2022年5月29日日曜日

奥様(マダム)は魔女 本編

 






お向かいのマダムに苺レモンムースの上に宝石のようにきらめくゼリーを作って、お裾分けに馳せ参じた。大喜びで受け取ったマダムだったが、真顔でマダムの家には魔女がいると言う。


聞いてちょうだいよ。だって、何十年も使っていた珈琲マシーンがダメになったかと思ったら、同じ日に大切なダイソンの掃除機がいかれてしまったのよ。それだけじゃないの。食器洗い機も、湯沸かしポットもよ。魔女の仕業としか思えないでしょう。


今月89歳の誕生日を迎えたばかりのマダムは、白髪を振り乱し、真剣な顔でまくしたてる。インターフォンやコンピューターの不具合で何度もお手伝いをしているので、マダムが電化製品をどんな風に扱うのか良く知っているので、さもありなん、と思うしかなかった。


うーん、と考え込む様子をし、おもむろに、ゆっくりと、「マダム、思うに、それはですね、」と、もったいぶって長引かせながら、「マダムが魔女なんですよ!」と宣言してみた。


うわぁっはっは!


心の底から可笑しそうな笑いが響く。お互いに大笑いをしながらも、内心ひやりとする。マダムが笑ってくれたから良かったものの、下手をすると、こんな侮辱はないと怒られるところか。


マダムの庭の立派なキィーウィーの木には雌花と雄花が何千と咲き誇っており、ミツバチたちが忙しそうに働いている。その様子を見せてもらいながら、土曜はノルマンディーから娘さんが会いに来て、日曜は息子のお嫁さんと子供たちが遊びにくるといった、マダムの近況を教えてもらう。


娘さんランチなんていいですね、と振ったところ、いいえ、ランチには行かないのよ、と突然悲壮な面持ちで告げられる。


実はね、ほら、孫のミカエル、あの子の3歳になる息子が未だ一言もしゃべらないのよ。2歳半になった頃、おかしいわね、と言っていたんだけど、あの子達、私に内緒にしていたのよね。つい先日、泣きながら告白されたわ、遺伝的な発話障害があるって。毎日お医者さんに会いに行っているんですって。


この歳になって、こんな辛い話があるなんて思っても見なかったわ。青天の霹靂とは正にこのことよ。おちびさん、とっても賢くて、この間も私のことを見てにこにこしてくれるのよ。こっちに来てって、手ぶりをするの。でもね、言葉を発さないのよ。もう、胸が潰れる思いよ。遺伝って言われても、我が家の方では誰もいないわ。


先日我が家に遊びに来てくれた、あの子の話をしてみた。あの子は一瞬一瞬を大切に、心から喜んで生きていて、パパもママも大変だろうけど、幸せに輝いている、という話を。


そうは言ってもね、でも、辛いじゃないの。痛ましいじゃないの。私は、どうしても辛い顔をしてしまうから、そんな顔を見せたら、ミカエルは嘆くだろうし、その子自身にとっても良くないことよ。分かっているけど、どうしようもないのよ。だから、会わないことにしているの。ランチには行かないわ。




そして唐突にこの話は終わり、今度は、もう一人の未だ一歳にもなっていない女の子のひ孫の話を、とろけんばかりの顔で一瞬だけして、デザートのお礼を丁寧に何度もしてくれた。いつも美味しいデザートを、どうして私に届けてくれるの?私は何もしていないのに?


マダムの存在が尊いのです。今回は魔女にふさわしい煌めく宝石のデザートを献上します。お口に合いますように。






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