2013年10月12日土曜日

透明な空色の瞳



「マダム、マダム。」

遠くの方で声が聞こえると思っていたら、
実は隣の席の青年から声を掛けられていた。
私としては、真剣に目の前の文章を読み砕いていたので、
まさか声を掛けられるとは思っていなかっただけに、ぎょっとする。

パリに向かう電車の中でのこと。

癖のあるフランス語で聞きずらかったが、
単純に無視をすることができない性格を見破られたのか、
青年は言葉を重ねる。

どうやら、カナダからの宣教師。
朴訥とした話し方。
「あなたには信仰がありますか。」と聞かれる。
遠い昔、大学のキャンパスでの宗教勧誘を思い出してしまう。

今の私には、そんなに隙があるのだろうか。
目的を持たない、
不幸せで、心が満たされていない、
何かにすがりたくとも、何にすがればよいのか分からない、
そんな根無し草に見えるのだろうか。

一瞬、悲しみが胸を過る。

それにしても、
と、若者を見つめる。
つぶらな大きな瞳は綺麗な空色。
ちっとも濁っていなくて、
何にも分かっていない、
人生の辛苦など経験したことのない、
何も映していないような瞳。

どこまで傲慢なのだろう、そう思ってしまう。
20歳そこそこの若者が、
その倍は生きている人間に対して、
何かを説教したり、悟らせようと思うなんて。

円らな瞳で彼の質問は続く。

「私は神、イエスキリストを信じていますが、あなたはどうですか。
あなたは神を信じますか。」

私は神を信じているとしても、その神の名は、イエスキリストではない、と伝える。

「あなたは、あなたの神と会話をしますか。対話がありますか。」

もちろん、いつだって対話をしている、と伝える。
苦しい時の神頼み、の話をしてあげようかと思うが、ぐっと堪える。

「私にとって、家族は大切です。母、父、きょうだい。あなたには家族がありますか。イエスは、私たちにとって、永遠の家族なのです。」

私には、家族がいない、とでも思えたのだろうか。
一瞬、そんな思いが過る。

「人は何のために生きているのだと思いますか。」

幸せになるため、と答える。

「幸せとは、では何ですか。どういうことですか。」

にっこりとして、辛抱強く、諭す。
幸せとは、自分の心の底から感じるものであり、
定義できるものではない、と。

そうして、
あなたの信ずる神はイエスキリストという名前を持っていて、
私の信ずる神は、別の名前を持っているが、
神であることには違いなく、おそらく、同じ神なのであろう、と。

分かったのか、分からなかったのか。
青年は、まったく濁りのない透明な空色の瞳をさらに大きくして、
「僕はもうここで降りなければ。」
と、電車が駅に滑り込むと立ち上がり、握手を求める。

悩みを持たないことが幸せなのではない。
辛い思いをしないことが全てではない。
一瞬であっても、心の底から湧き上がる満足感を得られたら、
それは幸せではあるまいか。

あの何も映していない透明な空色の瞳に語り掛けてあげたくなる。
笑止。
それこそ、同じ穴の狢、か。

電車は何事もなかったかのように、
数人が降りた後、新たに何人かを乗せて、
先ほどと同じように揺れながら走り出す。




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