「あの子達、みんな英語が上達して帰ってきたのね。」
つぶやく隣のマダムの声に思わず笑ってしまう。
土曜の北駅は人、人、人。
ユーロスターの出口は迎えの人混みと、
到着したばかりの乗客で膨らんでいる。
これから出発する人々も
その隙間を縫って行き来するから
とにかく暑さと喧騒で混雑は大変なもの。
奥の方にダリアの様な笑顔が見える。
長女バッタ。
そのすぐ後ろ、頭一つ分高いところに息子バッタの笑顔。
二週間のイギリスでの語学研修を終えた彼らを車に乗せて帰宅。
同じスーツケースの中身で翌日のブルターニュに行くと言う息子バッタ。
中身の点検は一応するけど、翌朝にすると言う長女バッタ。
一晩だけの逢瀬。
喜ぶかと、サーモンのチラシ寿司を予定していたが、
ベジテリアン一家に滞在した息子バッタはプレ(鶏)を所望。
プレの足にかぶりつきたいらしい。
一方、一人暮らしのマダムとお食事に出てばかりいたという長女バッタ。
デトックスしなきゃ、とため息。
OK。今夜は君たちの好きなようにしよう。
翌日、久々にバゲットのサンドイッチが食べたいとのリクエストに、
朝からパン屋さんに一っ走り。
息子バッタの大好きな生ハムとチーズのサンドイッチを作る。
桃を洗って、冷やした麦茶をペットボトルに入れる。
9時半には出発すると宣言していたが、
どうやら長女バッタの点検は終わっていないらしい。
それでも、何とか10時15分前には皆で車に乗り込む。
夏の日曜。
道路はどこも空いていて、
30分もするとモンパルナス駅に到着。
駅パーキングの一つに駐車するが、
どうやらプラットホームの中間点の駐車場だったらしく、
メインゲートに辿りついた時には既に10時30分。
TGVの乗車券はe-チケットを既に印刷済みながら、
乗り換え後のローカル線の乗車券は、駅にある切符販売機から予約分を印刷しなければならない。
目ざとく見つけて、コードを押すが、反応が今一つ。
息子バッタが、TGV専用切符販売機であることを発見。
慌てて、切符売場に行こうとするが、
その手前に並んでいる一般切符販売機で、再度コードを入れる。
支払いに使用したクレジットカードを挿入するように指定される。
暗証番号の確認後、この支払いにはこのカードが使用されていません、と明示される。
困ったなぁ。
息子バッタが、心配そうに、先日、チップが読みにくくなったから、カードを変更したことを指摘。
そうかなぁ。その後で切符を購入した気がするのだけど。
とにかく、ここでは拉致が明かない。
やはり切符売場に並ぶしかない。
親切な駅員さんが、列に並ぼうとする人々に声を掛け、アドバイスをしたり、並ぶ列の指示をしている。
と、「おや、バイオリンですね。先ずは一曲。」
若い駅員さんの呑気な声が掛かる。
既に10時40分。こちらは焦ってきている。
バッタ達にTGVの乗車券を手渡し、荷物もあるし、とにかく先に行っているように伝える。
イライラしても、列の長さは変わらない。
とにかく、ここは冷静に待とう。
漸く順番がくると、説明をし、昔のクレジットカードを差し出すと、ビンゴ。
慌ててもぎ取るように切符を奪い、
持っていた長女バッタのサンドイッチの入った紙袋に入れ込む。
とにかく、9番線まで走る。
それから、今度は長いプラットホームを走り続ける。
18号車。
なんだってTGVを二台もドッキングさせているんだろう。
最終案内が構内に流れている。
息が切れるころ、
迎えに来てくれた息子バッタと出会う。
「ママ、ありがとう。」
何度も連発。
そりゃそうだろう。額からは玉の汗。
「ママ、お金が欲しいって」長女バッタのリクエストを伝える息子バッタ。
そうか、昨日は一銭も使わなかったとポンドを全部返してもらっていたが、
その代わりにユーロを手渡してもいなかった。
慌てて、お財布から20ユーロ札を取り出す。
と、18号車のドアの前で、長女バッタが荷物と一緒に待っている。
先に、荷物ぐらい入れておけば良いのに、と思うも、そこは子供なのだろうか。
バッタ達にしてみれば、ママを待っていたのだろう。
息子バッタが大きな身体を屈めて、抱きついてくる。
ママを残してバカンスに行ってしまうことが後ろめたいのだろう。
楽しんできてね、声を掛ける。
さあ、早く荷物を入れて中に入らないと。
座席は入口のすぐ近くらしく、息子バッタが大きな重いスーツケースを
棚に上げている様子が窓越しに見える。
二人が漸く腰を下ろしたところで、笑顔でバイバイ。
と、長女バッタが急に驚いた顔をして立ち上がり、ドアの方に走り寄る。
何事かと、ドアまで行ってみると、
「ママ、フェリーのチケット!」
あら、渡したわよ。
「どこに?もらっていないよ。」
泣きそうな声。
あ、ああ、まだか。彼女の机の上に置いておいて、
心配だからと私の鞄に入れておいたのか。
慌てて鞄からチケットの入った封筒をつかみ、
彼女に手渡す。
と、同時に扉が閉まる。
危機一髪。
11時05分。
電車はブルターニュに向かって、ゆっくりと動き始める。
汗びっしょり。
大事に至らずに、ぎりぎりでチケットを手渡せたことに安堵の大笑い。
どうやら、他の乗客も笑っている。
ちょっと寂しげな息子バッタと、ほっとした表情の長女バッタの顔が遠ざかる。
Bon voyage、そして、Bonnes vavances!

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