2023年9月3日日曜日

君の耳に乾杯

 







未だ夏であることを思い起させるような暑い日となり、こんな時間に散歩に出てしまったことを恨めしく思いつつ、それでも元気に尻尾の先を威勢よくくるりと丸めて闊歩するトンカの後ろ姿を愛しく思いながら歩いていた時のこと。グレーのピットブル君が藪からさっと姿を現した。


彼とは何故か暑い日に出くわすことが多く、散歩仲間のグループとは一線を画している存在である。ピットブルという犬種がそうさせるのかもしれないし、飼い主の若い青年がどちらかと言うと定年間近の飼い主たちとつるむことを面倒くさく思っているのかもしれない。


フランスではピットブルを飼う場合、居住する自治体が発行する所持許可書を取得せねばならず、常にそれを携帯していないと罰金を科される。トンカを散歩している時に、これまでパトロール中のパトカーとすれ違ったことが何度かあるが、いつも警官はニコニコしていた。ところが、飼い主によっては、散歩中に糞を入れる所謂プーバッグを所持しているか抜き打ち検査をされたことがあると聞いて、びっくりしたことがある。


正確には飼い主によって、ではなく、犬種によって、ということなのだろうか。トンカなど人畜無害そのものの優しい顔をしているので、警官も気にも留めないのであろう。だからか、グレーのピットブル君の飼い主は、ピットブル君とトンカが匂いを嗅ぎ合う挨拶をすることさえ、あまり良くないことと思っている節がある。何かあった後では、遅すぎるからであろう。お互いに悲しい思いをしかねない。


ピットブル君は、いつでもテニスボールを齧っていて、ワンと吠えることもない。これは、無暗に吠えたり、噛みつかないように躾をされているということなのだろうと思われる。


それでも、何回目かの逢瀬ともなると、お互いに挨拶をするようになるし、気も緩み次第に打ち解けた雰囲気が生まれてくる。しかも、この炎天下、お互いにやれやれ、暑いですねえ、お疲れ様です、との気持ちを共有したくなるものである。


ピットブル君、ちゃんと躾が出来ていて立派ですね。いつもボールを口に咥えていて可愛いこと。名前は何ですか。


と聞いてみたところ、非常に聞き取りにくい名前を告げられた。同じように発音してみたものの、どうやら違うらしい。すると、スペルを綴ってくれた。「デー、アー、エール、カー」え?ダーク?ふと若者のTシャツを見ると、なんだかアラビア文字が躍っている。ああ、彼の母国語のアクセント濃い発音なのか。


ふっと、暗澹たる思いが胸を過る。ピットブル君に、もうちょっと幸せな名前を付けてあげても良かっただろうのに。いや、それはこちらの勝手な思いあがった考えか。煙草の匂いが暑い叢のむっとした香りとともに鼻を掠めた。


皆、それぞれの人生があり、その人にとって何が幸せかなど誰にも分からないし、本人だって分かっていないことも少なくない。それでも、生きていくのが人生。


おい、ピットブル君。幸せになるんだよ。そして、君の飼い主君をいつまでも愛で包んであげるんだよ。君のシックでお洒落なグレー色をした、ピンと尖った愛らしい耳に乾杯。



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