2016年8月21日日曜日

爽やかなグリーンマンゴジュースで乾杯








ブルターニュの夏のバカンスから一人でフェリーと電車で戻ってきたかと思うと、翌日にはスーツケース二個を押しながら北駅から新たに旅立っていく。

大人になるとは、こういうことなのか。
独り立ち。

余りに厳しく叱ったからだろう。後姿のパジャマの裾が震えていて、はっとしたことが昨日のように思い出せる。彼女が一年生か二年生の頃。ママとパパが勝手に本人によかろうと選んだ学校で出る日本語の宿題。ママが仕事で家にいないのだから、日本語とは全く無縁のフランスで、一人で日本語の宿題ができるはずがない。それなのに、あの夜は随分と叱ってしまっていた。

あれからパパがいなくなり、私に心の余裕が更になくなると、もう子供の勉強など見てやることもできなくなっていた。元気でさえいてくれればいい。それが一番。そう本気で強く願っていた。

そして、本当にありがたいことに、バッタ達は三人とも元気で、明るい子達に育った。ただ、学年が上になると、「元気でさえあれば」と言っていたことを後悔し、やはり将来の選択肢を広げるためには、勉学にも力を入れねばならなかったと思ったもの。フランスの学校は日本のように競争社会ではないように一見思われるが、実は水面下で選抜はしたたかに行われている。そんなことにも気が付かずに、生きることに必死だった日々。

大好きなダンスは、ママが送り迎えしてあげられないので、お友達の家族に随分お世話になった。甘えることを当たり前と思ってしまっていた時期。そのお友達から、車で送迎してあげているんだから、おやつぐらい持ってくるのが当然よ、あなたのママは仕事ばかりしてお金をかせぐことしか考えないのよね、と言われていたことを他の方から聞いて仰天したこと。だからスーパーで、遠慮がちに、ビスケットを買って欲しいとねだったのか、と愕然とする。ママを守るためだったのか、或いは、そんなこと言えなかったのか、長女バッタは今でもあの時のことを語らないし、私も敢えて聞いていない。

それからは、自分でバスや徒歩で通ってもらうことをお稽古の条件にする。息子バッタも、末娘バッタも。

末娘バッタが確か小学三年の時に、バスに乗り間違えて、終点で泣いてしまったらしい。運転手さんが良い人で、君が泣くとボクも泣くよ、と言ってなぐさめ、警察を呼んでくれた。そして、その警察も良い人で、親を叱る前に、泣いている末娘バッタをダンスの教室まで連れて行ってくれた。背の高い二人の警察官に挟まれ、末娘バッタは小さな体をもっと小さくして歩いたという。あの時も、ママに電話がないかって心配した、と言っていたっけ。


親として子供達を守る以上に、子供達から守られていたのか。

中国での一年間でママに会いと思ったことが二回あったよ。一回目はイギリスの大学から不合格通知を受けとった時、二回目は風邪がひどくて起き上がることができなかった時。

二回しかなかったのか。いや、二回もあって光栄なのか。しかし、なんと逞しくなったのか。


到着した当日は、学校の寮が未だ開いていないので、ホテルに一泊するらしい。ホテルの予約をネットでしていた長女バッタ。自分のクレジットカードの確認の電話番号登録ができていないからと、ちゃっかりと私のクレジットカードを使ってよいかと聞いてくる。頭金10ユーロ。ノーショーなら、全額払うのだろうか。


夕食のリクエストはカレーライス。確か中国に行く時も、カレーライスをリクエストされたっけ。嬉しいような、はぐらかされたような。カレーライスなんて、ちっともママの腕を振るう料理ではない。まあ、いいか。


それよりも、フィリピンからこっそりとスーツケースに入れて持ってきたグリーンマンゴでフレッシュジュースを作ってあげよう。カラマンシーもたっぷりと入れて。

小さめの5個すべてをミキサーに入れる。カラマンシーも種を入れないように潰してオレンジの汁を入れる。濃厚で綺麗な黄金のドリンクができあがる。

鮮やかな色合いに心躍り、一口含めば、爽やかな甘酸っぱさが軽やかに口中に広がる。

長女バッタの船出に、ぴったりじゃあないか。

さあ、乾杯。
元気でね。これからも自分の手で新しい道を切り拓いていくんだよ。
いつだって応援しているから。

君の歩く道に幸多かれ!










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