2011年9月22日木曜日

コウノトリの国


「フランス語、ドイツ語、英語。あんたは何語をしゃべる?」癖のあるフランス語でいかめしい顔に睨まれる。ここはアルザスの農協スーパーのレジ。ブドウ畑の丘の上にある小さな村にパンパンの足でたどり着き、喉は干上がっている。フレームに取り付けてあるボトルはかなり前から空。せめて水で潤そうと、目に入ったスーパーに崩れんばかりに入り込み、レジでお金を払うところ。眼鏡の奥の瞳に睨まれ、海外生活が10年以上を過ぎた今でも、外国人として冷やりとする。一体何事か。「フランス語を話します。」眼鏡のおじさんは俄かに活気付き「こいつは、冷たくても美味いんだ。スケソウダラを一旦油で揚げて、それをビネガーで漬けてある。」こちらは水だけが欲しいのに、なんと相棒はちゃっかりと魚の缶詰を選んで、レジで私の水の脇に置いていた。その魚の缶詰に対して親父さんは一くさり薀蓄をたれたがっており、話は続く。「このソースがまた美味い。パンを浸して食べるのさ。」最初は検問かと疑うほどの居丈高であったが、骨太の指をしゃぶる真似さえしての熱弁に圧倒され、よかったら、ご一緒にどうですか、と喉まで出かかる。お礼を言って、一体何ヶ国語を操るのか聞いてみる。「フランス語、ドイツ語、アルザス語。そして英語をちょっと。あんたの国の言葉は知らないよ。」日本語であることを伝えると、「あんたの国は立派な国だってことは知っているよ。なんだって、洋服も、靴も、みんな、あんたの国製だもんな。」と宣う。日本製の品質の良さが国際的に認識された時期は60年代ではないのか。車やゲームソフトなら納得もするが、アパレル関係は今や東南アジア諸国製に席巻されているのではないか。アルザスの田舎では、昔の日本製のシャツなんか、重宝されているのか。訝しげな私の表情に、せっかく国を持ち上げてやったのに、気に入らないのか、と不満気。眼鏡の奥が光る。「ああ、そうそう。オリンピックだ。もうすぐ、あんたの国で始まるよな。」やっぱりそうか。親父さんは日本と中国をすっかり混同している。オリンピックは中国の北京で開催される予定で、日本ではないと伝えると、「お!そうか!いやあ参った!」すっかり狼狽し、おもむろに相棒に話を振る。「ま、どんな国の、どんな言葉だって、理解できりゃあいいのさね。」私が「私たち、サイクリストなので、ペダルを踏むだけですから。」と返すと、「いいねぇ。ペダルを漕いでのコミュニケーションってか。そうして、時々、お互いライトをチカチカさせて、刺戟し合うってか。そうさ。なんだってコミュニケーションし合えるものを持っているってことが大切なのさ。じゃ、気をつけてな!」

アルザスと言えば、普仏戦争時を綴った『最後の授業』。フランス語が話せなくなることを嘆く先生と生徒達に感銘を受けた筈。が、実際は地元ではアルザス語(実はドイツ語の方言)が使われ、第二次大戦後仏語中心教育が推し進められ、方言、地方語の使用は厳禁される。仏政府で見直しが計られ、数年前から漸く学校でもアルザス語を習得できる環境になるも、メディアの力か今では子供たちは仏語が母国語となっている現状を嘆く地元の人々の話を目の当たりにするに到る。20代の娘たちはアルザス語をスペイン語の様に(つまり外国語として)理解すると言っていた、ドイツ人と結婚したアルザス出身の女性。フランスとの国境に接せるドイツの観光都市バーデンバーデンに在住。何故か、当地では国境間際であるも、仏語を解する人が少なかったことと、アルザスでは皆、ドイツ語を話していたことが印象的。件の彼女が、アルザスはフランスとドイツの二つの文化を共有しえる特異な環境にある素晴らしいところよ、と前向きな姿勢が嬉しかった。

ペダルを踏みながら、相棒の後姿を見つつ、コウノトリの飛ぶアルザスで心は豊かに満ちてくる。












 2008年夏の思い出




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