カチッ、カチッ。
エンジン音が響かない。
まさかの、いや、来たるべくして来たバッテリー上がり。
なんてこった。
組み込み式ラジオの放電が問題といわれ、
肝心のラジオが整備会社に届かずに、
漸く電話で確認し、翌朝には交換する手筈を整えていた矢先。
急に寒くなったわけでもなく、
一体、何だってこんな日に、と恨めしく思う。
都合の良いことに、会社の駐車場。
都合の悪いことに、夕方。
今すぐブースターケーブルで誰かの車のバッテリーと接続し、
たとえエンジンがかかったとしても、整備会社の営業時間は既に過ぎている。
しかも、その日は夜にパリで夕食会に参加することにしていた。
夕食会をほっぽり出して、帰宅することを考える。
が、それも一瞬。
今、この状況で、色々な方と出会うことは貴重であり、必要なこと。
今回、出席しなかったら、次回は声も掛かるまい。
慌ててメトロで会場に赴く。
バッタ達には、夕食会で遅く帰宅するとは言っていたが、
車がエンジン故障、つまりエンコしてしまったので、
帰宅時間はもっと遅くなると連絡。
会場に行く前から、
帰りの心配をするのも興醒めながら、
郊外に住み、駅からも遠いとなると、
寒さが緩み、暦の上では立春だとは言え、まだ冬。
気が重くなるのも仕方のないことか。
それでも、
先日、別件の会議で隣の席になった顔を大勢の中から見つけ出し、
えいやーとばかりに、大きな笑顔で話しかけ、
隣の方にも声を掛け、自己紹介をし、
シャンペンを傾けながら、
そこそこに、楽しい時間を過ごす。
講演の時間になり、会議室に移動し、カルロスゴーンの尊顔を拝する。
隈取を施したかの半眼で睨みを利かせ周囲を見渡しながらのスピーチ。
日仏の共通性そして補完性、協力し合うことでの成長性を語るが、
質問の一つに、成功例が日産ルノーぐらいであるのは何故なのか。カルロスゴーンのクローンはいないが、何が決定的に欠けているのか、が出る。
すると謙虚なもので、
サプライヤー、サービス関連の業界では、
大衆への認知度は低くても成功例は枚挙に暇がない、とする。
彼によると、日本経済の課題は3つ。
短期的に為替(安倍政権を評価)、
中期的にエネルギー(原発ゼロにすれば、燃料費は上昇し、かつ、諸外国への依存度が一層高まることは必至。それで果たして日本は良いのか。覚悟はあるのか)、
長期的に少子高齢化の問題を挙げる。
真新しさ、斬新さは感じられないが、
成功者の確信に満ちた言葉は重く、
200人以上の観衆は耳を欹てて聞き入る。
10年以上も無沙汰をしている、
大先輩というには途方もなく天上界のお人のような方に、ご挨拶。
宴会場では、座席指定。
来賓の祝辞やら、主催者挨拶など、延々と続く。
漸く乾杯となり、
場馴れした人々の間で紳士的、淑女的な会話が繰り広げられる。
隣のフランス人の男性が、
高校生の娘の話をし始め、
10年前に日本人女性と離婚してから、
フランスと日本で、如何に育てたかの話を興味深く聞く。
そうこうしているうちに、
時計の針は10時を指している。
デザートを前に、恒例の福引。
両隣に、先に失礼する無礼を詫び、
もしも福引で当たれば、どうぞ楽しんでくださいと、
福引券を手渡す。
外では、ドライバー達が所在なげに佇んでいる。
中庭を突っ切り、通りに出て駅まで勢い良く走り出す。
閑散としたプラットフォームに息を弾ませ滑り込むと、
運良く、電車が明るい光を放って待ち受けている。
素早く電光掲示板を睨むと、
待っていた電車は別の路線のもの。
次に来る回送車を見送って、漸く、我が家のある町に行く電車が来ることになっている。
溜息。
いや、こんなところで急いで何になろう。
冷たくなった指先で、
携帯の画面を見つめる。
長女バッタに先に寝るようにSMS。
そうして、
夕食会に行くだろうかと思っていたが、
遠くの取引先に行って帰りが遅くなるといっていた友人に、
報告も兼ねて電話をしてみる。
のんびりとした声がBGMとともに流れてくる。
未だ高速を飛ばしているという。
駅で電車を待っているというと、
近くで拾ってくれるとの申し出。
思わず飛びついてしまう。
遅い時間や、
相手の疲労、
慎み深い遠慮など
ちっとも沸き起こらず、
思いもよらぬ差し出された救いの手を
ありがたく、
ありがたく、
両手で握ってしまう。
階段を上って地上に出ると
冷たい風に身震い。
賑やかだった駅の出口に
いつの間にか人気もなくなり、
隣で大きな荷物を持って立っていた人も、
車がそっと近寄って、
紫煙を残して去っていってしまう。
皮手袋をした両手をポケットに突っ込み、
車の流れを考え、
はぐれないように、
見落とさないように、
その空間にある全ての動きを見守る。
何気なさげに。
ぶーんと緩やかな動きでヘッドライトがこちらに向かってくる。
満面の笑みで、一歩前に進み出る。

にほんブログ村
↑ クリックして応援していただけると嬉しいです
皆さんからのコメントお待ちしています
0 件のコメント:
コメントを投稿