2016年8月13日土曜日

カラマンシーの香り









朝八時から夜九時まで、ほぼノンストップで幼虫がキャベツをバリバリと食すかの如く仕事をし、当たり前のことながらバスもなく、タクシーもない中、重いラップトップを肩に下げ、会社鞄を抱えながら夜道を歩いて帰る。

それでも、翌日からの旅行を思うと解放感と高揚感で足取りも軽い。近所の猫か、人恋しそうに足にまとわりついては、ニャーニャーと物悲し気に訴えられる。家族に置いてきぼりにされたのか。猫君、ごめんよ。今日は先を急ぐんだ。まだ支度も出来ていないし、家も片付けも終わっていない。明日の朝には速攻で買い物もしなきゃ。だから、ここは失敬するよ。


何年振りだろう。高校の時以来。17歳の思い出が甦る。あの頃も、彼女の家に遊びに行く週末は嬉しくて仕方がなかった。背が高くて、真っ直ぐの黒髪を長く優雅に伸ばし、まるで森の中の妖精そのものの。微笑むと、くっきりとえくぼが愛らしい。お嬢様のようで、ちっとも気取ったところがなく、おっとりとしているかと思えば、しっかりと自己主張をする。彼女の魅力に、何人の若者たちが参ったことか。

孔子の言葉が胸に突き上げてくる。
有朋自遠方来、 不亦楽乎。


ぽっかりと開いた自由な一週間。マニラに住む彼女に連絡を入れると、二つ返事で遊びにおいでよ、と言ってくれる。棚田が見たい?火山がいい?それともビーチに行く?

青い空にヤシの木、緑の海、灼熱の太陽。

すべてが魅力に満ちていた。そして、突然の連絡に驚いた風でもなく、ごく当たり前のように、いつでもおいでよ、と言ってくれる彼女の思いやりと優しさに真綿でくるまれるようなあったかさを感じていた。

甘えてしまおう。


そうして急遽ドーハ経由でマニラ入り。常夏の国、フィリピン。数時間立ち寄ったドーハや台湾のように、気温が高い国にありがちで、空港はがんがんに冷房が効いていて寒いぐらいだろうと想像していた。ターミナルも複数あり、かなりの規模らしい。

友人が、ターミナル1なら送迎の人は入れないので出口で待っているから、と丁寧に地図まで送ってくれていた。

パリでも国際線なら手荷物のピックアップ後、税関を過ぎるまで出迎えの人は入れない。ミーティングポイントは常に出口。大丈夫、大丈夫。そう高を括っていたことが間違いであったことは、荷物のターンテーブルの前で漸く分かり始める。

だだっ広い場所で、機体から吐き出されたスーツケースや段ボールをターンテーブルがガタガタと載せていく。暑さと湿気、騒音。クーラーなんて効いてやしない。20年以上も前になるビエンチャンの空港が甦る。

ぼんやりとした頭で、息子バッタから勝手に失敬して来た青い鞄を探しながら、他の乗客たちの様子を観察。フィリピンの男たちは素晴らしく力が強く、気が優しいらしい。女たちは自分の探す鞄が出てくるや、一声かける。と、よしきた、まかしときな、とばかりに、一斉に男たちが取ってくれる。


お馴染みの青いキプリングの鞄が出てきたので近寄ると、ほいさ、とばかりに男性が手伝ってくれた。さあ、いざ、17歳の時の友人が待つ場所へ 。おおっ、ここか、と思い背筋をまっすぐに、お腹をひっこめ、髪を手ですいて、長時間の旅の疲れをみじんも見せない様子で颯爽と歩く。むんむんとした熱気が一層気持ちを高揚させる。が、どうやら、これが出口ではなさそう。ミーティングポイントを尋ねると、いかにも旅行会社のスタッフ風の女性が、ここからは車での移動かと思わせるコンクリートの道を指し示す。ここを歩けと?誰も歩いていないじゃないか。半信半疑ながらも友人が「地下通路」と呼んでいた道なのかもしれないと思い始める。

その「地下通路」を出ると、夕暮れ差し迫るマニラとご対面。町中挙げてのお迎えかと思わせる程の賑わいで、彼らの注目を一斉に浴び、急に自分が偉くなったような気恥しい思いが込み上がる。しかし、友人の姿が見つからない。

横断歩道を、今度は気取ることさえ忘れて渡り、出口とやらにたどり着く。警官なのか警備員なのか、二人で人の出入りをチェックしている。特別な人、つまり乗客しかこの区域にはいられないことが、彼らの厳重なチェックとゲートで仕切っていることが如実に伝えている。友人を探すことよりも、そんなことに驚き、あっけにとられてしまい、民衆の熱に飲み込まれてしまっていた。

そんな様子を見てか、警官の一人が声を掛けてくれ、友人と待ち合わせていると言えば、電話さえも掛けてくれる。「出口にいるよ。」「そこからジョリビーが見える?」はっきりとしない会話の後で電話は唐突に切れてしまう。警官は友人はどこにいるのか?彼女はここに来るのか?いるのか?と聞いてくるが、答えられない。日本人だよね、と、大衆をぎょろりとした目を一層ぎょろりとさせて見回す。そうして、あ、あそこにいるのでは?と教えてくれる。

大勢の人が行き交う中、17歳の彼女を探す。背が高くて、真っ直ぐの黒髪を長く優雅に伸ばし、まるで森の中の妖精そのものので、微笑むと、くっきりとえくぼが愛らしい。お嬢様のようで、ちっとも気取ったところがなく、おっとりとしているかと思えば、しっかりと自己主張をする、そんな彼女を。

どこにいるの?彼女は見当たらない。それでも警官は自信があるらしい。日本人なら、ほら、あそこに!

大勢の中で、大衆より頭一つ大きいだろうか、背の高いショートカットの女性が周りをきょろきょろとしながらも、猛スピードで突っ走っている姿が目に入る。

あっ!

大声を出す。相手もこちらを振り向く。が、初めは分からない様子。走る私の姿を目にし、数回確認後、漸く認めた様子で笑顔が広がる。

そりゃあそうだ。彼女も17歳の姿を探していたに違いない。

ああ、無事に会えた。頬にくっきりとえくぼが刻まれる。ちっとも変っていないね。

会ったら、何から話そうかと思っていたのに、会ってみると、いつでも会っていたように、あの時と同じように、極々自然と言葉が出てくる。笑いが広がる。








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