2021年6月4日金曜日

盲亀の浮木、優曇華の花

 





一つ年上の兄は何でも知っていて、雑学博士、歩く百科事典などと言われていた。小学生の頃からコンピューターのプログラミングをしていたし、今は懐かし、ハム、いわゆるアマチュア無線の免許を持って見知らぬ大人と交信なんかしていた。


そんな兄がいる我が家での常識は、一般常識とはかけ離れていたのだろうと、今振り返ってみてしみじみ思う。


いつどこで仕入れたのかと思う程ネタを持っていたし、歴史や漢詩にも通じていた。あらゆるジャンルに関心を持ち、探求心が旺盛だったのだろう。そして、記憶力が抜群。


そんな兄が両親と何かの話題でにぎやかに盛り上がっている時、へええ、と横目で眺めているか、理解しているフリをすることが多かったかもしれない。なにそれ、教えて、と言うには、どうも憚られる雰囲気があった。何より、私自身がぼんやりとした子だったのだろう。


それでも、どこか記憶に引っかかっていることがあり、時々ふとしたことで思い出し、どれどれと調べてみて、成程そうだったのかと膝を打つこともなくはない。


その一つに、今日、たまたま閲覧していた動画で出くわして、思わず膝を乗り出してしまった。


「盲亀の浮木、優曇華の花」


盲亀の浮木とは、大海の底にすみ、百年に一度だけ海面に出てくる盲目の亀が、海面に浮かぶ一本の木に出会い、その木にあいている穴に入ることは容易ではないという、仏教の説話から、出会うことが甚だ困難であることのたとえ。また、めったにない幸運にめぐり合うことのたとえ。


優曇華の花とは、きわめて珍しいことのたとえ。「優曇華」は三千年に一度咲くという、インドの想像上の植物。


「盲亀の浮木、優曇華の花待ちたること久し」と続くと、願ってもない絶好の機会という意味になり、仇討ちの時に使われる常套句。


不思議なことに、その後に続く、「此処で逢うたが百年目!親の仇だ!」のくだりは良く知っていた。そうか、滅多にない幸運、巡り合わせ、という意味だったのか。


小学生の頃、良く我が家に遊びに来ていた父の仕事関係の友人がいた。非常に知的で、正に紳士然としている方で、確か名古屋の出身。関西のアクセントも憧れだった。父よりも恐らく一回り年上だっただろうか。単身赴任であったからか、夕食も随分ご一緒した。その方は母の料理の腕をいつも褒めていて、母も喜んでローストビーフ、殻付き海老のチリソースなどご馳走を作っていた。一度母が出張で家を空けている時に、泊りがけで遊びにいらしたことがあった。その晩、ワインレッドのナイトガウンを羽織っていらして、なんてダンディなんだろうといたく感心したことを覚えている。


ただ残念なことに本社に戻ることになり、それからは以前のように頻繁にお会いできなくなってしまった。そして、数年後に、病気で亡くなってしまった。


その方の追悼文集を作成するにあたって、母に寄稿依頼があった。母は我々子供たちにも、その方の思い出話やエピソードを尋ねた。私は確か上述したナイトガウンの話をし、妹はドレッシングを作っている時に味見をしていたら、そんなに味見をしたら、ドレッシングがなくなるぞ、とからかわれた話をしたように思う。


母は、そうそうとばかりに、「盲亀の浮木、そして続きはなんだっけ」、と言うと、兄がそれを受け、「盲亀の浮木、ときたら、優曇華の花」と嬉しそうに言う。


母によれば、ある時、ご自分の奥様との出会いを嬉しそうに話しながら、父と母も最高のカップルであるとし、こんな出会いは「盲亀の浮木、優曇華の花」である、とおっしゃったとか。男性陣にとっては、非常に出来過ぎた女性たちである、と。


へえと感心する兄。そんな故事が口をついて出るなんて、やっぱり本物の知性をお持ちだったわよね、としみじみとする母。どうもその場で、「盲亀の浮木、優曇華の花」とはなんぞや、と言えない雰囲気があった。


その後、こっそりと調べれば良いものの、私にしてみれば「もうきのふぼく、うどんげのはな」なのだから、ちんぷんかんぷん。とにかく漢字が当てはまらない。饂飩気の花?そうなると、言葉自体が覚えられずに、調べる術もなく、うやむやになってしまった。


それでも、何かが引っかかっていた。そして、今日、漸く明確に理解する。そうか、そうか。そうだったのか。


せっかくなので今度一度使ってみないと。

盲亀の浮木、優曇華の花、待ちたること久し!



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