2023年10月20日金曜日

遂に堪忍袋の緒が切れてしまった巻 其の参

 






小川に沿った小径に差し掛かると、私は右に折れた。右は我が家に戻るルートであり、雨の日も、風の日も、日照りの日も、猛暑の中でも、真冬の暗がりでも、毎日通っている。そして、トンカが左に折れたことを気配で知った。


トンカよ。行くのかい。


これまでの私であれば、トンカの向かう左に一緒に行き、恐らく向こうから歩いてくるクロケットおじさんの傍で興奮しているトンカの首にリードをつけ、おじさんにお愛想を言って、トンカを引っ張って連れ戻したであろう。しかし、その時の私は疲れていた。


剥き出しの本能を見せつけられることも嫌だったし、私の命令よりもクロケットおじさんの魅力に引きずられるトンカを見ることが辛かった。ならば私もクロケットおじさんに負けずに、バゲットを一本与えれば良いのか。ハムの塊でもリュックに忍ばせて、ここぞとばかりに取り出せば良いのか。違うだろう。


散歩の時間帯をずらせば良いじゃないか、とも考えたが、何せ仕事が終わってからの散歩。これ以上遅くなると、それでなくても日が短くなっている昨今、帰りが暗くなってしまう。そして、これ以上早い時間帯での散歩は無理だった。


散歩の場所を変えれば良いじゃないか、とも考えた。しかし、鬱蒼とした森の中を通る場所は私の大のお気に入りで、あそこに足を踏み入れると毎回感動し、幸福感に浸れる。そこで鹿を追いかけるトンカの姿を見ることは、何よりの癒しだった。小川の小径も、散歩の途中に喉を潤すに最高であり、小川に映し出されたリフレクションの世界をのぞき込むことも楽しかった。


果たして。


左に折れたトンカは、一向に戻ってこない。口笛を鳴らして呼んでも、大声で名前を呼んでも戻ってこない。それが全く効果のない行為であることは、これまでの経験で知っていた。


一人、小川のほとりにしゃがみ込み、トンカを待つ。この状況から脱却せねばならない、この状況を作ってはなるまい、そのことだけを考えていた。哀しみだけが心を支配し、じわじわと虚無感に襲われ、気が付くと顔を覆って泣いていた。


ようやくクロケットおじさんと彼が連れている彼の近所の黒い大きな犬とトンカが、連れ立ってやってきた、筈である。正直なところ、詳細は覚えていない。おじさんが良い方であり、トンカを可愛がってくださっていることには感謝していますが、もうトンカに餌を与えないでください、そう懇願している自分がいた。


クロケットおじさんは、分かったけれど、私は呼んでもいないのに、ついてくるのだよ、と困惑気な顔で言い始めた。私が餌をあげなくても、私が連れている犬にひかれてくるんだよ。


いえ、おじさんが餌をエンドレスで与えるから付きまとうのです。それを止めて欲しいのです。他の犬と出会った時には、一緒に遊んでも、その後は必ず私のもとに帰ってきます。おじさんと一緒の時には、トンカはどんなに呼んでも戻ってきません。おじさんのところにいるのは、おじさんが餌を与えるからです。それを止めてください。


クロケットおじさんは、そんなに言うならリードをつけて散歩をすべきだね、と言い始めた。その間、悲しいかな、トンカはずっとおじさんに付きまとっている。お座りをして見せたり、ポケットに手を掛けてみたりと、おじさんの関心を得ようと必死になっている。


トンカのつぶらな瞳に見つめられ、おじさんは「マゾじゃあるまいし」とつぶやいた。


えっ?マゾ?いいじゃないですか!マゾで上等。そうですよ。私はヒステリックで、マゾヒストなんです。


いや、貴女のことではない。


おじさんは大いに困惑気だった。今思えば、確かに、トンカにねだられているのに、おやつをあげない行為のことを言っているのだろう。この場合のマゾの対象とはトンカのことか。その時の私には、どうでも良いことだった。とにかく、その言葉に誘発されたがのように、トンカに有無を言わせずリードを引っ張り、走り出した。


哀しみで胸が張り裂けそうだった。おじさんを恐らくは傷つけてしまったことだろう。それでも、兎に角、この関係を終わりにしたかった。トンカは、分かっているのか、分かっていないのか、その日は散歩から帰ってくると、真っすぐお気に入りのソファーの片隅に陣取ると、深い眠りに落ちた。


そう。いがみ合いの後に何が残ろうか。忘れてしまうことが一番。嗚呼、忘れてしまえれば良いのだが!取り敢えずは、先ずは眠ろうか。



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3 件のコメント:

  1.  こんにちは クッカバラさん😊
    私は旬の味覚を思いながら、
    クッカバラさんをおもいだしていたのでコメントです。

    お久しぶりです(笑

    この日付からサンタのおじさんとはその間何かありましたか。

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  2. 匿名さん、

    コメントいただいていましたのに、長い間お返事もせずに大変失礼しました。ごめんなさい。しばしの間、ネット環境無しの世界に行っておりました。

    従い、サンタおじさんとの交流もありませんでした。数日はバッティングを避けるため、遠回りになる別ルートをとって散歩していました。私が不在中は長女バッタが家にきてくれて、トンカの散歩を一手に引き受けてくれていました。

    ネット環境無しの世界については、これから記事アップしていきたいと思っています。その時にはご覧いただけたら嬉しいです。お時間いただくかもしれませんが、情熱は冷めることなくたぎっていますので、お楽しみいただけること請け合います( ´艸`)

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  3.  こんにちは

    涙が気になりましたが。。

    明るい挑戦欲の強いクッカバラさん‼️
    クッカバラさんの情熱を聞かせてください(笑)

    くれぐれも寒さで体調を崩されないようにお元気で過ごして下さい(笑)

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