2013年9月17日火曜日

年度始まっての所感




新たな学年がスタート。
クラス替えがあり、学年が進むにつれ教科書の厚みが増す。

その割には、高校2年となった長女バッタはリュックではなく、おしゃれな鞄。朝8時からの授業に、5分前、ぎりぎりに走って出掛けるが、夕方5時まで楽しそうに通っている。一方、要領が悪いのか、真面目なのか。一番重そうなリュックを背負う末娘バッタ。朝は、9時15分前に出掛ける。今朝はスポーツがあるからと、他にも一つ別のリュックを抱えての登校。そして、最も要領が良さそうな息子バッタ。それでも始業の30分前には、リュックを背負って出ていく。仲間との時間が大切となり、その重みが増す時期なのだろう。

バッタ達の朝の時間を見守ることでの充実感よりも、彼らに出遅れた焦りの思いは、日、一日と濃くなってはいる。

フランスに住み、フランスの教育を受けながら、それでも日本語の学習を継続することは、並大抵のことではない。時に、親のエゴではあるまいか、と悩む時もある。

が、この夏、そうか、と膝を打つ文章に巡り合う。

バッタ達共々敬愛するバイオリンの先生の師は60代後半のバイオリニスト。彼女は、金髪+白髪のセミロングの髪を、オレンジやピンクのメッシュにし、いつも白か、黒の繋ぎドレス(長めのチュニック)姿。目をかっと見開いて演奏したり、教えたりと、とにかく、すごいエネルギーを発散しているので、口の悪い生徒たちからは、「witch」「sorcière」なんて陰で呼ばれている。

その師によるスピーチの原稿を読む機会に恵まれる。

ある日、子供たちにランチに招待され、喜んで行くと、息子と娘が揃って、「お母さん。お願いです。私たちの子供にバイオリンを教えてください。」と頭を下げる。まずは、驚いて、「でも、あなた達に教えた時は、すごく大変で、バイオリンなんかやりたくない、って反発してたじゃない。どうしてそれを、あなた達の子供に押し付けるの?世界中で最も大切なかけがえのない宝である子供に?」。様々な場面が頭を過ぎる。「練習を強制するから、ママのことは好きじゃないって、あれ程言っていたじゃない。」すると、驚いたのは子供達。「ママ、何の話をしているの?」「小さかった時、ママのことを意地悪な魔女呼ばわりしてたことは、覚えているでしょう?」「やだ、ママったら、大袈裟よ。馬鹿みたい。ママのことを魔女なんて本気で呼んだことは一度だってないわよ。悪ふざけよ。」「世界中のママの中でも、最低のママだって言ったじゃない。それは覚えているわよね。」子供たちは、ちっとも覚えていないと言って、自分たちが忘れてしまっているのに、大袈裟に話をしていると言われてしまう。子供たちは、母親のそんな反応に、ひどく戸惑ってさえいた。

そこで、師は悟る。子供たちが母親のことを嫌いだと言っても、本当には思ってはいないのであろう、と。

更に、私は思う。子供たちって、何かを習得する上での練習・訓練に伴う辛さは忘れるものだ、と。そして、厳しくも信念を曲げずに教える(導く)姿勢を貫くことは、お互いにとって大切なのだろう、と。

昨晩、ちっとも勉強しない息子バッタに、将来何になりたいのか聞いてみる。

そしたら、「金持ち」と返ってくる。シリコンバレーで何かしたい。大学は日本でもフランスでもなくて、英国、アメリカ、または、、、中国に行きたい。

最先端のテクノロジーを勉強したいと言うので、そりゃあ、日本に行かないと、と言うと爆笑されてしまう。日本のテクノロジーの高さを知らないのか、と思う反面、そこまでフランスでのイメージが落ちたのか、と愕然。

でも、まさか、中国で学べると思っているのだろうか。
あそこは発展途上だから、可能性が眠っていると返答される。

ああああ、どうなるんだか。
本当に年度の初めは悩ましい。
そりゃあ本人の人生だけど、親として、うまく導いてあげたいって願いは強い。
それよりも、先ずは自分の人生をなんとかしなくては、か。。。


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