2013年1月22日火曜日

子が親を凌駕する瞬間



確か、あれは中学1年の冬休み。
母方の祖父が東京から遊びに来てくれていた。
確か、腰を痛めたかで、温泉転地療養。
下り線専用プラットフォームに着いた特急から降りた祖父と、
並んで階段を上り、
出口に繋がる上り線専用プラットフォームに下りた記憶がある。
あの時も、今も、駅のプラットフォームは2つだけ。
高校の3年間を朝夕通ったのだから、あの階段を千回以上上り下りしたことになる。

私は、この祖父が大好きだった。
とても勉強が出来て、本当は医者になりたかったが、
子供がいない親戚の家に跡継ぎとして養子に行ったので、
法学部に進まざるを得ず、それから、養父のチョコレート会社に就職。
戦争で中国に行き、大変な思いをするが、
それでも、漢詩の素養があったから、中国では敵からも可愛がられ、
(と、いうことは、捕虜になったのだろうか?)
集団で歩いているところを陰から敵に狙われるが、
たまたま足に怪我をしていたので、皆より一歩ずれた途端に発砲され、
弾丸は祖父の前をかすり、隣人は即死。

こんな話を幼い頃に聞かされると、
漢詩を諳んじて書ける祖父を偉大と思い、
ますます尊敬し、命からがら助かった話を聞いては
恐ろしさと、そんな幸運に恵まれている祖父への敬愛の念は強くなるのであった。

その後、学校で漢詩を習うと、
諳んじて書けるようにと、努力したものだが、
ちっとも覚えられず、戦争になったらどうしようか、と
本気で思ったものだった。

祖父の実家は日本海に面した漁村で、
少年時代に海に潜ってサザエや蟹を捕る話を良くしてくれた。
それから、『養子』という響きも、なんだか不思議に思えた。
子がいなかった夫婦は明治の時代に合衆国に渡り、
チョコレート製造の研究をしたというから、興奮以上のなにものでもない。

そうか、
あの頃から、海外への憧れが膨らみ始めたのか、と、今、気が付く。

祖父自身も、仕事の関係で、海外に行っていたように覚えている。
祖父は絵葉書を私たち3人きょうだいに送ってくれた。
ジュネーブからの便り。ブラジルからの色とりどりの絵葉書。
「目がしょぼしょぼです。」そんな書き出しで、3人の絵葉書を合わせると一つの便りとなる仕組みであった。

あれは小学4年のころだったか。
工場見学と題して、夏休みの自由研究が課されていた。
私は早速、母に祖父のチョコレート工場を見学したい、と伝える。
母は喜んで、祖父にお願いしてくれた。
そうこうして、詳しいことは忘れたが、夏休みも終わりの頃。
母が、あのレポートはどうしたのか、と聞いてきた。
祖父を頼りにしていた資料は、手元には送られてきていなかった。
未だ祖父が送ってきていない、とでも言ったのだろうか。
平手打ちが頬に舞い降りた。
いや、頬に激突。

今なら、良く分かる母の気持ち。

時々、英語で『ハーワーユー?』
なんて言うので、こちらは真っ赤になって黙ってしまう。
漸く小さな声でお決まりの『アイムファインサンキュー。アンヂュ?』
と言う頃には、祖父の姿はない。

おしゃれで、上品で、知的で、海外にも行っていて、英語が話せて、
何よりも、本気で魔法が使えると思っていた母の父親である祖父。

そんな祖父が、冬休みをゆっくりと一緒に過ごすという。
こんなに嬉しいことはなかった。

我が家での冬休みの娯楽は『百人一首』。
母からも祖父は滅法強いと聞いていたので、教えてもらおうと、毎日の様に祖父に手合わせをお願いした。
カードに書いたり、テープに録音したりと、必死に確実に取れる札を増やしていった時期。
そうして、遂に、源平で祖父を負かせてしまった晩、
なんだか、してはいけないことをしてしまった感覚に襲われる。

そうして、
冬休みが終わる前に、祖父はまた、駅のプラットフォームに立つ。
あの時、とても悲しくて、ずうっと、死ぬまでここにいればいいのに、と言ってしまって、
『死』という言葉が、異様に空気に浮いてしまい、
どう取り戻そうか、その場をどうとりなそうかと、必死になったことを覚えている。

今思えば、あの時が祖父があの駅のプラットフォームに立った最後となってしまった。

今年も、バッタ達と百人一首を並べる。
昨日は、息子バッタが読むとうるさいので、久々に取り手となる。
相手は、末娘バッタ。
何年ぶりになるだろうか。緊張が腕に走る。

最初はどんどん末娘バッタの札が読まれる。
札を追うときに、視力が落ちたことを嫌と知らされる。
『きみがため』
息子バッタの、たどたどしい声が聞こえる。
長くも、か、我が衣手、か。
『は』
同時に、はいっ、と末娘バッタの意気揚々とした声。
しまった!
我が陣営の札が、捕られてしまった。
まさか。。。

敵はそれに心を許したのか、
それで満足したのか、
或いは、
私の闘争心に漸く火がついたのか、
それからは、こちらのほぼ一人勝ち。

まだまだ、負けられやしない。

祖父を懐かしく思いつつ、
気持ちを引き締める。

バッタ達よ、
やすやすと母を負かせられるなぞ、ゆめゆめ思うなかれ。


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