一週間ほどご長女のいるノルマンディーに出掛けていたお向かいの90歳になるマダムが、帰ってきたら丁度お庭の無花果が熟れていると、薔薇の花をあしらった小皿に幾つか盛って差し入れをしてくれた。
丁度庭の林檎でアップルケーキを焼いたところだったので、一切れお返しにお届けすることにした。無花果の粒は歯にはさまるから食べなくなったマダムだが、焼き林檎ならば大丈夫だろう。林檎の皮を剥いてはいないが、十分にフライパンで焼き色を付けてから、じっくりとオーブンで焼き上げたので、皮の存在を感じさせない仕上がりになっている。
あら、まあ、と円満の笑みで嬉しそうに受け取ったマダムだったが、アルミ箔をぱっととってケーキを見て、一瞬にして顔を曇らせてしまった。思い込みとは恐ろしいもので、「アップルケーキ」と伝えた筈だったのに、以前作って大好評を博した「チーズスフレケーキ」を期待していたらしい。
なんて純真なんだろう。そして、とても分かりやすい。
冷蔵庫に丁度クリームチーズがあったことを思い出し、翌日、例の割れないチーズケーキの焼き方を復習し、テレワークで自宅にいたことを良いことに、昼休みにぱぱぱっと焼き上げた。程よく冷めたところで、お皿に載せて写真を撮り、トンカの散歩に出掛ける時に、マダムに渡すことにした。
それから、ちょっとした仕事が舞い込んで、集中して作業をし、なんとかトンカが騒ぎ出す前に仕事を終え、トンカに夕食を与え、洗面所で手を洗って戻って来た瞬間、何か違和感を覚えた。何かがおかしい。
焼き立てのやわらかな甘い香りだけを残して、お皿からチーズスフレケーキが忽然と消えてしまっていた。お皿には、まだ温かさが残っていて、しっとりと湿り気があったが、それ以外は何もない。テーブルクロスに乱れもないし、椅子もきっちりとテーブルに収まっている。
え?
ぱっとトンカを見ると、舌をぺろぺろとしている。
え?君、夕食を食べたばかりだよね。その足で、勝手にデザートまで食べちゃったの?
おい、おい、おい!クリームチーズ200グラム、卵3個、砂糖60グラム、牛乳50㏄、バター30グラム、これ、みんなトンちゃんのお腹に入っちゃったの?
で、お味はどうだった?せめて、もうちょっと、味わって欲しかったなあ。
実は、準備していた焼き型に入りきれなかった分を、一人分程の量だがマグカップに入れて焼いていた。今回はマダムにはこれを差し上げよう。
その夜、すっかり満足したであろうトンカは、ぐずること一切せずに、お腹を見せてぐっすりと寝入っていた。まあ、時にはいいかな。一事が万事こんな調子なのだから、躾なんてちっともできていない。気持ちよさそうな寝息を立てるトンカに、ケーキが如何に美味しく焼けたかの答えを見た気がした。
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