空港からはタクシーでホテルに向かうことになり、無秩序になんとなく客待ちをしているタクシーの群れの中にいたミニバンの一人とRajさんが交渉し、すぐに皆でそのタクシーに乗り込んだ。丁度ヒンドゥーの大きなお祭りの最中で、多くの人々は田舎に帰っていると説明を受けたように、通りにはシャッターを下ろした店が散見された。
タクシーの中で、ひと先ずトレッキング行程が終わろうとしていることに漸く思いが到り、慌ててしまった。「We are gonna miss you.」左隣に座っているRajさんに声を掛ける。こんな時、日本語では何と言うのだろか。どんなに言葉を尽くしても、感謝の気持ちを十分に伝えきれないながらも、これまでのお礼を口にする。
全ては神様のお陰です。そして、何よりAmmaのお陰です。皆でAmmaに感謝をしましょう。明日は10時か11時頃にホテルに迎えに来ます。ビスターレ、ビスターレでね。そして、ダルバートを一緒に食べましょう。お祭りなので、セルロティも作るので楽しみにして下さい。
Rajさんのカトマンズのご自宅に、翌日お昼に呼ばれていた。当初、Rajさんの男だけの4人兄弟の一人が、田舎で食堂を営んでいると知り、帰りに時間があったら、ぜひ皆で行きましょう、と盛り上がった。ただ、カトマンズから車で3時間以上の場所とのことで、Ammaの体調を気遣って、最終的にはカトマンズの自宅に呼んでくれることになっていた。
カトマンズのご自宅であっても、果たしてAmmaは行くことが出来るのか。体調がしっかり回復しないままでの長距離フライトは、辛いものになるだろう。薬の効果なのだろうが、Ammaはぐったりと助手席に座っていて、とにかく無言だった。
Rajさんは続ける。今日はとにかく一日中、ビスターレ、ビスターレでのんびりしてください。観光に出歩いたりしてはダメですよ。ホテルで荷物の整理や、洗濯物をしたり、昼寝をして、疲れを取るようにしてくださいね。
我々が最終的にネパールを発つまでに、二泊三日が残っていた。学生時代に、ホテルのある地区に住んだことがあるとかで、何でも知っていますよ、というRajさんに、彼の一推しのレストランを教えてもらうことにした。すぐにチベット料理のレストランの名前が挙がった。ホテルから歩いて5分もしないとのことだった。
懐かしい顔ぶれのホテルのスタッフに歓迎され、ロビーのソファーに落ち着いたものの、何せ早朝の飛行機で、かつ渋滞もなかったことから、時刻はまだ8時にもなっていなかった。従い、我々の部屋は準備が出来ていないと言う。朦朧としているAmmaには、早くベッドでゆっくりして欲しかったので、とにかく一部屋でも使わせて欲しい旨お願いをした。
ホテルのスタッフは快く応じてくれ、すぐに掃除を済ませるからと言ってはくれたが、掃除のスタッフは未だホテルには来ていないようだった。朝食でもゆっくり食べていて下さい、となった。それなら、せっかくならRajさんお薦めのチベット料理の朝食はどうかしら、と相棒。
Rajさんがフロントのスタッフに、お店がやっているか確認してもらったところ、開店時間は10時以降だという。では、ここで朝食にしましょうかしら。その前に、とかしこまり、ロビーのソファーにRajさんにも座ってもらう。AmmaがRajさんに、お礼のチップの袋を手渡す。袋の額が十分なのか、正直なところ分かり難かった。
ポーターさんへのチップの額を上方修正した時に、Rajさんへのチップの額も上方修正していた。その額は、Amma、相棒、私の三人で均等に負担する予定だったが、その額に上乗せする格好で、特別に諸々配慮いただいた分のお礼を私から出す予定でいた。それを相談や報告をする前に、Ammaから、今回のRajさんからの並々ならぬサービスに対し、Ammaから個人的にお礼を出すとの話が出た時は、さすがAmmaとも思ったし、とても嬉しかった。加えて神隠し騒動で随分とお世話になった相棒も、勿論出すという。
結果、米ドル、日本円、そしてユーロのお札をぴっちりと揃えて、袋に入れた。せっかくなのだから、喜んで欲しい。それが、一体どの程度の額なのか、本当に皆目見当もつかなかった。Rajさんは、恭しく畏まって頭を下げて受け取ってくれた。
Ammaは、そんな折にはぴしっと背筋を伸ばして対応するのだが、実際は朝食もままならず、ソファーにぐったりとして朦朧とした状態が続いていた。ぶらぶらと歩きながら、Rajさんにチベット料理のレストランの場所を教えてもらおうとの相棒の提案も、どうも実現は難しそうに思えた。
Rajさんが「ボスのバイクで行きましょう。ディディ、一緒に来てください。」そう言って、フロントでバイクの鍵を受け取り、ラクスマンさんのオフィスに行って素早くメットを持ってくると、私に声を掛けた。えっ?一体何が起こっているのか十分に把握できていないながらも、引っ張られるようにして外に出た。
バイクといっても、いわばスクーターで、運転手のみがメットを被れば道路交通法上は問題がないようだった。言われるがままに後部座席に座り、朝の光がまばゆいカトマンズの喧噪の中に飛び出した。
ヒンドゥーの大切なお祭りの時期とは聞いていたが、燃えるような黄色とオレンジ色のマリーゴールドの花で、町は埋め尽くされていた。それはまるで我々がカトマンズに戻って来たことを祝福しているようだった。スクーターの後部座席から見える景色を、そのあらゆる瞬間を脳裏に焼き付けたかった。
レストランまでの道を確実に覚えておくことが本来のミッションながら、そんなことなど頭からはすっかり抜けてしまっていた。もしも叶うなら、この瞬間が永遠に続いて欲しい、そう願わずにはいられなかった。
すべてのものには、始まりがあれば終わりがあり、我々の旅も終盤に近付いていた。しかし、これは単なる旅の終わりであって、それは次の新たな章の始まりでもある。そして、その新たな章に向かって突き進む勇気と気力が、身体の奥底から静かに、次第に熱を持って体中を駆け巡るのを感じていた。
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こんにちは
返信削除クッカバラさん、一言だけ お元気ですか。