2012年10月29日月曜日

今宵は翻訳家を気取って




昔、そう、まだ若くて傲慢で、世界が自分の力でどうとでも動くなどと思っていた頃、
通訳や翻訳の仕事に関して、勘違いしていた。

誰かの意見を伝えるのではなく、
自分の意見を伝えたり、主張する、
そんな立場になりたい、などと思っていた。

それでも、
高校の時にノートの切れ端に書かれた文章の、真の意味が知りたくて、
手元の辞書では物足りずに、
機会があれば、色々な図書館に行っては調べ、
一つの言葉がもたらす多くの可能性を味わい、
けれど、決して探している意味合いにぶつからないことに悶々とし、
それでも、かすかな期待を持ちながら、
大学に入ると、立派な図書館に胸をときめかせて、
そこに置いてある重い百科事典のようなものを持ち出しては、
徹底的に調べたことがある。

その語句たるや、『might』。
例の彼が別れの前日にノートの切れ端に記してくれた数行の一部。(関連記事:初恋の相手との再会
I might love you.
何故、彼は、そこで、『might』を使ったのか。
いや、実は答えは単純であった。
でも、と、当時の真面目な高校生の私は自問する。
ひょっとしたら深い意味があるのかもしれない。

その当時の、アドレードの若者達での会話で頻繁に使われていた助動詞の一つであったのかもしれない。
いや、恐らく、ストレートな言い方ではなく、
やんわりと、若者の恥じらいと、
相手から否定されることを恐れての自己防御の気持ちも働いての助動詞かもしれない。
しかも、過去形にして、かなり遠まわしにして、牽制している。

なんて、今なら分析できる。

でも、当時、それこそ、筆跡からも何らかの特別な意味を読み取ろうなんて思っており、
とにかく、手がかりが欲しかった。

それから連絡不通となる相手だからこそ。

そう思うと、その当時から、翻訳という仕事の重み、大変さは十分認識していたかもしれない。

そんなことは最早どうでも良い。
さて、これをどう訳そうか。

もう二日前にもらったメールの最後のパラグラフの訳に、ひっかかっていた。

学生風に訳してみると、

僕達の、このチームが今後どうなるか、僕には分からないよ。ただ、やれる範囲で精一杯のことをしてきている、そう言えると思う。君は、その中でとても重要な役割を演じているよ。皆が君にお礼を言わなきゃならないと思う。
僕は僕で、君にお礼を言わなきゃ。君が僕に注いでくれる特別な感情に対して。僕にとって貴重なものであり、君に対しても同じように感じている。
このことによって、僕達はより強くなれるし、より美しくなれる。

微妙なことは、最後の『僕達』が、一体、チーム全体を指しているのか、或いは、僕と君、二人を指しているのか、ということ。それによって、その前の文章の『特別な感情』という訳も変わってくる。因みに、原文では『affection』が使われている。

もっと穿った見方をすれば、今の状態ならお互いに強くなれるし、それこそ美しい関係と言える。このことに感謝し、大切にしよう、と、言っているのか。
これ以上、近づいてくれるな、との牽制か。

考え過ぎかもしれないが、
これ以上の手を出すつもりもなし、
相手から別の手が出てくることを待つつもりもないし、
出てくるわけもないので、
それこそ、今のこの状態を暫し楽しんでみたいといったところ。

夜は始まったばかり。
翻訳家を気取って、行変えの意味、使われている語句の意味を味わい、行間を読み取り、
多くの可能性を探ってみようか。

大人になる、とは、余裕を持つ、ということなのかもしれない。

。。。
さて、今宵の訳は、こんな感じでどうだろう。


我々のチームが今後どうなるかまでは、分からない。だけど、取り敢えずは、出来る範囲で精一杯のことをしてきていると自負して良いと思う。君は、その中でも非常に重要な役割を担ってくれている。そのことに、チーム全体が感謝すべきだと感じている。ありがとう。それとは別に、私に対する君の思いをとても嬉しく感じている。私の君への思いも同じものだと思ってもらっていい。お互いを慕いあうことで強くなれる。そのこと自体、美しいことだと思う。




関連記事: 
マンゴ カルナンデ
Life is busy and going on and on  
逡巡  
思わぬ展開


  にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村

↑ クリックして応援してくださると嬉しいです
皆さんからのコメント楽しみにしています。


2012年10月24日水曜日

いつか忘れられた本の墓場の話をしよう




どうも心が重かった。
週末、二回に一度の割合で、バッタ達がパパのところに行くことは、
これはもう決まりだから、あれこれ言わないことにしているし、
考えもしないことにしている。

でも勝手にパパがパリに行ったのだから、
そのために、バッタ達が友達からの誕生会の誘いや、サッカーの試合、バイオリンのコンサートに参加できないのって、
ちょっと違うと思う。

誕生会が続いてしまって、二度ほどパパのところに行けなかった息子バッタ。

次のパパとの週末に、なんと、日曜の朝がサッカーの試合となってしまう。

昔むかし、スーパーで落ちているじゃが芋を蹴っている息子バッタを見て、
ああ、この子は、こんなにもサッカーが好きなのかと驚いたが、
(実は、それから、男の子って、皆多かれ少なかれ、そんなもんだと分かったのだけど)
今でもサッカーは何よりも大好き。

たまたま、バッタの父親からオフィスに電話が入ってきて、
あれこれと話しをし(大抵がバッタ達の勉強の姿勢やテスト結果、或いはバカンスの日程の相談)、次の週末は誰も何もないんだよね、と彼が聞いた目の前で、
息子バッタのサッカーの監督から、特別に日曜朝の試合になったと連絡メールが入る。

あら、日曜朝に試合だって。

そう言った途端、
「誕生日、パーティー、日本語のテスト、宿題、そして、サッカー、コンサート。うんざりだよ。」

朝早くパリに迎えに行くと申し出ても、土曜の夜、寝るだけに来る様なものになるから、しなくていいと言う。そして、息子バッタは来なくてよい、と。

険悪な空気が重く圧し掛かってきたので、
取り敢えずは息子バッタにサッカーの試合に行かないように言ってみると申し出る。

そうして、
電話を切るが、どうも心が重い。

子供が週末に友達からの誘いや、試合やコンサートで充実した時間を過ごすって、
大切なことじゃないのか。
子供の幸せを親の都合で取り上げているんじゃないのか。
なんで、そんな基本的なことが父親の彼には分からないのか。
自分が少年だった時のことを、ちょっとでも思い出して欲しい。

でも、
それ以上に、彼は子供達と一緒にいたいのか。
なんだか、悲しい現実。

この話しをどう切り出そうかと思い悩んで家に帰る。

ところが、
ところが、である。

息子バッタは、一言、「じゃ、僕、サッカーの試合、行かないよ。」
えっ?
あんまり、さっぱりと言うので、こちらが驚いてしまう。
「だって、これでパパのところに行かなかったら3回連続だよ。いいよ。今週末はパパの家なんだから。」

じゃあ、ママが朝早く迎えに行って、その後で、またパリに送ってあげるよ。

「ママ、いいよ。そんなこと言ったら、きっと、すっごく機嫌が悪くなって、じゃあ、来るな、って言われるだけだよ。そんな風に言われるんだったら、最初っから言わない方がいいもの。」

これには、本当に驚いてしまう。

そうか。
変に拘っていたのは私なのか。

声変わして、背が高くなっただけではなく、
しっかりとバランス感覚を備え、交渉力さえもついてきていることに、
頼もしさを感ぜずにはいられない。

今度、サフォンの『風の影』の仏訳版を買ってあげよう。
そうして、忘れられた本の墓場の話を彼としよう。



にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村

↑ クリックして応援していただけると嬉しいです
皆さんからのコメント楽しみにしています

2012年10月19日金曜日

幸せになるには ~まずは秋を感じる温泉に浸かり『後生楽』と唱えよう


6年間のニューヨーク駐在を終えた友人一家が、この秋、日本に帰る。
一年前頃から、何とかしてニューヨークに残る方策を練っているとメールが舞い込むようになる。
辞令が出ると、まるで自分のお通夜の知らせのようなメールが飛び込む。
ニューヨークを離れる日には、「今JFKに向かっています。NYよ、さよなら」なんてSMSが届く。

それから、
毎週の様に泣き言。
満員電車は辛い、毎日のミーティングが長い、などなど。

そして、今日、
「日ごとに笑顔が減っている。俺ばかりじゃなく、家族皆。一体なんで日本に帰ってきたのか。日本人だからか。でも、俺達、そんなに日本人的じゃないよ。」
なんて、書いてくるから、ついつい。。。こんな風に書き送ってしまう。

幸せは、自らが幸せになりたいと強く要求し(たとえそれが深層心理であっても)、自らが感じるものです。幸せは探しても、どこにも転がっていません。
日本に帰ると決めたからには、取り敢えずは、そこで幸せになろう、と皆で決意する必要があると思います。父親、母親が、率先して、そう思わねばなりません。

嫌だ、辛い、と思ってしまったら、本当に、その様に感じ、実際に、そうなってしまうのです。

人生は一回だけ。この一瞬も、絶対にまたやってきません。正に鴨川に流れる水の如し、なのです。

この一瞬をどう生きたいのか。そう思ったら、答えは自ら出てくると思います。

子供達はいつか飛び立って行きます。この二年、三年が、親子4人で一緒に暮せる時期です。今しかないのです。
で、あれば、辛いと悩むなんて非生産的なことをせずに、もっと前向きに幸せを掴み取って、感じとっていこう、と思わずにはいられませんが、どうでしょうか。

と、僭越にも申しましたが、私なんて、本当に馬鹿みたいに、幸せ探しをしています。
理解することと悟ることの違いなんて、高校時代に分かったつもりでしたが、今だに実践できずにいます。

親に笑顔がなければ、敏感な子供は幸せを感じられなくなってしまいます。
おっとさん。ここが踏ん張り時でしょう。おっかちゃんと二人で、子供達に明るい笑顔を。そして、俺達がしていることは、世界で一番楽しくって、さいこーなんだぜ、って思わせないで、なんで親やっているんでしょ!

ほら!
取り敢えずは、週末、秋が感じられる温泉にでも浸かって、皆で『後生楽』と唱える。。。なんて、どうでしょ?
さぁ、ごしょらく、ごしょらく!!!


返事が来る。

「ありがとう。基本的に俺は楽観的。だけど、大きな変化に戸惑っているんだよ。そうさ、世界で一番幸せ者だよ。素敵な家族と友達に恵まれて。なんとかなるさ。じゃ、楽しい週末を」

う~ん。
慌てて書き送る。

ま、無理せず。そのうち、どうでしょ。どこかで子供の為のキャンプでも、やりましょよ。
アジアのどこかで。ほら、NYは物価が高いから。
ね、そんな感じにしませんか?とりあえず、今は軍資金を。。。
では、良い週末を!



にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村

↑ クリックして応援いただけると嬉しいです
皆さんからのコメント楽しみにしています

2012年10月18日木曜日

マンゴと檸檬




思い込みの激しさは今に始まった話ではない。

昔、そう、遠い昔、
親しい友人達を我が家のディナに誘った日、
キッチンで一人が告白し始める。最初は一体何の話か分からなかった。と、もう一人が、察して挙げなさいよ、という風に合図を送る。そうだったのよ、と。

え?ちょっと待って。彼と、我が家の近所に住む別の友人が、二人で同じ人を好きになってしまった?それが、何故、こんな切羽詰った感じの告白になるの?

そう、ここで告白してしまおう。
その一瞬。ほんの一瞬だけど、これって、ダブル告白なの?しかも、私に向けた?
と思ってしまった。

勿論、びっくりして、声も出せずに、なんだかドギマギして、告白している友人の顔さえもまともに見れずに、おろおろしてしまった。

そうだったの。。。

漸く出た小さな声。

すると、その隣りにいた女性の友人が、そうなのよ、分かってあげてね、とフォロー。

そして、ひょっとしたら業界の人間だから、知っているかもしれないと、その相手の話をし始める。

一瞬にして悟る。

そう、彼は、思い切ってカミングアウトしてくれたのだ。
ああ、そうか。そうだよね。あっはっは。。。

実は、そんなことが少なくない。

そんなことが、先日も。

仲間内で揉め事があって、どうやら、せっかくの日曜に、皆で集まらなきゃいけない様子になってくる。そこで、一人に提案してみると、全員が集まっても、また同じ様に揉めて余計混乱を来たすだけ。意味ないと思うけど、君がそうした方が良いと思うなら、皆に声を掛けてよ、との返事。そして、一人の仲間の名前を挙げて、彼と君との三人だったら、建設的な話し合いになるとは思うけどね、と続いている。

それじゃあ、その仲間に声を掛けてみるね。

ところが、彼は、その日、電話での応対なら出来るが、家を空けられない、と言う。

そこで、今回は無理そうなことをメールで伝える。

と、暫くして携帯にSMS
午後、コーヒーでも一緒にどう?

ふうん。。。二人でってことだよね。そう思う。

そうして、手ぶらで行くのも、と思って、先日マルシェで買っていた、ほど良く色づいてきたマンゴを手土産とする。

彼の家は、思っていた以上に遠くて、ちょっと驚く。
そうして、こんなことは思ってもいけないことだろうとは分かっているが、新興住宅地区といおうか、政府支援地区といおうか、街並みにちっとも味わいなく、簡素というよりは、殺風景で、その土地が持つ個性が全く感じられないところの、ちょっと奥まった住宅街にあった。

いつもの大きな笑顔で迎えてくれる。
マンゴを渡すと、喜んでくれる。子供達が好きなんだよ、と。そして、丁度、その子供達は、外に出かけているという。

あら。。。じゃあ、二人だけ?
これまでの、彼との、ちょっと微妙なメールのやり取りを思い出す。
告白してしまおう。
そう、一瞬、一瞬だけ、ひょっとしたら、、、と思ってしまう。

ところが、
彼が淹れてくれたコーヒーを前に、今、懸案の揉め事から始まり、その対処法、彼の考えを熱を込めて披露してくれる。こちらも、その話に夢中になる。
フロイトの話が出てきたり、マルセイユの学者の説が出てきたりする。
君は読んだ事がないの?と聞かれたって、マルセイユの学者の心理学の本ねえ。。。

そうして、日が傾き始める手前で、お暇する。

知的な彼との話は楽しかったし、お互いに揉め事の解決法を出し合ったりと、有意義な時間となる。

その日の夜、一通のメールが入っている。
せっかくいらして下さり、親しくなる機会であったのに、別件で外に出なければならずに残念でした、とある。そして、マンゴ、ご馳走様でした、と。
更に、以前教えていただいたリンクありがとうございます、大好きなピアニストの一人です。秋の夜長に、こんな曲もお楽しみください、と、リンクが貼ってある。

そうか。以前、彼に送ったピアニストのリンクのことかな。
そうか。彼宛のメールは、彼女も見るのか。

そうか。。。いや、そうだよね。
なんだか、ほっとしたような、そんな気にもなる。
はっはっは。。。またやってしまったか。思い込み。。。

と、翌日の夜。
今度は「マンゴと檸檬」と題したメールが入っている。
彼から。
例の、仲間内での揉め事の張本人から長いメールが来てうんざりしていること。
リラックスするためにもお風呂に入るよ、と。
そして、
昨日は我が家まで来てくれてありがとう。
マンゴ、とっても美味しかったよ。特に下の子が大喜びで夢中で食べてた。
キス

。。。ふうん。。。
題名にある、檸檬について、一切触れていなかったことに、なんだか意味がある気がして、一人、思いに耽る。。。

あ、また、始まった。悪い癖。。。思い込みの激しさ。
ま、でも、それも悪くないか。

マンゴと檸檬、
そう、檸檬の一滴は、マンゴの甘さと美味さを引き出す。

あ!
思いが弾ける。

高村光太郎。レモン哀歌!
以前、彼に、この詩を訳して送っている。もしも、もしも、もしも。。。

思い込みの激しさは、そう悪いことでもあるまいか。


にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村

↑ クリックして応援してくださると嬉しいです
皆さんからのコメント楽しみにしています

2012年10月11日木曜日

こんな日には、、、



どんよりとした鉛色の空から銀の粒が降り頻る、
こんな日には、、、

カルダモン、クローブ、シナモンの香り高いチャイを片手に、
お気に入りの毛布に包まって、
読みかけの本の世界に入り込んだり。。。

或いは、

規則正しいワイパーの音を耳にしながら、
いつになく真剣に前を向いている横顔を見つめて、
ギアに置かれた手の感触と、
時々注がれる眼差しを楽しんだり。。。

或いは、

空からの雫はいつだって温かく激しさを伴う彼の地に思いを馳せ、
もう随分、一行たりとも書き送っていない彼に、
近況をと筆を取るも、何も書くことがないことに呆然とし、
銀の粒が月桂樹の葉を濡らす音に聞き入ったり。。。

或いは、

乱雑に積まれているCDの山から
一枚を抜き出し、
音の粒が紡ぎだす新たな世界を楽しみながら、
その音の空間によって、溢れ出す思い出に暫し我を忘れたり。。。

或いは、
或いは、
或いは。。。



にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村

↑ クリックして応援くださると嬉しいです
皆さんからのコメント楽しみにしています

2012年10月7日日曜日

予期せぬ返歌




気になる会議のプレゼン資料。
作成チームのメンバーを考えただけでも、恐ろしい。
一人は、絶対当てにならないタイプ。
最後までアイディアを出すポーズをとりながらも、
決して自分は汗を流さない。
それは、十分知り尽くしている。

もう一人。
彼は、最後の一瞬で、やるとなったらやるタイプ。
しかし、このところ、本業の仕事の方が大変らしい。
新たなコースを一つ抱えたとかで、メールを送っても、反応が鈍い。
二週間以上も音沙汰なし、なんてことも出てきており、
最終的にどうしても、となれば、
「今から寄るつもりだけど、家にいる?」
なんて、脅しのメールを入れる。
そうなると、慌てて連絡がくる。
そうやって、夜遅く、我が家で一緒に作業をしたこともある。

今回の会議は、そんなに力を入れなくても良いとは判断していた。
ただ、完璧な資料にはならなくとも、
何らかの資料を作成しなければならない。
彼がしないのであれば、私が揃えよう。
そう思い始めていた。

それでも、と、一つメールを書き送る。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

****へ

あなたが素晴らしいことは知っているわ。
何でもできちゃうことも知っている。
スーパーマンだって、分かっている。

でもね、

あなたには一日24時間しかなくて、
肩が痛くて腕が上がらなくって、
そして、同時に複数の場所にいることはできない。

ねえ、今すぐ教えて。この金曜の夜20時に来るつもりなのか。
その日の為に、発表資料を準備するつもりなのか。

会議にあなたが来なければ、発表は完璧なものにはならないけど、それでも最善を尽くすことにするわ。
あなたには、いつだって来て欲しいけど。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

すると、
早速返事が来る。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

****へ


僕は素晴らしいけど、君ほどではないよ。
何でもできちゃうけど、君には及びもしない。
スーパーマンだけど、君のスーパーさには程遠いよ。

そして、

僕には一日24時間しかないけど、君ときたら倍の時間があるみたいだよ。
僕は肩が痛くて腕が上がらなくって、
そして、同時に複数の場所にいることはできない。

さあ、急いで言うよ。この金曜の夜20時に行くつもりにしている。
その日の為に、発表資料を準備する時間はそんなにないけれど、手持ちの資料と、その場のアドリブでなんとかなると思うよ。

僕が会議に行かなければ、発表は完璧なものにはならないかもしれないけれど、君が来なければ淋しいし、確実に不完全なものとなるよ。

どう?安心した?

ビズ
****

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村

↑ クリックして応援してくださると嬉しいです
皆さんからのコメント楽しみにしています。

ある土曜の晩のこと


いつもなら、
買ってきたばかりの、まだ表紙がぴんとしている本を片手に、
毛布にでも包まって、
ライムを皮ごと六つ切にして、三つほど潰し、グラスに放り入れ、
ミラベル酒をたっぷりと注いだ簡単なウォッカベースのカクテルを愉しみながら、
外の暗闇で小雨が月桂樹の葉を打ち付ける音に包まれて、
至福の時を過ごす筈であった。

先週から一晩たりとも5時間は寝ていない。

漸く金曜の夜で山を越え、
土曜の朝、朝露に濡れて光る屋根を見ながら、電話で最後の交渉をし、
お昼のキッチンで玉葱をまな板で刻んでいるときに、先方から譲歩の電話を受け、
慌てて午後のバイオリンのレッスンに駆けつけ、
長女バッタと末娘バッタを父親に預け、
息子バッタを友人の誕生パーティーに送り届け、
スーパーで一週間分の買い物をして、
一人、遅めの夕食を終えたところであった。

最近は、友達同士での連絡は自分達の携帯を使って。
携帯を持っていない息子バッタは、沢山の友達に恵まれていても、
彼らの連絡先を知らない。
彼らも、息子バッタの連絡先を知らない。

そんなことだから、
近所の仲間と誘い合わせて行けば良いし、
帰れば良いのに、
連絡できない状況で、仕方なく、私が車を出すことになっていた。

11時にお開き。
それこそ、いつもなら、土曜の夜11時などは、全く問題のない時間帯。
それでも、昨日に限っては、正直、倒れる寸前。
雨が寒さを呼ぶのか、
人気のいない大きな家が寒くなるのは当然なのか、
身体の芯が冷え冷えしてくる。
いつでも出陣できるように、外套を着込み、
キッチンの椅子で本を読み始める。

夢中になって、時間を忘れるといけないから、と目覚ましをセットする。

そうしているうちに、
携帯の音に揺り動かされる。
どうやら眠ってしまったらしい。

外に出ると、オレンジの街灯の回りが、まるで雪でも降っているかのように、霧雨が降り頻っている。

5時間前に息子バッタを降ろした場所に駐車し、
渡されたコード番号を押してみる。
なんの反応もない。
訝しげにプレートを見つめると、
番地が指定のものと微妙に違う。
そうか、ここじゃなかったのか。
5時間前の息子の足跡を辿る。

暗い夜道は、ひっそりとしていて、霧雨で顔を濡らしながら、
小説の一場面のような気分になっていた。
遠くで、賑やかなパーティーの音がする。

漸くたどり着いた大きなマンションの玄関でコード番号を押して、
重い扉を入る。

こんな時、息子バッタが携帯を持っていれば、本人に連絡をして、外に出てもらえるのにな、
との思いが頭を掠める。

中庭を入り、複数の建物の中から、一つ選び、新たなコード番号を押す。
さあ、一体、パーティー会場はどの階のどの部屋なのか。
招待状には、建物の前のコード番号を記されている以外は、何もない。
招待者の名前はファーストネームだけ。
これでは、調べようがない。

まさか、中庭で大声で彼を呼ぶなんて事は、できまい。
ローティーンの仲間入りをした彼に、
一生恨まれてしまうだろう。

と、インターフォンの近くに手書きのメッセージが。
今晩、誕生会をするので、賑やかになりますが、予めお詫びします。
どうぞご寛大に。
そこには、ちゃんと氏名が署名されている。

漸く、家族の名前をプレートから呼び起こし、
呼び鈴を鳴らす。

「ハーイ!どちら様?ご用は?」
素っ頓狂な若い女の子の声。
パーティーの終わりの時間でもあり、
そろそろ親が迎えに来ることぐらい、分かっても良さそうなもの。

ちょっと、そう、ちょっとだけ、むっとする。

そして、諦めて、息子バッタの名前を告げて、迎えに来た旨を伝える。

「えぇっ?なんですって?」

今度は、かなりむっとして、低い大きな声で、息子バッタの名前を告げる。

「あ~ら。は~い。」
漸く、建物の中に入れてもらえる。

それにしても、何階のどこなのか。

すると、目の前の扉がさっと開き、
お化粧をしていながらも、未だ幼い表情の女の子が出てくる。
携帯を手にしているところを見ると、
迎えが来た知らせで、会場から出てきたのか。

「二階です。」
意外に優しそうな表情で、その子が教えてくれる。
「出てきてくれないかしらね。」
そう言うと、一瞬、困った顔をして、立ち止まる。
「いえ、いいのよ。」
溜息をついて、覚悟を決め、階段の扉を開ける。

華やかな誕生会の会場に顔を出す気分ではちっともなかった。
しかも、昔のような誕生会をイメージしていたが、
すれちがった少女、いや、マドモワゼルの様子では、
ちょっとしたパーティー。

と、息子バッタが駆け下りてくる。
一言も発していないのに、
「ママ、ごめん。」
と言って、腕をとる。

「疲れているだけ。」

「ママ、車、停める場所、あった?」

「そうだ。住所違っていたね。あそこじゃなかったんだ。」

そういって、
雨が降り注ぐ中、腕を組みながら、
二人で笑い合う。
暫く笑い合っていると、
雨に濡れそぼって、街灯の光にきらめくシルバーの車体が現れる。

幸せとは、どこに転がっているのか、本当に分からないもの。
うきうきとした気持ちでアクセルを踏む。



にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村

↑ クリックして応援していただけると嬉しいです
皆さんからのコメント楽しみにしています