2021年11月13日土曜日

深まる秋の冒険譚

 







サロンでメールを書いていると、ガチャガチャガチャと遠くで賑やかな音が聞こえている気がした。何かに集中すると周囲があまり気にならなくなるので、特段の注意を払っていなかったが、そのうちに流石に音が続いており、しかもかなり身近で音がしていることから、視線を周囲に巡らせてみる。


おっ。


いつの間に侵入したのだろうか。こんなに大きなサイズは見たことがない程立派な、恐らく小指の長さはあるだろう蜂が、庭が見える大開口窓ガラスを前に外に出ようともがいていた。


そっと窓を開けてあげるが、いかんせん蜂にしろ蠅にしろ鳥にしろ、何故か空気の流れをつかめない連中なので、現状打開すべく必死のもがきを止めない。悪いことに、蜂君がいる方の左側の窓はいつのころからか開けられなくなってしまっていて、右側の窓を開けているのだが、一向に気付いてくれない。


しかし、どのタイミングでこんな大きな蜂君が我が家に忍びこんだのだろう。午前中に一回外に出た時と、午後に一回、青年が忘れ物を取りに来た時ぐらいしか考えられない。青年は至極恐縮しており、おやつを用意していたのに、一瞬で固辞し、マッハのスピードで帰って行ったのだが、そんなやり取りの瞬時をついて蜂君が入って来たのだろうか。


気にしない時は一向に気にならなかったのに、気にし始めると蜂君の音が大層にぎやかで、兎に角も救出してあげたくなった。一方で、うかつに近づいて刺されたり、齧られたりしたら、大ごとになりそうな獰猛さも感じられ、取り敢えずは様子を遠くから見てみることにする。


照明を落とそうが、窓を大きく開けようが、蜂君は今ある目の前のことにしか考えられない模様。一時、ガラスを這い上がる途中でぽとりと床に落ちてしまう。それから、またぱっと飛んで窓に縋りつく。


そうか。彼が床に落ちた瞬間に、カップを被せて生け捕りしてしまえばいいか。昔、やはり我が家に忍び込んだ蝙蝠を生け捕りして逃がした時の様に。


手ごろなプラスチックの透明のカップを手にし、蜂君が床に落ちてくる瞬間を待つこと暫し。待てば海路の日和あり。ずるずるとガラスをずり落ちてしまった蜂君は、しかし、丁度人参の芽が出始めた苗床に着地してしまう。えい、ままよ。そこにすっぽりとカップを被せる。


それまで賑やかだった羽音が一瞬にして聞こえなくなる。外は既に真っ暗闇。どうしたものか、と真剣に考えるよりも、無事に被害を受けることなく雑音が消えた世界に安堵してしまう。


そのまま情けないことに翌日を迎えてしまう。カップで覆ったままであったことをすっかりと忘れてしまっていた。植木たちに水をやっている時に、プラスチックのカップを目にし、ぎょっとしてしまう。そろそろと水をやると、カップから鈍い羽音がする。おおっ!


ゆっくりと静かに、カップで覆われた苗床を外に出し、慎重にカップを開けてみる。と、どうだろう、カップから昨日の蜂君がひょいひょいひょいっと姿を現した。状況把握に手間取ったのか、最初はカップの中を滑りながらも歩いている。蜂君、君は自由の身になったんだよ、と、カップをゆらしてやると、ふっとカップの外に這い出てくる。それでもまだカップの縁を歩いていたが、やがてぱっと飛び立つと、今度は空高く屋根を超えて大きく飛んで行ってしまった。


この寒空に大きく羽ばたいていった蜂君を見て安堵の思いが過り、あまりの元気さに、ひょっとしたら昨夜は疲れて寝てしまったのではないかと思ってしまう。今頃、仲間たちに羽音勇ましく冒険譚を得意満面に語っているのではないか。


深まる秋。



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