2016年4月9日土曜日

嵐の中でも出航してしまう若さ






今年も日本の学部生と交流する機会に恵まれる。フランスのトップの高等教育機関に一ヶ月の短期留学プログラムに参加している彼ら。将来のフランスの超エリートとなるべく学生達と同じ釜の飯を食うことの意義は大きいだろう。

仕事を早めに切り上げ、慌てて会場に駆け込むが三十分の遅刻。丁度、学生の一人が真剣に自分の課題について発表をしている最中。どうやら彼らが準備した発表に耳を傾けた後、パリ在住OBがコメントを述べる形式らしい。すぐに意見を求められた。

この学生の問題意識の高さを褒めることもせず、その感覚に違和感を覚える、などと意見してしまう。皆面食らったらしく、一斉に注目される。構わず、思うことを述べる。日本の若者はこれほど保守的な家族像を持っていることに驚きを禁じ得ない。

最近の学生は慎重なのか、真面目な学生だからこそ、今回のプログラムに選ばれたのか。人生は選択の連続であり、そのたびごとに、プロとコンを列挙し、比較検討し、なんてやっていってどうするのだろうか。ここぞ、との勝負に出る時に備え、野生の勘を磨かずにどうしよう。サバイバルとか、ハングリー精神など、死語というのか。

キャリアへの価値観、なんて呑気に考えているのは、エリート。そもそも、その選択肢さえ目の前にない状況にどう立ち向かうのか。

はたまた、異文化圏にて母国語ではない言語で仕事をしていくことは、当然最初の年は、自国にいた時の6割の能力しか発揮できない、うんぬん、の論文はどこにでもあろう。ならば、自国でしっかりと実力をつけ、と考えるのも一つ。しかし、どうなのか。最終的には人生何に価値を見出すかとなるか。

人生は一度しかない。だから、慎重に大切に生きていくのか。
いや、だから、嵐の中でも出航してしまうのか。

すべての門が自分の為に開いていると錯覚する若さ。それは強さでもある。大いに健闘して欲しいと願わずにはいられない。




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