2024年1月1日月曜日

夢のエベレスト街道トレッキング~ Day 8 ルクラへ(神隠し)

 



Ammaは時々鼻をかむために、立ち止まらねばならなかった。咳込むこともあった。それでも、弱音の一つ吐くでもなく、黙々と歩き続けた。歩くペースは、普段以上に遅くなったと思う。そうしながらも、Ammaは自分の足で歩くことを続けた。


私はと言えば、Ammaの後ろをのんびりと、これがこの地の見納めかと、カメラのシャッターを切り続けていた。そしてふと、相棒の姿が暫く見えていないことに気が付いた。Ammaの前を先導するかのように歩いているRajさんのところに、血相を変えて聞きに行った。「相棒の姿が見えないけれど、何か知っている?」


Rajさんは、ああそのことなら、という調子で返答をした。下痢が酷くてどうしてもトイレに行きたいというので、この先にお店があるので、トイレを貸してもらうようにとアドバイスをし、そこで待っているようにお願いしてあります、とのことだった。


そして、気になるので先に行って様子を見に行きたいがいいだろうか、と言うので、Ammaと私はビスターレ、ビスターレで歩いて行くので大丈夫だから、相棒の様子を見に行ってください、とお願いをした。






暫くすると、先に行ったRajさんが慌てた様子で戻ってきて、彼が思っていたお店には相棒がいなかったと知らせてくれた。その時は、比較的軽く考えていて、それなら、その先のお店まで行ったのかもしれない、と思っただけだった。


するとRajさんは、この先の村まで行って見てこようと思うが、いいだろうか、と聞いてきた。すみません、どうぞお願いします、と返事をした。以前、相棒がナムチェの村まで一人で行ってしまったことを思い出していた。地元民になっているつもりなのだろうが、集団行動の規範と照らせば、問題ある行動だわね、と思わずにはいられなかった。





のんびりAmmaと歩き続けていくと、走ってきたと思われるRajさんが、向こう3つ先の村まで行ってきたが相棒の姿はなかったと告げた。Rajさんは、まだ後ろにいるような気がするので、もう一度見に行ってくる、と言ってくれた。


最初こそ、大丈夫よ、そのうち現れるわよ、と鷹揚に構えていたのだが、これはどうしたものか、と思い始めていた。すみません、それではお願いします。そう言いながらも、それでも変な不安はなかった。






双子なのだから、相棒に何かがあれば、何か感じることがあるのではないか、と高を括っていたこともある。あっち、こっちとアングルを変えてカメラのシャッターを切っていたところ、Ammaから、「写真なんぞ撮らずに、妹を探せぃ」と言われてしまった。






病み上がりなので、ふらりとして崖に足を踏み外してしまったのではあるまいか。そして、声も出せずに蹲っているのではあるまいか。Ammaが本当にそう思っているのか、現実にそのようなことがありえるのか、その辺のところはよくは分からない。崖を覗くと、ぞっとする光景で、まさかねえ、と思ってしまう。





それでも、次のお店と思わしき場所で、誰かトイレを使わせてもらっていないか、誰か来ていないか、と聞いてみることにした。英語ができるのは子供のようで、家族総出で親切に対応してもらったが、相棒を見たと言う人は出てこなかった。


Rajさんが息を弾ませて戻って来た。私が一番最初に相棒のことを訪ねた場所まで戻ってみたが、やはりいなかったと言うではないか。酷く心配をして、自分の落ち度だと申し訳なく思っている彼に、大丈夫よ、きっと調子が良くなってどんどん先に行っているのよ、と言って、取り敢えずは三人で一緒に進むことにした。


Rajさんの話をよく聞くと、相棒はルピーを持ち合わせておらず、トイレの代金を支払うことが出来ないというので、それなら私が後で払うので、先に行ってトイレを使って待っていてくださいと伝えてあるので、待っている筈に違いないと思っていることが分かった。





ルクラからパクディンに歩いてきた日に、丁度休憩をした食堂が見えて来た。そこでリュックを下ろして、ふと相棒の水筒を私が持っていることに気が付いた。そうか。彼女が先に行っていることは先ずなく、どこか後方で待っているに違いないと、その時に強く確信した。






しかし、それであるなら、一体どこで。落ち着かない様子のRajさんと、風邪の症状が収まらないAmmaとで取り敢えずは飲み物を頼んだ。と、Rajさんが「ボスから電話です。」と言うではないか。暫く話をして、相棒の居場所が見つかったと教えてくれた。


ナムチェに向かうガイドさんに、相棒が旅行会社の名前を告げ、そのガイドさんがラクスマンさんに電話を入れてくれたという。ラクスマンさんから、ガイドさんの連絡先を聞くとRajさんはすぐに電話をして、お互いに情報を交換し合った。今すぐ迎えに行きます、先に進んでいてください、と言うので、この食堂で待ち合わせたらどうかと言うと、ちょっと驚いた顔をして、一時間はかかりますが、とのことだった。





ちょこっとの区間かと思っていたのだが、既に時間は随分と経ってしまい、距離も離れてしまっていたのだった。なんとまあ。それなら、ぼちぼち先に進んでいますね、となった。出発の前にトイレに行き、戻ってくると、丁度別のトレッカーの二人連れが休憩に訪れたところだった。


連れの女性が私の顔を見るなり、どなたかお待ちではないですか?と聞いてくる。最初はトイレのことかと思い、連れの母親が今トイレを使わせてもらっているが、すぐに出てくると思うといった趣旨のことを告げた。そう言いながら、ひょっとしたら相棒のことを言っているのではないかと思った。


実は、私の双子の妹がどこかで我々を待っている筈なのですが、と言うと、ああ!やっぱり!その彼女なら、随分前の道端で一人でしょんぼりとしていたのです、とのことだった。我々と一緒にルクラまで行きましょうと誘ったのですが、頑なに母親を待たねばと、動こうとしなかった、とのことだった。






なんと!相棒がこの二人連れのトレッカーと一緒に来ていれば、この食堂で合流することができたであろうのに!と思わずにはいられなかった。一体全体、あいつはどこでどう待っていたのか。カタツムリのような歩みをしてきた我々が、見過ごす筈はないと思っていただけに、不思議でならなかった。


Ammaはと言えば、心配してきた思いが、無事であったと分かると怒りに転じ、待つと言っても限度があるだろうし、彼女の勝手な行いで予定がすっかり狂うことになり、団体行動を乱したといきり立っていた。


しかも旅行会社の社長に電話を入れるとは、何事か。まるでRajさんの手落ちを言いつけているようではないか。Ammaは怒りモードに転換するや、どんどんと勢いをエスカレートしていった。


いや、Amma、それはないわよ。私は逆に、よく旅行会社の名前を憶えていたわね、と感心しているわよ。そのお陰で連絡がついたのだもの、良かったよね、と。本人だって、どうしたものかと困っていたのだろうし、そう怒らないであげようよ。






Rajさんと相棒は、それでも一時間も掛けずに我々に追いついてきた。どうやら、お腹の調子がすこぶる悪く、随分と長いことトイレに居続けてしまい、彼女が外に出てきた時には、我々が通ってしまった後のようだった。そんなこととは思わぬ相棒は、トイレ代を持ち合わせていないことからも、朝の光を浴びながら、のんびりと我々が通るのを待っていたという。


おい、おい、おい。


体調が悪かったので、その場でのんびりと待つことは、実はむしろ心地よかったようではある。そして、これまでも最長2時間は我々のことを待ってきたので、これぐらいの時間待つことは、おかしいとも思わなかったという。


おい、おい、おい。


相棒が駆け込んだ場所は、お店というよりは民家であり、Rajさんの思っていたお店ではなく、かつ、トイレは坂の下にあったことからも、簡単に道から見渡せる場所になかったことが、今回の行き違いの最大要因と言えそうだった。





Ammaは相棒に、問題行動だと手厳しく指摘し、相棒は相棒で、そう言われても、どうしようもなかったと、項垂れた。Rajさんは随分と恐縮していた。そして私に、Ammaは怒っていましたね、と言うので、相棒のことを随分と心配したからね、でも、親子だからこそああやって言うのよ、大丈夫よ、と応じると、漸く安心したように、そうですね、それが家族ですね、となった。





これにて一件落着、と行きたいところだが、Ammaの体調は一向に良くならず、相棒は相棒で、しきりに腸がぐるぐると音を立てているようだった。ルクラの村に入ったすぐのお店で、解熱剤とポカリスエットの粉末を買った。薬局にいけば正規の薬の値段は、驚く程廉価であったことを思ったが、ロッジに到着したらすぐに服用できるようにと、薬を手に入れることを優先とした。





相棒の話はちゃんと道筋が通っているようで、何とはなしにちぐはぐな感じも拭えなかった。神隠しに合った、そう思えてならなかった。




ああ、シバ神よ、天照大御神よ、よろずの神達よ。相棒をこの世にお戻しくださいまして、誠にありがとうございます。









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夢のエベレスト街道トレッキング(これまでの章)

プロローグ

カトマンズ編 出会い 

カトマンズ編 迷子

カトマンズ編 コペルニクス的転回

カトマンズ編 政治談議

出発編 ビスターレ、ビスターレ

出発編 ラメチャップへ(人生観)

出発編 ラメチャップ(深淵)

出発編 ラメチャップ(恋に落ちて)

Day 1 ルクラ(チベット仏教の世界に)

Day 1 ルクラからパクディン(画像バージョン)

Day 1 パクディン(林檎と蜜柑と柘榴)

Day 2 ナムチェへ(渓谷の朝)

Day 2 ナムチェへ(ジャパン トキオ)

Day 2 ナムチェへ(冠雪のクスムカンガル峰)

Day 2 ナムチェの夜(まさかの高山病)

Day 3 ナムチェの朝(子を抱く母、アマダブラム)

Day 3 サガルマータ国立公園(ゾッキョと相棒)

Day 3 サガルマータ国立公園(空間の共有)

Day 3 シャンボチェの丘(お数珠)

Day 3 シャンボチェの丘(標高3 800m)

Day 3 シャンボチェの丘(夜の帳)

Day 3 シャンボチェの丘(今後の相談)

Day 3 シャンボチェの丘(明けない夜はない)

Day 4 シャンボチェの丘(エベレスト御開帳)

Day 4 シャンボチェの丘(標高3800メートルのお粥)

Day 5 シャンボチェの丘(復活の朝)

Day 5 再びナムチェに(シバ神と天照大御神)

Day 5  再びナムチェ(相棒)

Day 6  ジョルサレ(祈り)

Day 6 ジョルサレのロッジにて(考察)

Day 7 パクディンへ(ビスターレ、ビスターレ)

Day 7 パクディン(ドゥードコシ川の瀬音)

Day 7 パクディン(祈りと願い)

Day 8 ルクラへ(Ammaの矜持)

Day 8 ルクラへ(ダルバート)



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