2017年7月2日日曜日

悪魔に魂を渡す










フランスに生まれ、フランスで育ちながら、母親が日本人というだけで、つまり、親のエゴで日本語学習をすることを余儀なくされてバッタ達。今年は、息子バッタがバカロレアの試験を受ける。

鋏が上手く使えないからと呼び出された日を思い出す。左利きなので、右利き用にできている鋏を使うことは、そう簡単ではなかったらしい。が、幼稚園の4歳幼児の時である。仕事をしている母親への偏見が学校側には大いにあったに違いない。せめて夜、家に帰ったら、お子さんと一緒に鋏を使ってあげてください、と真顔で言われた時には、面食らったもの。

ただ確かに、左利きであることのハンディは、右利きの人間が思っている以上あるらしい。鉛筆を使う縦書きノートは、当然汚く汚れるし、手も汚れてしまう。

バイオリンだけは、左指の力が違うので、弦を押さえる時に有利かと思ったが、どうやら弓を動かす右手こそ重要なので、左利きがバイオリンの演奏に有利なんてことはない、と中学時代の息子バッタに言われてしまっていた。

男女沢山の友達に囲まれ、毎年幾つもの誕生パーティーに呼ばれ、多くの友達を呼んで自分の誕生日を祝った日々。それが気が付くと、いつの間にか超硬派となり、必要以外のことを口にしなくなり、バイオリンこそ恐らく親の執念で続けたが、あんなに大好きだったサッカーを止めてしまった年もあり、ティーンの辛さ、悩みを一身に負っているような時もあった。

最終学年の時には、笑顔が戻り、サッカーも復活。お国柄、この歳にもなるとパーティーで煙草、ドラッグ、アルコールは当たり前。それを忌み嫌ってクラス会や学年のパーティーにはちっとも参加をしなくなった息子バッタも、同じ波長の仲間が出来たらしく、彼等とは映画だ、バスケだ、サッカーだ、と遊びに出掛けるようになっていた。高校最後の日には、友達が4人ぐらい泊りに来て、サロンを占領されてしまったが、ドライだとばかり思っていた息子バッタが仲間と楽しそうにしている様子を、心から嬉しく思った。

いつ、日本語学習を放棄してもおかしくない環境だったが、遂に、一般のフランス人はおろか、日本の教育界でも、その存在さえ余り知られていないであろう、一般バカロレアでも、オプションアンテルナショナルの日本語選択という、厳しい試験を敢えて受験。今は、その結果を待つのみ。

このディプロムを得たことで、今後フランスで高等教育を学んで行こうとする息子バッタにとり、何か有利なことはあるのか、と問われれば、実は回答に窮するところ。二年前にやはり同じ試験を受けた長女バッタにとっても、同じ。彼女も日本に進学をしたわけではない。理数系の彼らにとり、最終学年でも人文学の科目を習得し、文学の分析に時間を費やし、科目の配点比重も高いとなれば、この選択は足枷になるとも言えよう。それでも、長女バッタは、このディプロムを得たことを誇りに思う、と嬉しそうに語ってくれていた。

社会の口頭試問の前日、何でも質問をしてくれと言われ、現代日本の抱える問題点を5つ挙げよ、との私の質問に対しての彼の回答にあまりに度胆を抜かれたので、無事に取り敢えず試験が終わってほっとしている。

少子・高齢化問題、エネルギー自給率の低さ、拡大する社会格差、四つ目に何を言ったのか、忘れてしまったが、五つ目に、日本国憲法第9条、平和主義、を挙げた時にはつんのめってしまった。この憲法により日本は自衛隊しかなく、自国の戦力を持てないことで、アメリカの軍事力に依存せざるを得ない構造になっている。これは一国の統治能力欠如の問題につながる。うんぬん。

待ったぁ!こんな政治的に微妙な内容を、試験官がいかにニュートラルであることが求められるとは言え、どのような思想をお持ちなのかも分からない中、日仏ハーフの高校生が発言することで、どんな評価を得るのか。

試験官も人の子。その方の心証を悪くするようなことは、できるだけ避けるに越したことはない。そんな計算を、息子バッタが受け入れるはずもなく、自分の意見のどこがおかしいのか、と仏頂面。

高校時代、先に受験をした兄が、大学入試とは、悪魔に魂を渡すことなんだよ、と囁いたことを思い出す。特にしっかりとした自己主張があったわけでもない当時の私には、兄が何を言っているのか、本当のところは分からなかった。兄が何を苦しんでいるのかも慮ることができなかった。今なら分かる。つまり、回答内容にたとえ自分が合意していなくても、その答えを求められているのであれば、あえて、自分の意思をも曲げてでも伝えることが、試験を突破する鍵なのである。

もしかすると、兄と息子バッタは通じるところがあるのかもしれない。いつか、兄から息子バッタに話をしてもらえる機会があればいいが、男同士、そう話が弾む様子でもない。自然に任せるしかあるまい。機会とは、思わぬ時に訪れるものなのだから。

取り敢えずは、ヒロヒトなどと決して呼び捨てにせず、せめて昭和天皇と言うようにとアドバイスをし、他の質問に移った。

そもそも、フランスの国家試験であるバカロレアをフランスで教育を受けたわけでもない日本人の教師が試験官を務めることに無理があるのかもしれないとの思いが過る。が、ここは、余り大事にせず、そんな質問を息子バッタが受けないことを祈るしかあるまい。彼の得意なグローバリゼーション、中東の問題、世界の格差問題、あたりがテーマとなってくれることを願った。

翌日、彼があたったテーマは日本の民主化。おっと、おっと。一体どんなプレゼンをし、質疑応答とになったのか。

かくして、高校時代最後の試験は終了。時は容赦なく過ぎてゆく。母の役割は益々なくなっていく。






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