2023年9月27日水曜日

林檎讃歌

 





庭の隅にある小さな林檎の木の枝がしなる程に、今年は林檎の実が鈴なりになっている。朝日が差し込む頃に、林檎たちの弾んだおしゃべりが聞こえてきそうなぐらいに、小さな実が輝いている様子がキッチンの窓から見て取れる。


長女バッタがフィレンツェに旅立つ前に我が家で週末を過ごしたが、庭の林檎たちの様子を見て、もうちょっとだわ、と言っていたことを思い出す。その代わりではないが、爽やかな香り高いヴェルヴェンヌの葉を摘んで、お茶用にと紙袋に入れて持って行った。


我が家の林檎は、とても素朴な、それでいてこれこそが正統の林檎だわと思わせる、落ち着いた赤色をしていて、齧れば、その実はぱりりと瑞々しく、小粒ながら爽やかな酸味と穏やかな甘みを持っている。


遥か昔のことになるが、フランスに来た当初過ごしたパリの郊外にある大学のキャンパスは、驚く程周囲に何もなく、森を駆け抜けて漸くたどり着く、一時間に一本あるかないかの2両程度の電車が通る、小さな駅の近くに、猫の額ほどの小さな慎ましいお店があるだけの場所だった。


唯一実社会との繋がりを保てる気がするそのお店で、幼い頃を思い出させる林檎に出会い、思わず手にして、幾つか買ったことを今でも覚えている。ぱりりと瑞々しく、爽やかな酸味と穏やかな甘みを持っていた。なんて美味しいんだろう、そう思って、大切に、大切に、味わった。


不思議なことに、あの時の林檎を店頭で見掛けることはなくなってしまった。パリのスーパーやマルシェでも、これかなと思って手にする林檎は、どれも柔らかすぎたり、甘すぎたり、或いは酸味が強すぎたり、そして、毒々しい赤であったり、ピンク色が強すぎたりとしていた。


それがどうだろう。ここ二、三年で実がなり出した我が家の庭の林檎が、正に、あの留学時代に心震わせて食べた林檎と同じ味がするのである。いつの間にか、家主の嗜好が庭の植物たちにも伝わるものなのだろうか。


今年は林檎の当たり年。自然の恵みに感謝し、ありがたく頂くことにしよう。いただきます。



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