2012年10月7日日曜日

ある土曜の晩のこと


いつもなら、
買ってきたばかりの、まだ表紙がぴんとしている本を片手に、
毛布にでも包まって、
ライムを皮ごと六つ切にして、三つほど潰し、グラスに放り入れ、
ミラベル酒をたっぷりと注いだ簡単なウォッカベースのカクテルを愉しみながら、
外の暗闇で小雨が月桂樹の葉を打ち付ける音に包まれて、
至福の時を過ごす筈であった。

先週から一晩たりとも5時間は寝ていない。

漸く金曜の夜で山を越え、
土曜の朝、朝露に濡れて光る屋根を見ながら、電話で最後の交渉をし、
お昼のキッチンで玉葱をまな板で刻んでいるときに、先方から譲歩の電話を受け、
慌てて午後のバイオリンのレッスンに駆けつけ、
長女バッタと末娘バッタを父親に預け、
息子バッタを友人の誕生パーティーに送り届け、
スーパーで一週間分の買い物をして、
一人、遅めの夕食を終えたところであった。

最近は、友達同士での連絡は自分達の携帯を使って。
携帯を持っていない息子バッタは、沢山の友達に恵まれていても、
彼らの連絡先を知らない。
彼らも、息子バッタの連絡先を知らない。

そんなことだから、
近所の仲間と誘い合わせて行けば良いし、
帰れば良いのに、
連絡できない状況で、仕方なく、私が車を出すことになっていた。

11時にお開き。
それこそ、いつもなら、土曜の夜11時などは、全く問題のない時間帯。
それでも、昨日に限っては、正直、倒れる寸前。
雨が寒さを呼ぶのか、
人気のいない大きな家が寒くなるのは当然なのか、
身体の芯が冷え冷えしてくる。
いつでも出陣できるように、外套を着込み、
キッチンの椅子で本を読み始める。

夢中になって、時間を忘れるといけないから、と目覚ましをセットする。

そうしているうちに、
携帯の音に揺り動かされる。
どうやら眠ってしまったらしい。

外に出ると、オレンジの街灯の回りが、まるで雪でも降っているかのように、霧雨が降り頻っている。

5時間前に息子バッタを降ろした場所に駐車し、
渡されたコード番号を押してみる。
なんの反応もない。
訝しげにプレートを見つめると、
番地が指定のものと微妙に違う。
そうか、ここじゃなかったのか。
5時間前の息子の足跡を辿る。

暗い夜道は、ひっそりとしていて、霧雨で顔を濡らしながら、
小説の一場面のような気分になっていた。
遠くで、賑やかなパーティーの音がする。

漸くたどり着いた大きなマンションの玄関でコード番号を押して、
重い扉を入る。

こんな時、息子バッタが携帯を持っていれば、本人に連絡をして、外に出てもらえるのにな、
との思いが頭を掠める。

中庭を入り、複数の建物の中から、一つ選び、新たなコード番号を押す。
さあ、一体、パーティー会場はどの階のどの部屋なのか。
招待状には、建物の前のコード番号を記されている以外は、何もない。
招待者の名前はファーストネームだけ。
これでは、調べようがない。

まさか、中庭で大声で彼を呼ぶなんて事は、できまい。
ローティーンの仲間入りをした彼に、
一生恨まれてしまうだろう。

と、インターフォンの近くに手書きのメッセージが。
今晩、誕生会をするので、賑やかになりますが、予めお詫びします。
どうぞご寛大に。
そこには、ちゃんと氏名が署名されている。

漸く、家族の名前をプレートから呼び起こし、
呼び鈴を鳴らす。

「ハーイ!どちら様?ご用は?」
素っ頓狂な若い女の子の声。
パーティーの終わりの時間でもあり、
そろそろ親が迎えに来ることぐらい、分かっても良さそうなもの。

ちょっと、そう、ちょっとだけ、むっとする。

そして、諦めて、息子バッタの名前を告げて、迎えに来た旨を伝える。

「えぇっ?なんですって?」

今度は、かなりむっとして、低い大きな声で、息子バッタの名前を告げる。

「あ~ら。は~い。」
漸く、建物の中に入れてもらえる。

それにしても、何階のどこなのか。

すると、目の前の扉がさっと開き、
お化粧をしていながらも、未だ幼い表情の女の子が出てくる。
携帯を手にしているところを見ると、
迎えが来た知らせで、会場から出てきたのか。

「二階です。」
意外に優しそうな表情で、その子が教えてくれる。
「出てきてくれないかしらね。」
そう言うと、一瞬、困った顔をして、立ち止まる。
「いえ、いいのよ。」
溜息をついて、覚悟を決め、階段の扉を開ける。

華やかな誕生会の会場に顔を出す気分ではちっともなかった。
しかも、昔のような誕生会をイメージしていたが、
すれちがった少女、いや、マドモワゼルの様子では、
ちょっとしたパーティー。

と、息子バッタが駆け下りてくる。
一言も発していないのに、
「ママ、ごめん。」
と言って、腕をとる。

「疲れているだけ。」

「ママ、車、停める場所、あった?」

「そうだ。住所違っていたね。あそこじゃなかったんだ。」

そういって、
雨が降り注ぐ中、腕を組みながら、
二人で笑い合う。
暫く笑い合っていると、
雨に濡れそぼって、街灯の光にきらめくシルバーの車体が現れる。

幸せとは、どこに転がっているのか、本当に分からないもの。
うきうきとした気持ちでアクセルを踏む。



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皆さんからのコメント楽しみにしています

2 件のコメント:

あかうな さんのコメント...

息子バッタさんは本当にいい子ですね。

kookaburra さんのコメント...

むふふ。
ありがとうございます。
霧雨の音がバックミュージック。