君の知り合いの弁護士に聞いてみてくれないか。
来週月曜の裁判を控え、頼みにしていた弁護士が遠方であることもあり、費用として余りに高額を要求するので、困っている。そう上司から言われたのが昨日。
あまりに乱暴。それでも、困っていることは良く分かっているので、知り合いの弁護士に連絡を入れる。
厳密にいえば、バッタ達の父親の友人。彼が弁護士だから友人になったのではなく、友人が弁護士だったということだが、彼が初めて我が家に訪れた日を今でも覚えている。長女バッタが誕生して、病院から戻ってすぐのことだった。
あれから、息子バッタ、末娘バッタが家族の仲間入りをし、パパの友人として皆一緒に会う機会が何度かあった。森の中でのピクニック。友人宅でのバーベキュー。彼の子供たちはバッタ達よりも、ちょっと大きくて、眩しい存在だった。いつか、彼等のように大きくなるのだろうな、と。
父親の友人だからこそ、我々の離婚の時には、彼が父親の弁護士として現れた。
父親とは口をきくのもうんざりしていたし、彼が父親の弁護士であると聞くと、長女バッタの誕生の日々が思い出され、気持ちは非常に落ち込んだものだった。ところが、事前交渉の場や、裁判所で彼は私に会うと、最愛の友人に出会ったかの様に抱きしめ、両頬にキスをした。その様子を見て、私の弁護士は目を丸くして驚いたことを今でも覚えている。
あの頃は、闘う意志など何もなく、ただ、ただ、終わって欲しかった。父親の提案、要求をすべて受け入れる私を見て、私の弁護士は呆れて、最後には私から報酬を得るのさえ、申し訳ないと言ったほどだった。
父親の話など聞きたくもなかったが、友人の話になると、耳を傾けた。子供たちにとって父親の存在は大切なこと。父親が子供達にとって彼ができうる範囲で最善のことをしようとしていること。離婚をしても、父親、母親として、我々二人が子供達にとって最善の選択をしていくであろうことを前提とし、全てが決められていった。裁判の公証人でさえ、本当にマダムはこの内容で良いのですか、と聞き返したぐらいだった。
あの時、私の弁護士の主張に耳を傾け、父親からの提案を撥ねつけ、高額の手当を受け取り、相当有利な条件を勝ち取っていたとしたら、どうだったであろう。憎しみしか残らなかったかもしれない。
父親を信じるというより、穏やかな彼の言葉にすがった。父親が子供達にとって最善のことをする、という言葉に。そして、彼は決して間違っていなかった。
私の知り合いの弁護士とは、私の離婚を担当した弁護士ではなく、父親の弁護を担当した人物。
彼は、忙しいだろうのに、すぐに時間を空けてくれ、会ってくれた。十数年前と同じに、最愛の友人に出会ったように抱きしめ、両頬にキスをした。月曜には裁判にも出廷してくれると言う。報酬について相談すると、会社の経営状態が思わしくないからこそ、救済措置を申請するのであって、そんな状態の企業に請求はしない、と一言。いつか経営状態が良くなったら、その時話し合おうじゃないか、と。
まったく、何という人道的な精神の持ち主なのだろうか。
会社の問題とは言え、張りつめていた思いが一気に緩み、思わず涙ぐんでしまう。
そうして、彼のお蔭で、バッタ達も、彼等の父親も、私も、我々皆が救われたことに思い至る。
いつか、彼に恩返しをすることができるだろうか。
せめて、この社会に恩返しをしていくことが、彼に対する最大のお礼のような気がしてならない。
今宵はひときわ明るい月夜。月明かりが心の深い奥まで届きそうな晩。
一人目を閉じる。
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