ルクラのロッジで、未だ微熱があって寝ている相棒ではあったが、どうしても連絡をしなければならない方たちにメッセージを書いていた。部屋ではwifiが怪しげだったので、食堂に行って確実に送信して欲しいとお願いをされた。
お湯を貰いに行ったり、wifiコードを確認に行ったり、メッセージ送信に行ったりと、3階にある部屋と一階の食堂を随分と往復した。wifiコードを入力するも、どうもうまくいかない。試行錯誤していると、ガイドさんと思しき男性が、壁に貼ってあるwifiコードを示してくれた。そうなのよね。これで試しているのだけど、上手くいかないのよね。
大勢が使っているからだろうか。時々アクセスできたかと思うと、すぐにアンテナが消えてしまう。Rajさんは未だ空港に手続きで行っているのだろうか。間違いなく明日の便に乗れるのかしら。そんな思いでいた。と、「ディディ」と呼びかけられた。ひどくドキリとした。Rajさんだった。
彼は日本語がとても上手だったので、よく日本語で会話をしたのだが、同じぐらい英語も流暢で、気が付くと英語で話をしていることもあった。あの時は何語で話をしたのだろうか。そして、何について話しをしたのだろうか。ちっとも覚えてはいないのだが、気が付くと二人で達磨ストーブを囲んで立ち話をしていた。
すると、ロッジのご主人が現れて、何やら笑いながらネパール語でRajさんに話しかけた。Rajさんも笑って応じて、未だ火がついていないストーブなのに、まるで燃え盛るストーブみたいにしているじゃないか、と揶揄われたと教えてくれた。
そして薪をくべて火をつけてくれる時に、私に向かって、ほれ、こいつも一緒に燃やしてしまおうよ、と言ってRajさんのことを引っ張った。咄嗟にRajさんの腕を取り、「ダメです。私、まだエベレストベースキャンプに行っていないんです。Rajさんに連れて行ってもらうことになっているんです。」
「He is the best guide in the world.」彼は世界で最高のガイドなんです。そう言うと、ご主人はにやりと笑った。彼が?まさか!何を言っているんだい。「Rajさんとは9日間しか一緒に過ごしていませんが、彼が最高のガイドであることは9日間で十分に分かりました。」
ご主人は「へええ、そうかい。俺なんざ20年近く知っているけど、そんな風には思っちゃいなかったよ。」とRajさんの腕を叩きながら可笑しそうに言うではないか。「それなら、ご主人が言うところのbest guideは誰なんです。よかったら是非ご紹介ください。」そう応じたら、楽しくてしょうがないと言った風に笑っている。
Rajさんが、「ご主人にとってのbest guideとは、本人のことなんですよ」と言うから、今度は私の方が大うけで、お腹を抱えて笑ってしまった。ちょっとぽっちゃりとした小柄なご主人は、ロッジのカウンターでトレッカーやガイド相手にのんびり対応する姿がぴったりで、エベレスト街道を歩く姿は想像しにくかったし、ましてやガイドとしてトレッカーを引き連れて行く姿は考えにくかった。
しばらく三人で、まだ火がついたばかりの冷たい達磨ストーブを囲み、笑いに笑い合った。
二人のポーターさんがロッジに来て執り行う慰労会には、是非ともAmmaにも相棒にも来て欲しいと、Rajさんから何回も念を押された。あれだけ皆の体調を気遣い、特にAmmaのことはとても大事に思ってくれているRajさんが言うのだから、この儀式はポーターさんにとっても、Rajさんにとっても重要なものであると思われた。
旅程を無事に終えたことを皆で祝福し、乾杯し合うという。部屋で昏々と寝入っているAmmaのことを思ったが、確かに、ネパールという地に於いて、Ammaが顔を出して感謝の言葉を述べて、お礼のチップを手渡すことの重みと意味合いは、日本と同様、或いはそれ以上のものがあるようであった。同時に、旅の参加者全員が出席することの重みもひしひしと感ぜずにはいられなかった。その辺は、Ammaも相棒も良く分かってくれるであろう。
夕刻までには、もう少し時間があった。Rajさんのところに、青年がにこやかに挨拶に来ると、Rajさんは私にバイです、と紹介してくれた。いわゆる舎弟ということである。ではRajさんのディディである私にとっても、バイよね。と言うと、青年は嬉しそうに私のことをディディと呼んで話を始めた。
なんだか高校の留学時代に戻ったようで、嬉しくもあり懐かしかった。当時、気が合う仲間とは兄弟や姉妹の関係になり、my sisiterとかmy brotherと呼び合っていた。その意味では、私にはインドネシアとタイに3人ずつの姉がいて、スリランカには一人の兄がいる。彼らとは今でも、年末年始の挨拶を欠かさず交わしている。
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