2012年7月9日月曜日

出会い ~夏を抱いた向日葵の大きなブーケ~




そうして彼は
約束のチーズと白ワインを持って、
見たこともない程の大きな向日葵が基調の花束を片手で軽々と抱えて、
いつもの、ちょっとはにかんだ、
恥ずかしそうな笑みを湛えてやってきた。

頬を合わせてのビズの時に、
爽やかなグリーンの香りが一瞬舞い降りる。

「昨日はマンション(成績評価)がもらえず落第したから、今日はそのラトラパージュ(追試)よ。」

嬉しそうに笑いながら、そうなんだ、と頷きつつ靴を脱いでいるが、一体、ちゃんと分かっているのだろうか。

そう、前日は朝から一緒に打ち合わせに出かけたが、私の単純ミスで場所を間違え、小雨の中を彷徨うことになり、その後、次の会議と、迫ってくる午後のイベントの間で、時間もなくなり、慌てて場所柄も近い我が家で簡単にランチを、となる。

ラーメンならある、と思っていたが、もう一つの選択肢として提示していた、ご飯とハムエッグを選ばれ、それならば、と勇んで冷蔵庫を覗いて愕然。
バッタ達がいなくなってから一週間。
冷蔵庫は空っぽ。

更に間が悪いことに、一瞬で掃除機を片付けたものの、
サロンには未だバッタ達の旅行の準備と称して出されていた靴下が転がっている。
とにかく、スーパーの大袋に全て詰めて別室に運ぶ。
と、手を洗うバスルームに、
洗って干してある下着に気がつき、バスタオルを掛ける。

多分、この辺から、もう、上の空になったのかもしれない。

先ほどの会議での話題を無難にしながら、
冷蔵庫のご飯を電子レンジに放り込み、
「ちょっと誇大広告しちゃった。ごめんね。目玉焼きオンリーになるわ。」
と、フライパンにオイルを落とす。

サロンのテーブルの書類やら、バッタ達の本やらを隅に追いやり、
お気に入りのモネのテーブルマットを出す。

あんなに緊張したことはない。
目玉焼きにと、お醤油、ケチャップ、塩、胡椒を出すが、
最後に出した「ユズスコ」を振り掛け、
白いご飯で「頂きます。」

なんとなく物足りなくて、フリカケも出す。

ああ、
なんとも情けなし。

「カフェ?紅茶?お茶?」
最初はカフェのリクエストとなるも、インスタントだと分かると、紅茶にしようか、となり、紅茶もティーパックだよ、と見せつつ、もう、時間もなく、アールグレーに。

午後のイベントの為に、ちゃんとスーツを用意してあり、
着替えさせて、と別室に入る。

なんだ。
我が家を使うこと、当てにしていたのかな。こんなことなら、前日にどんなに疲れていても買い物に行けばよかった。

ネクタイを締め、ピシリ、と決まると、「さあ、行こう。」
あ、ちょっと待って。私も着替えなきゃ。

と、そんな情けない、おもてなしをしてしまっていた。

だから、その挽回をしたかったし、その日の仲間達との「お疲れ会」は、いつの間にか、私の心の中では彼がメインゲストとなってしまっていた。

前日に比べたら、掃除機も掛けたし、サロンも綺麗になり、玄関の靴もすっきり、
そう思って張り切っていたのに、
頂いた向日葵の大きな花束を何に活けようかと思いあぐね(我が家の花瓶には既に庭の薔薇が優雅な枝にクリーム色の蕾をつけ、甘やかな香りを放っていた)、
シャンペンクーラーにと思い台所に行くと、
シャブリを冷やそうと私の後についてきた彼が、
「ふうん。日本人の居住空間は皆、整理整頓されているものかと思っていたけど、これは驚いたね。」
と、我が家のCDラックと、その下に転がるじゃが芋、玉葱、空き瓶、などなどを見て、大笑いする。
それを受けて、既に来ていた別の仲間が、
「まったくその通りだね。良かったよ。君みたいな人がいるって分かって。」
と大笑い。

こちらは、大笑いどころではない。
マンション(成績評価)が掛かっている。

それでも、早めに集まっている連中でヴーヴクリコのシャンパンで乾杯し、
黄金の粒の舞で喉を潤しながら、
大皿にたっぷりと盛った今にも弾けんばかりの真っ赤なチェリーに
皆で堪能する。

仲間が揃い始め、
さて、と、
アントレを。

熱湯に潜らせたセロリ、人参の千切りとキュウリの千切りを盛って、
ディルで香りをつけたタルタルサーモンを上に載せ、
キャビアもどきの魚の卵とパセリの葉のみじん切り、粒マスタードのソースを掛ける。

おおっ!

皆、感動してくれる。いいな、この感じ。
久しぶり。
そう、本当に久しぶり。
友人達を招いてのおもてなし。

ちらりとオーブンを覗くが、
熱々の大きな二つの塊が鎮座しているものの、
アラームはあと少しと表示している。

さて、では、アミューズブッシュと洒落込むか。

先日味を占めた我流グリーンパパイヤサラダを小皿に盛る。

インゲンの緑、プチトマトの赤、カシュナッツ、大根、パパイヤ、赤唐辛子、と色鮮やか。

ちょっと辛いのでは、との心配を余所に、
皆、感動の声を発しつつ、お皿は綺麗になる。

と、アラームがなり、遂にオーブンから塊を出す時間に。
皆、興味津々。
仲間の一人がオーブンから重くて熱い塊を出す作業を買って出てくれる。

予め用意しておいた斧を、別の仲間に手渡し、ガツンとやってくれとお願いする。
小麦粉、粗塩、ハーブの生地で作った塊は、ちょっとやそっとではビクリともしない。
想像以上の皆の嬉々とした様子に、こちらもウキウキ楽しくなる。

がっぷりと割れて出てきた鶏は、
じっくりと醤油、生姜、シャロットの味がゆきわたり、
身はとろりととろけんばかり。

仲間の一人が持ってきてくれたワインで改めて乾杯。

最初こそ、一つで充分と言っていたが、
結局、二つ目も皆で分ける。

グレープフルーツ風味のパセリとミントたっぷりのタブレを供する。

一皿、一皿ごとに、
まるで試験官の如く、「とってもおいしいです。」
と恥ずかしそうな眩しそうな笑顔を向けて、伝えてくれる彼。
その効果がどれだけのものか、本人は知る由もあるまい。

なんだか、本当に、彼の為だけに料理をしたような気分にさえなってきてしまう。
赤ワインの効果だけではあるまい。

彼のチーズを皆で楽しむ頃、
話題はいつの間にか女性と出会ったときに、先ずどこに目がいくか、となる。

仲間のうち、一番オシャレで洗練されていると思わせるフレディが、「そりゃあ、お尻だよ。」
と爆弾発言をして、皆、沸く。

仲間のうち、一番若くて、真面目さからは程遠いイメージのエリックが、「目だよ。」といって、女性達の歓声を浴びる。

女性の一人が、「家の旦那、愛を語れば目が緑になるって言うんだけれど、未だ嘗て、彼の目が緑になったことって、見たことないわ。」といって、皆の爆笑を買う。

彼は、何て言うだろう。
答えは分かっているようで、でも、とっても気になる。

果たして、思ったとおり、全体の雰囲気が決め手となるが、時と場合による、といった曖昧なもの。この手の話にはシャイな彼。

そして、エリックが日本人女性は見た目と実際が違う、といった話をしだし、
別の女性が、「彼」に、日本人女性の印象を聞く。

つい、手にしていたナイフを握り締め、
彼をじっと見つめてしまう。

と、
奥にいたはずの別の仲間が、「そうナイフなんてかざさなくても、燃える瞳の中の炎が十分物語っているよ!」と私に声を掛ける。

しまった。
やっぱり単純な私の態度は分かりやすいのだろうな。
それにしても、なんという観察力。やばい、やばい、とヒヤリとしつつも、
笑い飛ばし、誤魔化す。

そんなやり取りがあって、彼が自分の気持ちにぴったりなんだ、とある詩を紹介してくれる。
Antoine Polの「Les passantes」。
手際よく、i-phoneを持っていた仲間の一人が、ユーチューブで検索し、Georges Brassensの歌声が流れてくる。

仲間全員が静かに、その歌声に聞き入る。

ある無名の詩人が、シャンソン歌手のGeorges Brassensに詩を送る。それを読んで、本人に会いたいとしたときには、既に詩人は亡き人。そんな背景も紹介してくれる彼を、とてもじゃないがまともに見ることはできなかった。

デザートはオレンジ果汁の口の中ですっと蕩けるゼリー。

パリからの一人が、そろそろお暇しないと、と言い出す時間になる。

じゃあ、カフェは?
今晩は本物のカフェがあるわよ。

そう彼に笑いかけると、
じゃあ、カフェを頂こう。
パリに帰る仲間も、カフェで締めくくろうということになる。

そうして、
あら、それじゃあ、私も。
じゃあ、そろそろ。

と皆が帰ることになる。

頬を合わせてのビズがあちこちで繰り広げられる。

彼との番になったら、
大柄の背を屈め、
ぎゅっと抱きしめてのビズ。

眩暈がしそうになったのは、
甘いデザートワインの影響だけではあるまい。

皆が帰った後に、
コンコン、とドアを叩く音。

ちょっとそこまで仲間を送ってきたエリックが、
片づけを手伝うよ、ともう一度来てくれる。

優しい思いやりに感謝しながらも、
もう夜中になるという時間に、流石の私も男性一人をあげるわけにはいかないと、
丁寧に、丁寧に断る。

久しぶりに、数え切れないグラスを洗いながら、
ひょっとしたら彼が現れないかな、なんて思っている自分に、一人呆れつつ、
明日は講義があるんだっけ、と思ったりもする。

そうして、見事な夏を抱いた向日葵のブーケを部屋に運び入れ、
少しでも睡眠をと思い、眠りにつく。

翌日、
ぼんやりとした頭でメールを見ると、彼から皆へのメールが入っている。
そこで、「Les passantes」の詩を紹介してくれている。

それが、一体、どれほどの効果を私にもたらすか、彼は知る由もあるまい。。。
多くの一般的な出会いへの礼賛。
それを牽制とみるか、素直に、彼の心の豊かさと思うか。
いや、余り深く考えずに、さらりと、そうさらりと読み味わおうか。


Les passantes

Je veux dédier ce poème
A toutes les femmes qu'on aime
Pendant quelques instants secrets
A celles qu'on connaît à peine
Qu'un destin différent entraîne
Et qu'on ne retrouve jamais

A celle qu'on voit apparaître
Une seconde à sa fenêtre
Et qui, preste, s'évanouit
Mais dont la svelte silhouette
Est si gracieuse et fluette
Qu'on en demeure épanoui

A la compagne de voyage
Dont les yeux, charmant paysage
Font paraître court le chemin
Qu'on est seul, peut-être, à comprendre
Et qu'on laisse pourtant descendre
Sans avoir effleuré sa main

A celles qui sont déjà prises
Et qui, vivant des heures grises
Près d'un être trop différent
Vous ont, inutile folie,
Laissé voir la mélancolie
D'un avenir désespérant

Chères images aperçues
Espérances d'un jour déçues
Vous serez dans l'oubli demain
Pour peu que le bonheur survienne
Il est rare qu'on se souvienne
Des épisodes du chemin

Mais si l'on a manqué sa vie
On songe avec un peu d'envie
A tous ces bonheurs entrevus
Aux baisers qu'on n'osa pas prendre
Aux cœurs qui doivent vous attendre
Aux yeux qu'on n'a jamais revus

Alors, aux soirs de lassitude
Tout en peuplant sa solitude
Des fantômes du souvenir
On pleure les lèvres absentes
De toutes ces belles passantes
Que l'on n'a pas su retenir

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