一週間が無事に終わった、と思う瞬間の一杯なんだよね。それを君たちに分かって欲しいと思うことは、未だ早いのかもしれない。

ママに対してと同じように、学校では教師に対して、そして、パパに対しても手厳しいね。全く頼もしくなってしまう。

パパが仕事上での戦略を披露すれば、自分に自信を持っている人のみが実施できる戦略ね、と、嫌味っぽく一言。パパがにんまりと、自分に自信を持つことは、悪いことじゃないだろう?と言えば、程度の問題ね、とばっしりと斬る。傲慢さと紙一重、と暗に示す。

一体、いつからパパに対して、そんなことが言えるようになったんだろう。全くママは感心してしまうよ。

沢山の友達に愛され、頼りにされ、本気になって相談に乗り、役に立つからと参考書を貸してあげ、何かあれば家に誘い、お腹が空いたからとスパゲッティーを作ってもてなし、ママが帰るまでにきれいに片付け、夕食の準備までしてくれている。

さすがに貴女のために友達が贈ってくれた千羽鶴を見た時には驚いたけれど。

これから、どんな新たな面を見せてくれるだろう。

16歳、おめでとう。




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2017年11月9日木曜日

20歳を迎えた貴女に








誕生日を一緒に祝わなくなって、早三年。
貴女は既に自分の人生を一人で切り拓き、歩いて行っている。
去年は進学の件で本当に心配したけれど、どうやらうまく切り抜けた様子。

どんどんと一人で住む場所も決め、賃貸契約も済ませ、家具を購入して住みやすい環境を整えていく貴女に、ただただ目を見張るばかり。

貴女にとって、手に取る地図は世界地図。生まれた時から文化の違い、言語の違いを肌で感じてきた貴女にとって、異文化環境は特別なことではないのかもしれない。

高校に入って初めての友人宅での大きなパーティー。帰宅は真夜中になると知り、母親として不安になり、数々の質問をしたよね。そうしたら、「私はママの娘なのよ。ママ、私を信じて。」貴女はそう言ってのけた。ママは、頬を殴られる思いがし、はっとした。そう。ママは貴女をいつだって信じていたし、信じているし、これからも信じていくよ。

ママの娘なんだから、危ういこともあろうと思う。
不安に押し潰されることもあろうと思う。

まあ、取り敢えずは、ママだったらどうするだろうか、って考えてみてね。
そうすると、きっと新たな道が見つかると思うよ。

堂々とこれからは一緒にシャンペンが飲めるね。先ずは乾杯しようか。
貴女の20歳を。

誕生日、おめでとう。





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2017年11月5日日曜日

18歳になった君に






ここに、小さなタンブラーがある。

軽いけれど、真空二重構造。
チタンは固くて、成形する上ですぐに割れてしまうといった困難さがつきまとう。
そういった様々な困難を克服したエンジニアたちの努力の賜物が、このチタンのタンブラー。
高度な加工技術により機能性を重んじることで、美がもたらされ、持つ人の魂をも揺さぶる。

君の好きな氷水を入れてみよう。
保冷性はもちろん、手にしても結露しない表面。冷たさを感じない心地よさ。
今度は熱い紅茶を入れてみようか。
優れた保温性に驚くだけでなく、手にして優しい温もりにはっとするだろう。

君の18歳の誕生日に、この小さなチタンのタンブラーを贈ろう。

この小さなタンブラーの中に、
君はどんな世界を見出すだろう。
どんな世界を取り込むだろうか。

誕生日、おめでとう。




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2017年11月1日水曜日

必然的偶然








冬時間になることで、一時間分だけ時計の針を戻す。これで日本との時差は8時間。

いつもより、ちょっとお腹が空くタイミングが早くなることと、いつもより、眠くなるタイミングが早くなるだけのこと。

そんなことなのに、疲れが澱のように溜まってしまう。きっと、これまでよりも一時間遅く眠ることに、身体がついていけないのだろう。このところ、毎日帰りが遅くなっていたことも要因か。

追い打ちを掛けるように、電車の路線上の問題で、何回も乗り換えをし、いつも以上に時間をかけての出社となってしまう。

いつもとは違う出口で降りて、地上に出て見ると、朝日が眩しい。







丁度、「LIBERTE」の文字に光線が当たっている。思わず立ち竦んでしまう。この光景を見るがために、電車の問題があったのかとさえ思えてしまう。

必然的偶然。。。

背筋を伸ばして、新たな一歩を踏み出す。





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2017年10月28日土曜日

鉛色の息




久しぶりの笑顔。大勢の中からもすぐに見つけられる。
ちょうど隣の席が空いていることの必然的偶然に酔いしれながら、隣に座る。
それなのに会話が始まらない。気持ちが空回りして、一人でもがいて押し潰されそうになる。

と、目が覚める。


夢だったのか。


鉛色の息を一つ吐く。




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2017年10月22日日曜日

車上荒らし








早朝から出掛ける末娘バッタを車で送ることになり、さて乗るぞ、という段階で彼女が大声を上げる。

「ママっぁ!」

ん?助手席を見てみると、書類やCDが散らばっている。え?床にはサイドボードに入っていた筈の自動車の解説書が出ている。あれれぇ?地図、観光ガイド、住所のメモ、あらゆるものが外に出ている。

車上荒らし!
よくよく考えると、携帯の充電コードがなくなっている。もう古くなって、機能しなくなったトムトムもない。

とにかく、末娘バッタを送らねば。胸の鼓動を抑えつつも、エンジンを駆ける。バックミラーの脇に取り付けてある、高速・駐車サービス利用探知カードは無事。

ドアの鍵が壊されたり、ガラスが割れていたわけでもないので、恐らく、いや、明らかに、車の鍵が掛かっていなかったのだろう。銀行の明細書の通知が、開封されずに残っていた。つまり、所有主が割れてしまったいる。なんだろう、このいやらしさ。誰だか顔が見えない相手に、プライベートな部分を無理やり見られた後味の悪さ。

引っ越してきた最初の夏。朝起きてみると、地下室への扉が開いているので不審に思ってキッチンに入ると、椅子の周りが濡れていたのでぎょっとしたことを思い出す。前夜は雨。まさかの泥棒。寝室においてあったリュックがないことに気が付いた時の恐怖。私が寝ている部屋に侵入したなんて!不幸中の幸いは、バッタ達はパパと海に遊びに行っていて、私一人だったこと。現金と、棚にあった腕時計を盗まれていて、リュックやハンドバック、財布は裏庭に置かれていた。カードもパスポートも無事。

暑い夏で、庭に面したサロンの窓が少し開いていて、そこから侵入したらしい。開いていたから、覗きに入ったのか、或いは、開いていなかったら鍵を壊してでも侵入したのか。

今回の件も、路上にロックしないで駐車しておいた私がいけないのだが、普通は他人の車なのだから、たとえ鍵が開いていても乗らないだろう。

いや、やはりズボラな私が悪いのか。

そういえば、何年か前に、台湾の妹のところにバッタ達が遊びに行った時のこと。妹はバッタ達を連れて、自分の子供の学校のお迎えに車で向かった。通りで仙草ゼリーをおやつに買おうと、ちょっと車を停めて、皆でお店に向かい、戻ったところ、どうも車の様子が違う。あれれ?と、ふと前を見ると、彼女の古い、ちっちゃいミニが停まっているではないか!おおっ。妹は慌ててバッタ達をせかして外に出る。と、本当の所有者が子供達を連れて戻って来た。確か、お互いに大笑いをして別れたのだと思うが、そんなこともあるのだね、とバッタ達から話を聞いてびっくりしたもの。古さも、汚さも、色も、そっくりだったらしい。

その話を思い出して、ふと思う。

ひょっとしたら車上荒らしの相手も、最初はそんなつもりはなかったのかもしれない。よくある車種に、よくある色。自分の車かと思って、入ったところ、違うぞ、と。

いずれにしても、車のロックはどんな時でも掛けよう。家の鍵もしかり。と、ふと動くはずのないカーテンが揺れている。なんと、窓がちょこっとだけ開いている。私か?うーむ。車上荒らしだけで済んで良かったのかもしれない。

皆様も、どうぞお気をつけあれ。





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2017年10月21日土曜日

蔦紅葉







最近バスが定刻通りに来るので、急いで外に出て見ると満天の星空。

夜はまだ明けきれていない。これで夏時間に終わりを告げたら、一気に冬が近づくのだろう。前夜の風の激しさからか、通りに面した扉が大きく開け放たれている。

秋が来たのか。

独り言つ。





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2017年10月14日土曜日

お好み焼きの香り








先週の金曜の夜は友人の誕生日で、彼女の家族と一緒に友人宅でパーティー。翌朝、豪華な朝食を楽しんで帰宅。土曜の夜はパリで観劇。日曜の夜からドイツに引っ越した友人が木曜のお昼まで我が家に滞在。そして、今度の金曜の夜は中国旅行に行った友人たちと中華料理を持ち寄ってのパーティー。翌朝は中国粥。土曜の午前中はパリのサロンに参加し、午後から友人たちと今取り組んでいるテーマについて語り合う。そして、日曜はバイオリンのコンサート。

もうすぐ16歳になる末娘バッタのスケジュール。高校二年生だから、当然、朝8時から夕方5時まで授業。これって、やり過ぎではないか。ドイツからの友人がいたから、ロッククライミングやバドミントンのクラブ活動は休んだらしいが、ちゃんと勉強はできているのだろうか。

最近は、オンラインで子供の宿題や成績が分かるシステムになっている。ふと覗いてみると、生物で失敗をしている。数学や物理の試験については、なんだかんだと言っていたが、生物については聞いていなかった。テーマは染色体。染色体なら私の得意分野(過去のことだが)。一言聞いてくれれば良かったのに。そう思いながら、帰宅してみると、キッチンでキャベツの千切りをしている最中。どうやら夕食はお好み焼き。

お好み焼きを焼きつつも、未だ粉をはたいているところを見ると、翌日の持ち寄りパーティーの一品を作っている様子。

先日、教師を批判していたことを先ずはやんわりと正す。バイオリンの師が良く言うではないか。上手になる早道は素直になることだ、と。それから、生物の試験について触れる。気が付くと、彼女の生活態度、余りの余裕のないスケジュールを指摘し、せめて土曜のサロンは行かないようにと勧めてみる。サロンと言っても進学サロンで、どこが主催しているのかも曖昧。友達同士で参加するらしいが、大した収穫も望めまいと思っていた。

と、末娘バッタの表情が硬くなり、返事もつっけんどん。そうなると、こちらも、畳みかけるように日頃思っていることを指摘し出す。あなたのためを思って言っているのよ、との言葉を忘れずに付け加える。

するとどうだろう。彼女がすっと立ち上がって手を天に突き上げるようにし、「ママ!私はママが応援してくれなきゃ、だめなの。」そう叫んだ。

「パパは私がしたいことを何でも否定する。話し合いなんか一回もない。いつも決めつけられてしまう。駄目だと言われると、すごく嫌になるの。素直に受け入れられない。だから、そういうやり方はしないで。」

ママだって応援したいけど、あなたがすることを全て良いね!と言ってばかりもいられないのよ。

「そんな時は、話し合えばいいの。」

うん。まあ。分かるけどね。

しかし、彼女の言葉は胸に響いた。親はいつだって子供の味方じゃないか。いつだって応援している。父親だって同じだろう。しかし、彼女には、親の心配や示唆が彼女のやろうとしていることを全否定していると映ってしまうのだろう。そして、恐らく、それは、そう間違ってはいない。確かに、私は彼女がやろうとしていることが、彼女にとって余りに大変そうだからと、勝手に彼女の立場になって考えて、意見をしていた。

どうなのだろうか。金曜の夜、いつも友人宅で泊まってきて、翌日は寝不足で使い物にならない中、今度はまた別の活動をし、その翌日には一日中また別の行事が目白押し。それってすごいプレッシャーにならないだろうか。のんびりと壁をつたう蔦の葉が色を変えている様を楽しむ時間も必要じゃあないのか。

まあ、それはお節介というものなのだろうか。

参りました。そりゃあ、ママは貴女のことを応援しているよ。さあ、いってらっしゃい。
お好み焼きの良い香りがキッチンを満たす。




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2017年10月8日日曜日

黄金の粒







発見は一人の時が多い。
何も考えずに、いや、考え事をしながら歩いていて、気が付くととんとんと歩くテンポで何もかもが上手くテトリスの様に収まってしまったかのように感じられ、頭が空っぽになっている時に、往々にして発見が訪れる。

といっても、そう大袈裟なことではない。

見上げると、そこに何十年と枝葉を広げ、夏には緑の木陰を作り、秋には目にも鮮やかな黄色の葉で道行く人の足を止めるであろう銀杏の木。

この地に引っ越したのは長女バッタが小学校に上がる年。その彼女がこの11月には二十歳になるのだから、早14年の月日が流れている。間違いなく少なくとも13回は秋が訪れ、今、14回目の秋が訪れようとしている。

14回目の秋にして、その枝に鈴なりに銀杏の実がなっていることに気が付く。

発見。

これまで、何度この下を通っただろう。ちょうどベンチも近くにあり、公園からバッタ達と自転車で帰ってくる途中、三輪車で頑張って追いつこうとする末娘バッタを待ったことがあったかもしれない。

発見した内容ではなく、むしろ今頃発見したという事実に驚いてしまう。

これまで、実がなったことはなかったのだろうか。

気になりながらも数週間が過ぎ、ふと通りがかった昨日、思った通り、木の下には黄色い実が転がっていて、誰もとった形跡はない。一つ手に取ると、たっぽたぽに熟した実から、ぴゅーっとジュースが出てくる。

銀杏並木。大学のキャンパスを思い出そうにも、思い出せない。銀杏を拾った記憶さえないので、恐らくそんなことはしなかったのだろう。銀杏を拾うことよりも、もっと別なことに気を取られていたのだろう、あの頃。

独特の香りを放つことから、ご近所さんは誰も拾わないのかもしれない。或いは、学生時代の私のように、もっと別なことに気を取られているのかもしれない。

夢中になって拾った実は片手からこぼれんばかり。

新たな発見は、時として、自分自身の姿勢によってもたらされるものなのかもしれない。

さて、この黄金の粒をバッタ達に味わってもらわねば。
バッタ達に次に会う時まで、美味しく保存しておく方法を考え始める。彼らが一緒に住んでいた時に巡り合わなかった、その不思議さをもどかしく思いつつ、銀杏一粒にさえ、運命を感じる滑稽さに苦笑しつつ。







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2017年10月7日土曜日

我は宇宙の一部なり








外に出て見ると、もう夕暮れ迫り、刻一刻と空の色が変化していっている。

依頼されて手伝いに駆けつけたものの、ちっとも役立たずで、むしろ邪魔者扱い。こんなことなら、無理しなくても良かったのにな、とぼやきながらの数時間だっただけに、一瞬にして心が晴れ上がってしまう。

きっと、この夕焼け空を見るために、この変なミッションが突然にして転がりこんできたのだろうな、と運命的なことを思ってしまう。

この世の中には無駄なことは一切ない。本当にそう信じることができる一瞬。
自分が宇宙の一部分であることを意識する瞬間。



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2017年10月4日水曜日

月明かりに








君の知り合いの弁護士に聞いてみてくれないか。

来週月曜の裁判を控え、頼みにしていた弁護士が遠方であることもあり、費用として余りに高額を要求するので、困っている。そう上司から言われたのが昨日。

あまりに乱暴。それでも、困っていることは良く分かっているので、知り合いの弁護士に連絡を入れる。



厳密にいえば、バッタ達の父親の友人。彼が弁護士だから友人になったのではなく、友人が弁護士だったということだが、彼が初めて我が家に訪れた日を今でも覚えている。長女バッタが誕生して、病院から戻ってすぐのことだった。

あれから、息子バッタ、末娘バッタが家族の仲間入りをし、パパの友人として皆一緒に会う機会が何度かあった。森の中でのピクニック。友人宅でのバーベキュー。彼の子供たちはバッタ達よりも、ちょっと大きくて、眩しい存在だった。いつか、彼等のように大きくなるのだろうな、と。

父親の友人だからこそ、我々の離婚の時には、彼が父親の弁護士として現れた。

父親とは口をきくのもうんざりしていたし、彼が父親の弁護士であると聞くと、長女バッタの誕生の日々が思い出され、気持ちは非常に落ち込んだものだった。ところが、事前交渉の場や、裁判所で彼は私に会うと、最愛の友人に出会ったかの様に抱きしめ、両頬にキスをした。その様子を見て、私の弁護士は目を丸くして驚いたことを今でも覚えている。

あの頃は、闘う意志など何もなく、ただ、ただ、終わって欲しかった。父親の提案、要求をすべて受け入れる私を見て、私の弁護士は呆れて、最後には私から報酬を得るのさえ、申し訳ないと言ったほどだった。

父親の話など聞きたくもなかったが、友人の話になると、耳を傾けた。子供たちにとって父親の存在は大切なこと。父親が子供達にとって彼ができうる範囲で最善のことをしようとしていること。離婚をしても、父親、母親として、我々二人が子供達にとって最善の選択をしていくであろうことを前提とし、全てが決められていった。裁判の公証人でさえ、本当にマダムはこの内容で良いのですか、と聞き返したぐらいだった。

あの時、私の弁護士の主張に耳を傾け、父親からの提案を撥ねつけ、高額の手当を受け取り、相当有利な条件を勝ち取っていたとしたら、どうだったであろう。憎しみしか残らなかったかもしれない。

父親を信じるというより、穏やかな彼の言葉にすがった。父親が子供達にとって最善のことをする、という言葉に。そして、彼は決して間違っていなかった。

私の知り合いの弁護士とは、私の離婚を担当した弁護士ではなく、父親の弁護を担当した人物。



彼は、忙しいだろうのに、すぐに時間を空けてくれ、会ってくれた。十数年前と同じに、最愛の友人に出会ったように抱きしめ、両頬にキスをした。月曜には裁判にも出廷してくれると言う。報酬について相談すると、会社の経営状態が思わしくないからこそ、救済措置を申請するのであって、そんな状態の企業に請求はしない、と一言。いつか経営状態が良くなったら、その時話し合おうじゃないか、と。

まったく、何という人道的な精神の持ち主なのだろうか。

会社の問題とは言え、張りつめていた思いが一気に緩み、思わず涙ぐんでしまう。

そうして、彼のお蔭で、バッタ達も、彼等の父親も、私も、我々皆が救われたことに思い至る。



いつか、彼に恩返しをすることができるだろうか。

せめて、この社会に恩返しをしていくことが、彼に対する最大のお礼のような気がしてならない。

今宵はひときわ明るい月夜。月明かりが心の深い奥まで届きそうな晩。
一人目を閉じる。











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2017年9月29日金曜日

カルチャーショック






祖国を離れて何年になるのだろう。長女バッタが今年の11月には二十歳になるのだから、既にこちらでの生活の方が長くなっている。それなのに、時々文化の違いに愕然とすることがある。

二年ほど前、丁度末娘バッタが中学三年になった時だろうか。夕方のバイオリンのレッスンの帰りで、車の中には息子バッタも一緒だった。確か、彼女のクラスの友達が家でクラス全員を呼んでのパーティーを催す予定だったが、実は両親ともに、その日は不在の予定で、当然親も知らされていない内緒のパーティーとなる筈だった。ところが、ひょんなことで母親の知るところとなり、慌てて母親がクラスの親全員にパーティーキャンセルの連絡をするという事件があった。

バッタ達が通う学校は14ヶ国の生徒が集う国際色豊かな環境にある。当然、皆自国のカルチャーを濃く引きずりつつも、フランス人として学んでいる。それでも、ラテン系の生徒達は幼いころから飲酒に全く抵抗がない。煙草も然り。ドラッグに全く抵抗のない生徒達もいる。従い、どうやら高校生にもなれば、ちょっとしたドラッグもパーティーには余興として付き物らしいことは、先輩ママ達から聞かされていた。高校生のパーティーにはアルコール、ドラッグ、そしてセックスは当然ある、と。非常に開放的で寛大な香港人の親友などでさえ、高校生の娘のパーティーでウォッカを数本取り上げたという話を聞いていた。

ママは皆のことを信頼しているけど、最近の皆のパーティーにはアルコール、ドラッグ、そしてセックスが付きものらしいじゃない。

そう言った途端、当時中学3年の末娘バッタから攻撃を受けた。

「ママ。タバコやドラッグがいけないのは分かるよ。やめられなくなるし、何といっても健康に悪いよね。でも、なんでセックスが同じように扱われるの?セックスって、身体に悪いわけじゃないでしょう?ママ、変なの。」

思わず、急ブレーキを踏みそうになる。
なんだって?

「避妊しなきゃいけないってことは十分知っているよ。学校でもコンドームは配るしね。」

ママは口がきけない。ちょっと待ってよ。
それで、息子バッタはどう思うのよ。

当時高校2年の彼は世界の全ての苦悩を背負っているような様子だったが、日本って、本当におかしいよね、と語り始める。こちらの夏休みが6月から始まることから、日本の学校に体験入学をしていたバッタ達だったが、夏休みを前にした生活指導の時間を振り返り、変な指導内容だったと言う。制服の着用、名札をつけるなど、細かい指導があり、加えて異性不純行為は駄目。一体それが何を意味するか細かい説明はなし。どうやら内容は20年前と大して変わていない様子に笑いが漏れる。

大騒ぎをし動揺しているママを見て、末娘バッタの方がショックらしく、ママ、やっぱり変だよ、と。別に、だから、誰彼構わずセックスするわけじゃないけど、セックスって、悪いことじゃないでしょう?

ああ、我が子よ。そうだねぇ。。。

あれから2年。末娘バッタにはどうやらボーイフレンドが出来たらしい。

彼の誕生日に呼ばれたとかで、昨日は夜遅くまでチョコレートケーキを作っていた。しかも、沢山のレシピを比較検討しながら。それから、短冊を作り、何やら一首を書き認めていた。彼が日本語が読めるわけではないだろうが、へええと、どんな歌を書いているのが覗いてみる。

世紀のプレイボーイ、在原業平の一首。ところが恋心を謳ったものでもなく、ママとしては、かなりびっくり。色彩感覚あふれ、秋にぴったりの一首。

なんだか、拍子抜け。しかし、わざわざ日本の平安時代の歌を彼に書いてあげるなんて!どうやって説明するんだろうか。何だか、ほのぼのとしてくる。しかし、それこそ、彼にとってカルチャーショックではないだろうか。

ちょっと、いや、大いに嬉しくなる。





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2017年9月24日日曜日

宇宙の果てまで








一人で散歩をするのも悪くない。久々の秋晴れに汗ばむほどで、木陰にリスの姿を見つけ思わず立ち止まってしまう。真っ赤な尻尾が楽し気に動いている。

夕陽に染まる大空を見たかった。

思った通り空は澄んでいて、あちこちで天使が舞い降りてきそうな雲と光の演出が楽しめる。日が落ちるには、それでももう少しある。ゆっくりと坂を下りていくと、そこはコスモス畑が広がっていた。






夢中になって写真を撮っていると、自転車で夕暮れ時の散歩を楽しんでいた初老の男性に声を掛けられる。

「いやに熱心に写真を撮っているようだけど、この花の名前はご存知か?」

「勿論です。コ、ス、モ、ス。コスモスです。」

「これは如何なることよ!ラテン語で宇宙のことではないか!」

確かに、コスモス、宇宙のことを指す。田舎で秋になれば、道端に咲いていたコスモスと、この地球をも包含する宇宙とを結び付けて考えることは、これまでなかった。

男性は、「コ、ス、モ、ス。いい名前だ。コ、ス、モ、ス。」と呟きながら、行ってしまった。

残されて、一人、宇宙の果てまで思いを馳せる。果て?そんなものはあるのか、ないのか。

目の前にあるのは、そろそろ夕陽色に染まってきた、可憐で儚い花びらをつけたコスモスの群れ。












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2017年9月23日土曜日

I’ll see you when I see you.








「会いたい。」
なんて無責任な言葉なんだろう。

会いたいから、あらゆる障害を取り除くべく努力し、会いに来る、
なんてないことが分かり、
会いたいから、あらゆる障害を取り除くべく努力を促し、会いに来てもらう、
なんてこともないことが分かると、
不誠実さをなじりたくなるも、実は何の約束もしていない言葉であることに気が付いてしまう。

会いたい気持ちに偽りはないが、会うための努力をする程のこともないということか。

それでも、久しぶりに連絡があり、「長いこと何の知らせもないから、どうしているかなと思って」などと書いてあると、興ざめもいいところで、そんなものなのか、と思ってしまう。

まあ、確かに、そんなものなのだろう。

そう、それでいい。
I’ll see you when I see you.





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2017年9月18日月曜日

秋の訪れ








予期していなかった感覚が、その空間に足を入れた途端、襲ってきた。螺旋階段の先にある丸い天井から無数の光の粒が降り落ちる中、身震いする程だった。

9月と思えない寒さで、息が白く見える程だった朝。歴史的建造物を一般に無料公開するという歴史と文化を重んじる当国らしい計らいで、パリは勿論、地方自治体は挙って各地が誇る、通常は門戸を閉じている場を公にしていた。

20世紀初頭に建造された、現在上層階を改修工事中という建物をゆっくりと一周し、親子連れが若い学生バイトに案内されている様子を微笑ましく眺め、表の玄関ではなく、塔の入り口から中に入った時だった。







そこは時間が止まったかのように、大理石の階段がひっそりと佇んでいた。確かめるように階段を上がると、二階には行けないように閉鎖されていて、それでも滑らかに階段は螺旋状に上に伸びており、天井の丸い窓から、光の粒が無数に降ってきていた。

突然、近くに人の気配を感じた。連れ添った歩く人影。引き込まれるように建物の中に入り込めば、長く延びた廊下にも、秋の日差しが植木鉢の真っ赤な花びらを透明にしているサロンにも、その人影はあちこちにあった。

遂に私達は過去になってしまったのか!
呆然としながらも、交錯する真剣に討論する姿、笑い合う姿、ふざけ合う姿、悩み合う姿を目で追う。

散り散りになった仲間を思い、I miss usの言葉が口から洩れた。

外に出ると眩しい程の太陽と透明な青空が広がっていたが、肌を刺すような冷たい風は何も告げてはいなかった。

秋だけがそこにあった。





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2017年9月10日日曜日

終わりは新たな始まり







早朝のキッチンに足を入れる。窓の向こうは未だ薄暗い。緯度の高いこの地では秋の気配が一気に忍び込む。そして、どうやら外は雨模様。

こぽこぽと優しい音を立ててイタリアスタイルの直火式サイフォンが、ペルー産珈琲のふくよかな香りをキッチン中にもたらしてくれている。長女バッタが作って行ったクエッチのジャムをたっぷり入れて食べるヨーグルトが、このところ週末の朝の楽しみになっていた。

ヨーグルトを出そうと冷蔵庫を開けて、妙な違和感を覚える。外気との温度差が感じられない。夏はキーンとする程冷たくなっていて、目をしかめる程だったのだが、それ程気温が下がっているのだろうか。ありえない。冷蔵庫の奥にあるパネルに手を当てると、ちっとも冷たくない。しかし、電源が切れていないことは、庫内の灯りが付いていることで確認できていた。いつもの地すべりの様な音がしないことに漸く気が付く。

そうか。遂に動かなくなったのか。

冷蔵庫の中身の心配や、霜取りなど随分しておらず、冷凍庫の霜の処理などへの懸念はすぐには襲ってこなかった。それよりも、来るべき時がやって来たとの感慨が強い。

この冷蔵・冷凍庫は元の家主のものであった。システムキッチンだったことからも、オーブンも食器洗い機も全て残してくれていた。

10年以上も前になる、未だ元の家主が家主であった頃、バッタ達とその父親と5人で家を見学した時の思い出が甦る。

出来たらキッチンやお風呂場を改装して入居したかった。特にキッチンは家主が一生懸命考え抜いて、選び抜いた素材や設計であったが、落ち着いた茶色のウッド貴重のスタイルで、以前パリで改装した際のメタリックなダークアボガド色のトーンに変えたかったし、恐らく家の中でも一番長くいるであろう空間を、自分たちで作り上げたものにしたかった。せめて壁紙だけでも変えたかった。ここは、こうしたら、と私がバッタ達の父親に話を始めると、その場にいた家主のマダムと結婚して既にパリに住んでいる娘が大声で異論を唱え始めた。こんなに素敵で問題が一切ないキッチンに手を入れるのか、と。

その気持ちは痛い程分かる。遠い昔、パリの小さなアパートのキッチンとお風呂場を改装したが、四年後には引っ越しとなった。書類を取りにアパートの管理人のところに寄った際、新たに入った住人が全て取り壊し、オフホワイトの今でも手触りを覚えている、清水の舞台から飛び降りる思いで買ったトイレが取り外され、キッチンも大きな鏡も全て壊してしまった残骸を目の当たりにして、悲しさを通り越して憤る思いをしていた。今でも、あの時、捨ててあったトイレを持ってくれば良かったと後悔している程である。ただ、その後の引っ越しで、高さ3メートル以上のサロンのカーテンを作り、胸痛むからと次の引っ越しの際に全て持ってきたが、今ではこの家の地下室にそれこそ箪笥の肥やしとなって眠っている。カーテンバーも然り。あれが日の目を見ることはあるのだろうか。

話が逸れたが、あの時の親子も、せっかくの自分たちにとって最高のキッチンを壊すのか、との思いが強かったのだろう。

彼等の反応よりも、バッタの父親の反応の方が意外だった。これまでは、引っ越しをする度に自分たちで壁を塗り替えたり、それこそ、キッチンやお風呂場を改装してきた。ところが、今回に限っては特に何もしないでいいだろうという。確かに、あの時は仕事も尋常ではない程大変であったし、銀行ローンを考えると、できるだけ出費は最小限に抑えたいところであった。それでも、かなりがっかりしたことを覚えている。小さなキッチンにあるテーブルでは、いかにバッタ達が小さかったとは言え、家族5人が座れる場所はなかった。

まあ、そう感傷的になる話でもあるまい。実際に資金面ではぎりぎりだったし、その後取り敢えず小さなテーブルと椅子を買って5人仲良く座れることになったし、サロンには大きな伸縮式の木目調のテーブルを購入していた。二階の寝室は全てフローリングに変えたので、それもそれで出費ではあった。

いずれにせよ、あの時変えなかった元の家主の冷蔵・冷凍庫が遂に終わりを遂げてしまう。持ち主が変わって霜取りをしなくなったからだろうが、冷凍機能が非常に良くなく、バッタ達からは新しい冷凍庫の購入を時々せがまれていた。以前は一週間分の肉や魚を冷凍していた時期もあったので、矢張り手抜きメンテが要因だろう。ただ、どうしても未だ動いている冷凍・冷蔵庫をお釈迦にし、新たに購入することは憚られていた。バッタ達は最新モデルが如何に電力を消費しないか、何度か説明してくれていた。

5年前にはオーブンが動かなくなり、新しく購入している。今度は冷凍・冷蔵庫の番。こんなことなら、未だ息子バッタが住んでいる時に新しいものに替えてあげればよかったと、ちくりと胸が痛む。

全てのことには永遠はなく、寿命というものがあり、終わりがある。そして、その終わりは新たな始まりでもあるのだという、いかにも陳腐なことながら、それを身をもって体験することで、一層理解が深まっていく。こうして、暫くは冷蔵庫のない生活に。

それも悪くはないだろう。
外は冷えた空気が秋を告げている。さあ、珈琲を淹れようか。





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2017年9月9日土曜日

散歩道






不思議なもので、10年以上も住んでいながら今頃になって庭の片隅に枇杷の大木があることに気が付くことがある。7月には山吹色のふっくらとした実をたわたにつけ、つややかな茶色の大きな種を幾つも宿した、甘酸っぱい果実を口にした時の驚きといったらどうだろう。

鬱蒼とした森の中を走り抜ける自転車コースも然り。息子バッタが夏の夕食後に、未だ明るい日差しの中を小一時間ぐらい走っていることは知っていた。一度一緒に行ってみると、いつもの山道をちょっと入り、鬱蒼とした森の中に幾つものピストがあり、好き勝手に選びながらも迷わずに、ちゃんと家路につける息子バッタの記憶力の良さというか、感の良さには舌を巻いた。それよりも何よりも、夜の帳が下りる前の夏の日、漸く静まりかけた暑さを身体にまとい、森の中を自転車で走る爽快さといったら。どうして今まで気づかなかったのだろうか。

近くの小川が流れる散歩道も然り。末娘バッタといつもの日曜の午後の散歩の時に、ちょっと足を延ばしてみるとどうだろう。ゴルフコースが大きく開けていて、大きなプール付きの緑の芝生が眩しい一軒家や貯水池、トマトやナスが賑やかな畑が続き、隣村の森に抜けている。イソップ物語に出てきそうな山葡萄、昔懐かしいグミの実(小学校の帰り道、季節になると口を真っ赤に寄り道したことを思い出す)、ブラックベリーが賑やかに彩ってくれている。嬉しい発見。

この5キロ程度の山道を、この夏帰省した長女バッタ、高校を卒業し全寮制のプレパに行く息子バッタ、そして高校2年に進学する末娘バッタ、このバッタ達とそれぞれ違う日に散歩する機会に恵まれた。

長女バッタとは葡萄を味見し、息子バッタとはブラックベリーを楽しみ、末娘バッタとは葡萄もブラックベリーも味わった。三人三様ながらブルーベリーを更に小さくした実を見つけた時の反応がそれぞれ違って面白かった。パピー(おじいちゃん)が食べられないって言っていたよ、とは長女バッタ。パピーが食べちゃいけないって言っていたよ、とは末娘バッタ。食べたたけど酸っぱくて美味しくないよ、とは息子バッタ。

自然が厳しいブルターニュの小さな島で、パピーと散歩しているバッタ達が目に浮かぶ。確かにあそこには自然のベリーがあちこちにあった。膝下のベリーは小動物が印を付けている可能性が高いから、食べないようにとバッタ達の父親に言われた記憶が甦る。彼は父親、つまりパピーから言われたのだろうし、経験論でもあったのだろう。こうして世代から世代に受け継がれるものかと、微笑ましい。

バッタ達のうち、既に2匹が飛び立っていった。もう彼らとは同じ屋根の下で生活を共にすることはないのかと思うと、愕然とする。我が身を振り返れば、16歳で一年間オーストラリアに行き、19歳で大学に行くために東京に出てからは、一度も実家で「生活」することはなかったし、それについて考えたこともなかった。バッタ達も、きっと、ママとの生活が終わったことに思いを馳せることさえしないのだろう。









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2017年9月2日土曜日

彼の地の飲み物






ドリンク特集。






チチャモラーダ!紫トウモロコシのジュース





材料の紫トウモロコシ!





クスコのビール、クスケーニャ。





インカコーラ。
息子バッタが、長女バッタや友達にお土産、と数本購入。ところが、今でも冷蔵庫に数本転がっている。どうも、あまりに化学飲料そのものの色に恐れをなし、反応が今一とか。せっかくの思い出の飲み物にケチをつけられるのも本望ではない、というところか。高校一年の時にオーストラリアに留学した際、友達が煎餅の海苔を見て、これは何?と言うので、海藻の一種だと説明したところ、海の雑草を食べるのかと酷く驚かれ、傷ついたことを思い出す。





サボテンの実のジュースと、シャーベット。




コカ茶


おまけのスナック、食事編。












ペルー紀行
 第一話  インカの末裔
 第二話  マチュピチュを目指して
 第三話  真っ暗闇の車窓    
 第四話  静かな声の男
 第五話  さあ、いざ行かん
 第六話  空中の楼閣を天空から俯瞰
 第七話  再び、静かな声の男登場
 第八話  インポッシブルミッション
 第九話  星降る夜
 第十話  インカの帝都
 第十一話 パチャママに感謝して
 第十二話 標高3400mでのピスコサワー
 第十三話 アンデスのシスティーナ礼拝堂
 第十四話 クスコ教員ストライキ
 第十五話 高く聳えるビラコチャ神殿
 第十六話 標高4335mで出会った笑顔
 第十七話 プカラのメルカド
 第十八話 標高3850メートルの湖上の民
 第十九話 ゆく河の流れは絶えずして
 第二十話 コカの葉を噛みながら
 第二十一話  4000メートルの谷を覗き込む
 第二十二話  サボテンの実
 第二十三話  陰翳礼讃
 第二十四話  ナスカの地上絵
 第二十五話 霧の街、リマのメルカド




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