ルクラのロッジは、初めてルクラ入りした時に寄った場所だった。食堂には午後の便を待つトレッカー達で賑わっていて、のんびりとした空気が漂っていた。空港の目と鼻の先なので、飛行機の発着による騒音に悩まされるかと思ったが、二度ほど賑やかになっただけで、その後はひっそり閑としてしまった。
Ammaは発熱していたし、相棒は脱水症状にならないかが心配だった。二人とも身体を休めるために、早速ベッドにもぐりこんだ。すぐにボトルに熱湯をもらい、ポカリスエットを作った。この時はRajさんにお願いしたので、ボトルのお湯は熱々だった。湯気の立つポカリスエットをAmmaと相棒のコップに並々と注いだ。
その後、Rajさんは翌日のフライトの確認で空港に行ってしまったので、厨房に声を掛けてボトルに熱湯を入れてもらったのだが、ぬる湯どころか、冷え冷えとしていたので愕然としてしまった。甘く見られたものだ、と思ったが、彼らにしてみれば一度熱した水を再度熱するためのガスが勿体ないのだろう。それに、食事時でもなければ需要がないので、残っていた薬缶の水をお湯として支給することもやむを得ないか。
とは言え、食後に「熱い、熱いお湯を」とわざわざ強調してお願いした時にも、ボトルのお湯はぬるかった。Rajさんは、熱々の薬缶を選んでボトルにお湯を入れてくれていたに違いない。我々が気が付いていないRajさんの隠れたサービスが、どれだけあるのだろうかと思わずにはいられない一件だった。
さて、一階の厨房と3階の部屋とを何回か往復している間に、Ammaも相棒も寝入ったようだった。私はと言えば、これまでの行程で使ったお金の記載に漏れがないか、夕方にポーターさん達とのお疲れ会の時に手渡すチップの額に間違いはないか、何度か確認をしていた。
今回の旅のバイブルはご多聞に漏れず地球の歩き方なのだが、最新版とはいえ流石に日々変遷するインフレ率や為替の動きを反映できているわけではない。カトマンズ市内のミネラルウォーターの値段や、珈琲の値段が随分と高くなっていることに気が付いていた。従い、当然ながらチップの額も上方修正する必要があった。
全額ルピーとはせずに、米ドルを交えることにしたので、今度は為替レートを確認し、換算する必要があった。通常なら簡単に計算してしまうのだが、ベッドに転がり、ノートとボールペンだけで計算するとなると、なんだか間違いをしそうで、じっくりと時間を掛けた。
そうこうしているうちに、相棒が唸っていることに気が付いた。確かパクディンのロッジでも、夜中唸っていて起こしたことがあった。相棒の腕を寝袋の上から掴み、おい、おい、大丈夫かい、とちょっと乱暴にゆすってみる。
「えっ?あっ?」うなされていたようだから、起こしたわよ、と告げると、ああ、ありがとう、と掠れ声が返って来た。すると金縛りに合っていたのだと、世にも恐ろしいことを言い出した。昼寝をし過ぎてしまった時に、私自身も何度か経験しているが、あの妄想と入り混じった金縛りのことかと思った。
ところが、ところが、相棒の場合は、そんな生半可なことではなかったのである。高山病であったり、不慮の事故であったりと要因は様々ながら、目的地まで到着できなかったトレッカー達の無念の声が、幾重にも幾重にもなって相棒に襲ってくると言うではないか。
ちょっ、ちょっとお。
君を怖がらせるのも本意ではないので、これ以上は言わないけれど、と言われた日には、それこそ相棒を寝袋ごと抱きかかえてしまった。なんとまあ。クリスタルボールで宇宙からのエネルギーをも取り込み、大気の波動を音の粒として共振させて鳴り響かせ、人々の魂に語り掛ける、そんなことをしていると、通常は聞こえないことまで耳に入ってしまうようになるのだろうか。
おい、相棒よ。そんなに遠くまで行かんでおくれよ。そうは言っても、君はその世界に足を踏み入れ、今水を得た魚の様に生き生きとしている。君の奏でる音色、君の紡ぐ言葉に心癒される人々がいることも知っているよ。
そして、それこそ生まれた時から、いやAmmaのお腹に入った瞬間から我々は一緒なのだもの。君がどんなことをしても、君を君として受け入れるだけだし、君の幸せは私の幸せでもあるよ。
だけど、どうか自分の身体をもうちょっと、労わって欲しい。魂を削りながら、研ぎ澄まされた世界に入り込んでいるのではないかと心配だよ。
幼い時のように、ずうっと相棒の手を握っていたかった。
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