2018年8月4日土曜日

燦燦と降り注ぐ太陽を欲しいままに浴びた黄金の実のタルト






気が付いたら夏が来ていた。

今年はさくらんぼが実る頃にちょうど家を空けていたので、すっかり鳥たちに食べられてしまったと思っていたが、末娘バッタに言わせると、本当に何もならなかったという。そんなことはあるまい、と訝し気に思いつつも、そうなのか。

レインクロードはぽったりと熟してきて枝に重みを与えているが、何しろ大木になってしまってどうにも届かない。友人たちに貸したまま返ってきていない二階建ての屋根まで届きそうな梯子を使うしかあるまい。

枇杷は葉こそ立派に深い青緑色を一層濃くして元気だが、オレンジ色の大振りな実は今年は見当たらない。

クエッチに到っては、葉も実も申し訳程度にしかついておらず、なんだか覇気に欠ける。実を結ぶ時に雹でも降ったか、小さな実の時に嵐でもきて、葉も実も落とされてしまったのだろうか。我が家の庭のことながら、ちょっと心もとない。今年はとにかく休息の年なのであろう。

一方でミラベル。今年はミラベルの豊作の年。細くしなる枝には、これでもかとびっしりと実が鈴なりになっていて、日に日に大きさと色合いを増している。近付けば甘やかな香りがし、地面には鳥が啄んで落としたのか、幾つもの実が転がっていて蜂が忙しそうに羽音を立てている。

残念なことに、ここ数年、庭で採れた果物を食べるとアレルギー反応を起こしてしまう。コンフィチュールやタルトなど一度過熱すれば、今のところは大丈夫。きっと、毎朝木からたっぷりとそのまま食べていたので、そのツケが回ったに違いない。全てやり過ぎはまずいのだろう。

冷凍庫がぱんぱんになり、リキュールや果実ソースの瓶で足の踏み場もなくなるほどになっても、自然の恵みをそのままにしてはおけない質である。農耕民族としてのDNAを受け継いでいるに違いない。散歩の途中に野イチゴを見れば口にし、浜辺を歩けば海藻の味見をし、貝を捕獲する習性は、生まれた時から備わていたように思えてならない。

これも結構な大木となった二本の木を見上げる。さあ、どうしよう。夏の収穫時に限って、バッタ達は不在。ご近所もひっそりとしている。ここ三日ばかりは鍋一杯に収穫したミラベルにゆっくりと火を通してコンポートにし、食している。お砂糖も、なあんにも入れていないのに、甘酸っぱい風味が何とも言えない。







夕食にバーベキューに呼ばれている友人宅に、ミラベルタルトを持って行こう。ぎっしりと黄金の実を詰めて、とろりとした果汁たっぷりなタルトを。バニラアイスクリームをお供にし、ミントの葉を飾ったらどうだろう。








キッチンは久しぶりに甘い幸せな香りに満ち溢れてきた。










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