2021年9月15日水曜日

戦場と化して

 




世の中で苦手なものといったら、歯医者ほど苦手なものはない。


健康な歯茎に真っ白で美しい歯並びの歯であれば、きっと見解も違ったものになっていただろう。小学生の頃から学校には歯科医が葉の磨き方研修に何度も訪れたし、その度に丁寧な歯の磨き方というのを学んだ。


昔から歯は丈夫で、歯で糸を切るのは当たり前だが、ビニールテープや紐までも引きちぎるという今思えばおぞましいことをしていた。若いということは、愚かであり、我が身を過信しがちなのだと、失って分かることがある。


本を読む時顎に手を当てて読む癖があった。歯を食いしばって読むので、後で顎も痛くなったし、何より頬の内側が歯型になって痛かった。


学生時代に自転車競技をしていたが、苦しい時は奥歯をかみしめる癖があった。


なにより、歯ぎしりの癖があった。寝ていて自分の歯ぎしりの音の激しさで起きることもあった程。


何がいけなかったのか。今更の話しながら時々思ってしまう。兄も双子の妹も、ピンクの綺麗な歯茎にしっかりとした歯を持っている。


健康な歯茎に真っ白な歯を目指し、歯間ブラシを使って毎日努力を怠らないことにしている。それでもままならないこともある。そして意に反して歯医者に通う日々となる。


嗚呼、医者によるといえばそうなのだろうけど、今回ばかりは当たりか外れか分かりにくい。何かする前に一言説明が欲しいと切に願う。こちらはまな板の鯉状態。口まで開けているのだからどうしようもない。麻酔をするので、ちくりとします、程度の説明があってしかるべきではないか。


看護師にその旨伝えたら、優しく肩に手を置いて丁寧に説明をしてくれた。15分ぐらいで終わること。毎日何度もしている施術なので技術的にも問題がないこと。これからヨードチンキを塗ること。などなど。


そう、そうなのですよ。その程度でいいから、教えて欲しかったのです。


少しだけ緊張が和らいだところで、さあ、とばかりに歯科医がドリル音よろしく我が口を戦場に変える。


マダム、ちょっと珍しい体験となりますよ。


なんて途中で言うものだから、こちらはひやりとしてしまう。肩に優しく手を置いてくれていた看護師が慌てて「大丈夫ですよ。何も感じませんから。」と言えば、歯科医はこともなげに否定する。金槌で打ち付けるのだから、何も感じないわけがないだろう、と。


えっ?


頭蓋骨にヒビが入るのでないかと思う程、脳震盪を起こすのではないかと危ぶまれる程、数回脳天を撃ち抜かれた。


棒のようになっている足を揚げて驚きを表現すると、今度も歯科医はこともなげに言う。マダムの歯の骨は薄いので、こうするしかないんですよ、と。でなければ治療はできませんので、二者択一。やめてもいいんですよ。


さあ、もう一度。


この歯科医が健啖家であったことを感謝しなければ。戦場と化した我が頭をがっしりと自分のお腹で支えて金槌ならぬ器具を振るってくれたのだから。このクッションが非常に安心感を与えてくれて有難かった。

その後のことは、この激しさに比べれば何でもなく耐えられた。確かにきっかり15分のことだったのだろう。あっけなく解放されると、全身が汗びっしょりであることに気が付いた。


麻酔が効いているうちに、急いで運転して帰宅し氷で冷やさないと。いやいや、安全運転にしなければ。たかが歯一本ぐらい、なんて思っていた時期もあったことが恨めしい。すべては繋がっているのだから、一本、一本が大切。これからも歯も歯茎も大切にして、こんな珍体験は一度きりにしたいもの。


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