2016年1月2日土曜日

神のおわす国、臺灣






左肩の調子が今一つ。
せっかくだから鍼治療をしてもらおうか。台湾に住む双子の妹から、以前ピアノの伴奏の練習で腱鞘炎になりかけたところを治してもらったという話を聞いていた。その先生とやらに、お世話になりたいとメールを出したところ、すぐにアレンジするとの返事。ちょっとばかり楽しみにしていた。


と、空港に着くや、あの先生は人気があってあんまりに多くの人を治療するのでご自分が疲れてしまって今は患者を取っていなという。それで、ご縁があるならぜひと仰る先生がいるのだけど、と言われてしまう。異存がある筈もない。


が、その先生とやらにアポを取ってくれた姪っ子から、八百屋に行ってこれと思う丸い果物を、やはりこれと思う数だけ持ってきて欲しいらしいよ、と言われ、ちょっと違和感を覚える。肩のマッサージに果物って関係があるのだろうか。


それでも、素直に大きなポムロを購入。そうして、くだんの場所に連れて行ってもらい、ああ、そうか、と納得。そこは個人宅ながら、お寺の様で、玄関で長いお線香をもらい受け、お祈りをする。


紙に生年月日と氏名を漢字で記入し、今思う漢字を一つ書いて欲しいと言われ、思わず「命」と記す。

そこに、普段着の女性が現れる。この歳は身体の不調があって当たり前と言われる。全世界的に同じなのだろう。刺激の多い食事はご法度。珈琲ももっての他、と言われる。それから、色々な話をしているうちに、もう何年も前に離婚をしたこと、星が瞬く時間から出社し、夜の帳が降りてから帰宅すると分かるや、真剣に台湾に引っ越せないのか、と言われてしまう。


台湾だって生活は大変であろう。そう言うや、「臺灣には神がいらっしゃる」と答えが返ってくる。なんだか、ひどく嬉しくなる。目の前の女性は全く裕福さからは縁遠いと思われる格好をしており、私が価値を置く人生の充実さなど全く気にしていないように思われる。そんな相手から、こちらの世界にいらっしゃいと真剣に言われるのだから世の中分からない。心の底から臺灣における生こそが最高と思っていることに、敬意の念さえ覚えてしまう。


ところが、今度は私の名前の漢字を取り上げ、この名前は旦那といつも意見が合わずに喧嘩ばかりして別れる運命にある、と言われてしまう。女友達には恵まれるが、男運は全くないと言う。なんだってそんなこじつけがあるもんか、とこちらは思っているが、そうも言えず、まあ、一回目はそうでも、次の出会いは大丈夫でしょう、などと冗談を言えば、真剣に名前を変えねばならない、と言われてしまう。もう何十年もこの名前と付き合っているのだし、愛着以上に、やはり自分自身なのだから、そういう言い方もないだろうと思うが黙っている。そりゃあ、旦那と別れたと知っているのだから、そんなことが言えるのだと思う。大体、真剣に考えて名前を付けてくれた親への冒涜じゃあるまいか、とさえ思ってしまう。


それでも、ちっとも嫌味でもなく、真剣そのもので言われるのだから、困ってしまう。それで、肩に関しては、医者に行きなさいと言われてしまう。勿論、漢方医である。なんだか可笑しくなる。そうですか、と言えば、今度はかなり強引に近所の漢方医に連れていかれる。本当は、もういいのだが、そうも言えなくなってしまっている。それ程に相手は真剣に心配をしてくれている。なんの薬なのか分からないが、調合してもらい、取り敢えず数日分をもらい受ける。温かな心遣いのみ大事に頂戴し、お礼を言って別れる。


神のおわす国、臺灣。気が遠くなる思いをしながらも、貴重な時間を割いて連れてきてくれた双子の妹を思う。彼女にとっては、既にそれが日常となっていることに新たな発見を感じる。気のせいか肩の痛みがなくなっている。


ふと見上げれば、横たわる青空。







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