雨戸を開けると、門に大きな袋がぶら下がっている様子が見てとれた。
そうか。明け方に夢で聞いた音は、彼女が門を開けて紙袋を掛けた時のものだったのか。やはり、朝早くに、ひっそりと置くことを選んだのか。
分かっていたような、やはりそうだったのかと寂しく思う気持ちが交互する。
のんびりと外に出て取りに行くと、意外に重い。
夏に貸していた二冊の本を返すので土曜は家にいるのか、とメッセージが入ったのが金曜日。土曜は基本的に家にはいるが、バッタ達のサッカーやらバドミントン、バイオリンに往復付き合うので、いないこともあるけど、と返事をする。お茶でも寄って行ってよ、と書き加えなかったといえば、確かにそう。でも、本当のところ、お茶をするには気の重い話題が横たわっていた。
手にした袋は貸しておいた二冊の本以外にも、二冊の単行本、二冊の文庫本が入っている。手元に本がなくて、今度買い出しに行かないと、と言っていたことを覚えていてくれたのか。
慌ててSMSを送る。本を受け取ったこと。4冊も本を貸してくれてありがとう。時間があれば、ぜひお茶に寄ってね。
そうして、バッタ達のサッカー、バドミントンの往復に付き合い、買い物をし、洗濯をし、合間にバニラビーンズでミルクを香りづけ、ベルガモットの皮を削り、卵黄を白くなるまでもったりと撹拌し、米粉を入れ、しっかりとメレンゲを作り、150度の低温オーブンでマジックケーキを焼く。
バッタ達はパパがパリから迎えに来てしまっていたので、さあ、なにか書こうかしら、と思っていた矢先、電話が鳴る。
彼女。
急いで出ると、驚いた声が返ってくる。
確かに、週末は携帯には基本的に出ない。固定電話ならなおさらの事。しかし、今回は相手が彼女。本のお礼も言わないと。それに、気まずい話題を避けて通るわけにもいくまい。
すぐそこにいるので、ちょっとだけ寄っていいか、と言われる。
あら、どうぞ、どうぞ。
でも、待てよ。色々してはいたが、掃除は未だだった。そう思った時には、既にドアにノックの音が響いていた。
まあ、ゆっくりしていってよ。
そう言って冷蔵庫に冷えていたシャンパンを開ける。
おしゃべりしながら、とっておきのお新香を切る。
チーズを出す。
「ねえ、キョフテを作ってあるの。それを、焼こうと思うんだけど。」
「ううん。もう帰らなきゃ。」
それから4時間以上。
何故か、香辛料がぴりりと効いた、パセリの千切りとひよこ豆がたっぷり入ったキョフテだけは遠慮されてしまうが、シャンパン一本を空け、白ワインまで登場してしまう。お新香も気が付けば、一本なくなってしまっていた。
なくなってしまったのは、それだけではない。
変なわだかまりと、気まずい話題。
お嬢さんから携帯に連絡を受け、迎えに行く予定だったのか、そそくさと席を立つ。
ありがとうね。
そう言って。
これで車を運転?と思うも、同じ状態なのはこちらも一緒。
じゃあ、気を付けて。
またね。
ハイタッチの筈が指を絡めての握手となる。
そう。
なくなったものは、もう一つ。
マジックケーキが一切れずつ。
爽やかなベルガモットと甘いバニラビーンズの香りに満たされつつ、ゆっくりとドアを閉める。

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