3年前、挨拶を交わした時、ウインクをしてニックが告げる。
「そのうち分かると思うけど、 “addicted?”になるから気をつけてね。」
“addicted?” 中毒?
600人もの子供達が奏でるバイオリンの豊かな響きに心浮き立たせつつ、
我が家を早朝6時に発ち、フランスの田園風景を眺めつつ300km、
海峡を越え、英国に移り、これまたイギリスの田園風景を眺めつつ300km、
午後3時のやわらかな陽射しを浴びながら、
ああ、今年も来れた(we made it!)の感慨に浸る。
二つのバイオリンのためのバッハの協奏曲。
息子バッタが第1バイオリンを弾いている様子。
長女バッタは第2バイオリンに回ったか。
足だけでそれと分かる末娘バッタも、今年は仲間入り。
この時を一年間楽しみに練習してきた台湾から参加の妹の子供達も、
この荘厳たる空間を皆と一緒に作り上げ、
我々、観客を酔わせてくれる。
4年前のクリスマスに、贈り物のよう、この世に現れた姪も、
幼い仲間たちに混ざって聞き入っている。
近い将来、彼女も、奏者側に回るに違いない。
イギリスの広大なる敷地にある寄宿学校を利用しての一週間のミュージックスクール。
初日は、お決まりの「play together」。
子供達はレベルと年齢に合わせて、それぞれ個人レッスン、グループレッスン、オーケストラ、室内楽のクラスに振り分けられる。室内楽は中学生からで、小学生までは、リズム教室。そして、オーケストラは小学生からの参加となる。
三回目の参加となり、教室の名前や建物の場所が頭に入っていることもあり、随分楽となったが、初年度はとにかく走り回った記憶がある。
特に、共通語は音楽とはいえ、指導時の使用言語は英語。
子供達の通訳として、また、親として指導を受けるため、クラスには同行することになる。
ところが、3人もいれば、同じ時間帯に別のクラスがあって当然。掛け持ちすることが多くなる。妹も子供3人を抱え、状況は同じ。日本から応援に来てくれる母と一緒に、いつでも誰かのクラスに付き添うことになる。
オーケストラは初めての顔合わせのときに楽譜を渡され、
皆で合わせるが、いやはや、どうなることか、と聴いている方が心配してしまう。
ところが、一週間後の最後のコンサートの時には、
ダイナミックさ、ニュアンスも加わり、ぴったりと息も合い、
大喝采を浴びることになるから、驚き。
子供達は、魔術に掛かってしまうのであろう。
皆、真剣に空き時間を見つけては、或いは、寝る間を惜しんでは練習をする。
今回も、夜の練習中に、同じ棟のマダムから、もう練習は止めてくれと苦情がくる。
朝も、起きたらバイオリンを弾きたがる子供達を止めねばならない。
まだ寝ている赤ちゃんがいるかもしれないよ、と。
勿論、練習曲はオーケストラのみではない。
グループレッスンでも、常に新しい曲が紹介され、数日中に暗譜せよとのお達しが出る。
今年は、我が家のバッタ達3匹とも一緒。
しかも、妹の子供達2人とも一緒だったので、8時半からのクラスには皆で参加。
妹の子供達のレベルは高く、我が家のバッタ達は上に引っ張られる格好となり、
加えて、末娘バッタともなれば、背伸びも背伸び。
ここでのコンサートの曲はウェーバーの「country dance」と初日に言い渡される。
末娘バッタにとって、未だ取り組んだことのない曲となってしまう。が、コンサートの時を目指して、覚悟の猛特訓。
寮に帰り、9歳の甥っ子が指使い、シフトを丁寧に譜面に記してくれて、弓使いも指導してくれる。
このグループレッスンの先生であるヘレンは、銀髪にピンクや黄色のメッシュをしていて、エキセントリックな姿かたちのみならず、演奏時、そして指導時の情熱とパワーにはいつも圧倒されてしまう。バッタ達のバイオリンの先生であるマリが、ロンドンに住んでいた幼少時代に学んだ師でもある。
そのヘレンが今年のグループに選んだ曲は、「Lovers’ waltz」。
今年の2月14日にニューヨークの通りで耳にし、「バレンタインなのね!」と心潤し、涙し、演奏者たちにバレンタインだからと頼み込んで楽譜をもらってきたというストーリーつき。
第1バイオリンと第2バイオリンが旋律を譲り合いながらも競い合い、
高めあっていくところなど、愛の高まりを感じ、胸締め付けられんばかり。
ある日の午後。
空いた時間に宿舎で妹の子供達とバッタ達がこの曲を練習していると、
窓の外にヘレンが大股で闊歩している姿が目に入る。
子供達は嬉々となって、窓際に駆け寄って、Lovers' waltzを奏でる。
ヘレンは歩みを止めることなく、
こちらを振り向くでもなく、
それでも楽しげに、目的を持ったものが持つ力強さで去って行く。
子供達は、ヘレンが気がついてくれなかったのかな、と、ちょっと残念そう。
翌朝のレッスンで、ヘレンが皆の前で伝える。
昨日、ランチを食べて心地よく歩いていると、Lovers’ waltzが聞こえたのよ。それも、二つの旋律が入り混じって。ああ!あなたたちときたら!
このヘレンの話をしたら、恐らく何時間でも続いてしまう。
だから、ここでは最後のレッスンのときの話をもう一つ書くのみに留めよう。
末娘バッタは必死の練習によって、country danceのさびの部分こそ弾けるようにはなったが、コンサートのテンポとなったら、指が追いつかない。
一週間で仕上げることなど、所詮無理な曲。
多分、ヘレンは知っているに違いない。それでも、末娘バッタの無謀な挑戦を認めてくれたのか、彼女の参加を黙認してくれているかのよう。やっぱり一言伝えたい。そう思って、次のクラスに行く前に、末娘バッタにとり、この曲は未だ練習をしていない曲で、なんとか弾けるようにはなったが、それでもパーフェクトではなく、申し訳ない、と声を掛ける。
すると、彼女は、灰色がかった緑の目をカッと見開き、じっと私の心の奥まで見透かすかのように覗き込み、
「私は70年弾き続けています。でもパーフェクトにはなっていません。」
返す言葉もなく、立ちつくすのがやっと。
ああ、なんと馬鹿なことを言ってしまったのだろう。
我が愚かさを悔やむのみ。
親にとっても、子にとっても、
学ぶことの多い、貴重な時間。
そう、ニックが教えてくれた通り。完全にAddicted。
魔術に掛かってしまう不思議な一週間。そして、その余韻は未だ続く。。。
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