2011年9月26日月曜日

バッタ達が寝静まって




けたたましく賑やかであったバッタ達がそれぞれのベッドに入り込み、一瞬にしてそれぞれの夢の中を彷徨い始めると、静けさが家中に戻り、私の時間となる。

庭の明かりがうっすらと入り、ほの暗いサロンでは、寝る前にバッタ達が喧嘩しながら練習していたヴィヴァルディの四季の「春」が余韻を残している。正確に言えば、フルサイズ、4分の3、そしてハーフサイズの3つのバイオリンが、勝手気ままにケースに入れられずに、あるものはソファーの上に、あるものはテーブルの上、あるものは床の上に置きっぱなしになっている。楽譜立てには楽譜が残っているし、ピアノの上にも楽譜が散在している。3人仲良く練習する時は極稀で、何故か誰かがバイオリンの音を出そうものなら、我も我もと、自分達のバイオリンを手にして練習を同時に開始したがる。あれは何なのだろう。それでも、今日は最後は一緒に「春」を弾き始めた。上と下が第2バイオリン、真ん中が第1バイオリン。それなりに楽しそうだと思ったのも束の間、「秋」を弾き始めて喧嘩をし、一人抜け、また一人抜けて、最後に残ったものが、自分の練習曲を乱雑に弾きあげ、終えてしまっていた。末娘は、それでも上の二人に従う気構えはあるらしい。が、上の二人は常に覇権争いとまではいかずも、テンポの速度からニュアンスに到るまで、自分の解釈通りに進まないことには癪らしく、喧嘩が絶えなかった。

片付かないサロンに溜息をつきながらも、一切手を出さない。親が手を貸してしまうと、いつまでたっても自分で片付けることを知らない子供になってしまうのではあるまいか。が、実のところ、本音はそこまでやっていられないのである。無理なことは無理、としないことにしている。手抜きママで結構。ちょっとぐらい片付いていない家でも、皆が楽しく過ごせたら、それ以上を誰が望もうか。なんて、調子良く思っている。

そうして、早々にバッタ達を退散させるべく上手くことを運び(無論、彼らは自主的にベッドに入ると思い込ませることが肝要)、漸く、自分の時間を手にする。子供は早寝早起きに限る。

さて、今回は私も「四季」の第3バイオリンのパートを仰せつかっている。アルト(ヴィオラ)を手にしながら音の粒を撒き散らす。アルトを弾き始めてもう4年になるだろうか。子供達のバイオリンの先生が、ある日、今日はプレゼントがあるのよ、と私にバイオリンを手渡してくれた。それは先生のバイオリンにアルトの弦を張ったもので、アルトを弾いてみないか、とのお誘いであった。実は、その時は、自分自身でもピアノを弾く妹の影響でヨーヨーマのチェロに酔いしれており、彼のCDは幾つも持っていて、車の中、お風呂の中、食事の時、寝室で、と、常にヨーヨーマの音を楽しんでいた。それでも、チェロは私の背丈ほどの大きさ。だが、アルトはバイオリンをちょっと大きくした手頃サイズ。しかも、今回バイオリンの先生が貸して下さったアルトは、バイオリンのサイズ。いや、それよりも何よりも、絶対自分のバイオリンを生徒に触れさせもしない先生が、特に私がお願いしたわけでもないのに、さあ、と手渡してくれたことに驚き、彼女の気持ちと心遣いに、えも言われんほどに感激していた。私の心に欠けているもの、飢えた精神、悲哀を感じ取ったのであろうか。その心があまりに嬉しくて、その気持ちに応えたくて、一週間お借りして、その後すぐにアトリエに行き、私のアルトを探すことになる。

アルトの練習は、バッタ達が寝静まった夜中。

それ以降、バッタ達と一緒に生徒の一人としてコンサートにも出ることになる。学生の頃、弁論大会に出たこともあるし、人前での発表には慣れていると思ってはいたが、初のコンサートで、弓が弦にガチガチあたり、震えてしまい、音にならなかった。左指はいつもの動きをしてくれない。あれほど緊張したことはなかっのではあるまいか。いや、それが少なくとも3回は続いた。それまでバッタ達には、弓が曲がっている、姿勢が悪い、力が入っていない、弓の持ち方がなっていない、と一度に幾つもの注文を出していたが、それが余りに無茶な要求であることを、身をもって知ることになる。

先日も、遊びに来た友人の前で、ちょいとバイオリンを弾いてみてとバッタ達にリクエストしたところ、反応は悪かった。そうして、ママがアルトを弾けば良いじゃないの、ときた。なんたること。

それでも気がつくと、バッタ達の練習で何度も聴いているために、すっかり耳が覚えているお蔭でか、色々な曲を弾けるようにはなってきている。

いつかバッハのシャコンヌをイタリアの教会で、ステンドグラスからの光を受けながら弾いてみたいと願っている。願望に貪欲であっていい。志は高くありたい。その時には勿論バッタ達と一緒に。それぞれが、それぞれの思いを音にできたら、これ程幸せなことはなかろう。

La musique double la vie. / 音楽は人生を二倍にする』。フランスの詩人、Sully Prudhommeの言葉。


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