2018年9月9日日曜日

旅の始まり








旅というのは常にハプニングがつきもの。

スイス山歩きの旅の起点、チューリッヒに向かうTGVはパリのリヨン駅発。我が家から小一時間かかるが、何せ8月のパリにはラッシュアワーは存在しない。そう高を括って予定時刻ぴったりにUberを呼ぶが、何といつもなら一瞬にして近所を走行している運転手が見つかるものの、待つこと数分。漸くコネクトされるが、車の到着予定は15分後と示される。こんなことなら、早朝から目覚めて準備万端だったのだから、早目に呼んでおけば良かったと後悔するが、焦らず、まあ、成り行き任せ、と荷物の最終チェックをする。

チューリッヒで荷物を預け、ツェルマットの駅までスイス国鉄の宅配システムを利用しようと考えていた。だから、二日分の着替えと雨具の入ったリュックと、セーターや運動靴の入った小さめのスーツケースを用意していた。トレッキングシューズは未だ足に馴染まず、踝のあたりが固く締められているように感じてしまう。紐の結びを調整していると、車が玄関の前に止まる。爽やかな挨拶をして母と乗り込み、さあ、リヨン駅までお願いしますね、と目的地を再確認。と、運転手の携帯画面が目に飛び込んでくる。到着予定時間と思しき時刻が大きく表示されている。

一瞬頭が蒼白になる。電車の出発時刻の10分後ではないか。慌てて、何かの間違いではないかと、運転手に確認。と、のんびりとした調子で私の理解が間違っていないことを教えられる。ちょっと待った!そんなはずはない。どこをどう通ればそんなに時間が掛かるのか。こちらの電車の時間を伝え、兎に角有料高速道路を使ってでも、スピード違反ギリギリであっても、何とか電車に間に合うように飛ばして欲しい旨、無理なお願いをする。

運転手は何とかしてみようと、高速に乗り込んだ。

この電車に乗り遅れることはできなかった。それでなくとも母は前日に日本から到着したばかりだからと、電車の出発時間を一本遅めにしている。早めに目的地、ルツェルンに着いて、のんびりする予定が狂ってしまう。いや、それよりもチューリッヒで荷物を預ける時刻が遅くなればツェルマットの駅への到着日が遅くなってしまう。

それでも、母の手前、そんなに焦っていない風を装い、心の中で何とか間に合って欲しいと念じていた。

そもそも、起点をチューリッヒにする必然性はなかったが、どのガイドブックも旅行記も皆チューリッヒを起点としていた。今考えれば、日本から直接飛行機でスイスに入る場合は、チューリッヒが手っ取り早いのであろう。母がネットサーフィンをして、様々な旅行記を読み、参考にし、モデルルートなるものを想定していることは知っていたし、私自身、同じようにネットで検索、検証し、スケジュール案を立てていた。

チューリッヒからハイジ村のマインフェルトで遊んで、クールに一泊する予定でホテルまで予約していたが、突然にして母がルツェルンよ、と言い出し、慌ててクールのホテルをキャンセルし、旅の一泊目はルツェルンに泊まることになっていた。どうやら、大いに気に入った旅行記の一つが、ルツェルンに泊っていて、魅力的に映ったらしい。

母にとって、このスイス旅行のハイライトの一つが氷河特急であり、その電車の乗車駅、サンモリッツに行くためには、チューリッヒからルツェルンに行ってしまうと、翌日ルツェルンからまたチューリッヒに戻ることになるのだが、どうやらそこまで旅行記には書いておらず、母も地図上、詳細に確認したわけではないようだった。それでなければ、よっぽどのことがない限り、同じ道を逆戻りするような路程を好んで組む母ではないことは、十分承知していた。

正直なところ、クールでもルツェルンでも、私にとっては未知の場所であり、それぞれに十分に魅力的な街に思えた。が、どうも観光客が多いことと、誰かの旅行記の足取りを辿ることに、なんとなく抵抗を感じたものの、母の期待にできるだけ沿いたかったし、そうすることで全てが円滑に進むのであれば、と、喜んで母の意見に従うことにしていた。

そうして、今回、多くの旅行記やガイドブックを参考に、それこそ多くの人の足取りを辿ることになったが、一歩一歩が自分自身にとってすべて新しいものであり、感動に満ち溢れたものであることに、日々気付かされた。

生前から全知全能を傾けて母を守っていた父。今では本当に全知全能を持っているのであろう父。その父が私と母の二人旅をにたにた笑いながら見守ってくれていたのだろう。そんなエピソードに溢れた旅となった。何回となく危ういところを我々二人は何とか切り抜け、無事に心底楽しい旅路を終えることが出来た。


不思議な力が働いたのか、運転手の技量が素晴らしかったのか、本当に8月のパリは閑散としていたからだったのか、我々は電車の出発予定時刻の10分前には駅に到着した。電車の機種が急遽変更になったから指定席の号車および番号は無効になったが、席は確保されているので、好きな場所を選ぶようにとの、誠に驚くメッセージをフランス国鉄から前日に貰っていたが、うまいことに適当な場所を確保することができ、安堵とこれからの旅への期待に心震えながら席に落ち着いた。

12日間に及ぶ旅は始まったばかりだった。チューリッヒ駅で、荷物を預ける場所がどこなのか、ルツェルン行きの切符をどこかで購入しなかればとの思いが過るが、先ずはのんびりとしよう。車窓には夏の陽射しに輝く平原が続いていた。




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皆さんからのコメント楽しみにしています


2 件のコメント:

  1. 12日間の旅とは・・・素敵な旅になることでしよう。
    ハラハラドキドキは、読んでいて夢中にさせられます。
    将に紀行作家のようです。本当は著実業なんでしょう♪

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  2. ログの大好きな徳さん、 

    コメント、ありがとうございます!
    お読みいただけているなんて感動です。うふふ。読んでいて夢中だなんて。嬉しいお言葉を頂戴いたしました。書き記したいことが沢山あって、なかなか進まないのですが、よろしかったら最後の12日目までお付き合いくださいませ。今、まだ4日目なのですけど。

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