ペルー紀行
第一話 インカの末裔
第二話 マチュピチュを目指して
第三話 真っ暗闇の車窓
第四話 静かな声の男
第五話 さあ、いざ行かん
第六話 空中の楼閣を天空から俯瞰
第七話 再び、静かな声の男登場
第八話 インポッシブルミッション
第九話 星降る夜
第十話 インカの帝都
第十一話 パチャママに感謝して
第十二話 標高3400mでのピスコサワー
クスコから45kmのところにある小さな村、アンダワイリーヤス(Andahuaylillas)。そこに16世紀末に建立されたカトリックの教会がある。当時は未だ小さかったのだろうか。今では巨木となったアメリカデイゴが大きな木陰を作っていた。
この教会は、相変わらず段差が大きいインカ帝国様式と勝手に呼んでいる石の階段の上にある。石段を駆け上がり、脇を覗くと岩の様な山が迫っていて圧倒されてしまう。
外観は比較的質素ながら、一歩足を踏み入れると、豪華絢爛な内装に息をのむ。壁画、天井画が色彩も美しく緻密で素晴らしい。金箔もふんだんに使用されている。当時教会には信者しか入れなかったという。その美しさを観たい思いで信者になるものを募ったと言われるが、素直に頷ける。内部は写真撮影が禁止されている。訪れる者は、この美しさを克明に記憶に留めようと、いつも以上に必死に見入ってしまうだろう。
クスコからペルー間を移動する観光客が毎日数百人と訪れるだろうか。しかし、村の住民は5,000人程度。この教会は、この村の人々の礼拝の為にあり、ここで洗礼、結婚式、そして葬儀もなされるという。この地のために作られた教会なのであり、当たり前とはいえ、なんという贅沢さ。もしかしたら、建立当時は、今以上の人々で活気に溢れていたのだろうか。戦略上、重要な村だったのだろうか。
ここの教会はアンデスのシスティーナ礼拝堂と異名を持つ。英語表記の説明書だと、アメリカのシスティーナ礼拝堂、と書かれているが、どうもアンデスと冠した方がしっくりくるような気がする。バチカン宮殿にある、壁や天井いたるところがミケランジェロの「最後の審判」、「アダムの創造」など最高水準のフレスコ画で装飾されている彼の礼拝堂を実際に意識して建設されたのかは分からないが、大衆を感動で打ち震えさせ、神への畏敬の念を起こさせる効果は当時も今も共通のものであろう。
入り口の内側の壁全体を使って、栄光への道と地獄への道が描かれたフレスコ画が印象的。花畑の楽しい道に正装をしている紳士が歩いているが、その向こうには地獄が待っており、一方、茨の道にくたびれた様子で青年が歩いているが、その向こうには天国が待っている。確か、三人の天使がいるのだったかしら。非常に分かりやすいメッセージながら、つい見入ってしまう。
ここもクスコのカテドラルや教会同様、スペイン植民地時代にインカの建立物を壊し、新たに作られたものらしい。インカ帝国時代の石積みが土台として使われているという。しかし、フレスコ画の画家たちはリマ、クスコの出身。アンデスの宗教芸術の輝かしい建立物の一つとして今では世界中に認められている。恐らく、ペルーの人々にとっても。
バッタ達は見学後、ぼんやりと教会の前の階段で日向ぼっこをしていたが、すかさず母と私は、階段の下の広場で、ちょっとしたテーブルを出し、ポットで珈琲を販売している女性の姿を目にする。なんと、ベーコンエッグを挟んだバン、アボカド入りサンドも販売している。朝食にありつけなかったことを不満に思っていたバッタ達。食べ物の恨み程恐ろしいものはない。一つ頼むと、ぱぱっと目の前でベーコンエッグを作ってくれて、バンに挟んで手渡してくれる。
バッタ達は、最初こそ半信半疑だったものの、一口食べて「美味しい!」。助かった!
珈琲の方は、相変わらずポットから、作り置きの濃く淹れた珈琲にお湯を入れて作ったもので、香りを楽しむこともなく、熱さも今一つ。ペルーは珈琲豆の産地だった筈だが、どうも珈琲に対する情熱は余りないように思われた。標高が高いから、珈琲よりもコカ茶が重宝されるのかもしれないし、実際に身体はコカ茶の方を要求しているように思われた。コカ茶については、いずれまた触れよう。
今暫くは、この小さな村、アンダワイリーヤスのセニョーラお手製のバンと、数世紀も前に遠い祖国を後にし、全くの異国の地で教会を建立し布教活動に専念したスペインの修道士の人生と、礼拝に訪れる村の人々に思いを馳せよう。
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